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“まあ、いいけど”が言えるようになるまで  作者: ひまわり


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16/17

「まあ、いいけど」って、言ってみた日

「すみませーん、車庫証明の件で伺ったんですけど〜」


軽い調子の声。

顔を上げた瞬間、あかりの胸がざわめいた。


ディーラーの制服。どこかで見たような顔。

名刺を受け取って、息を呑む。


「……太田さん?」


「えっ!春日!? うわー、マジで!? 懐かしすぎる!生きてたんだ〜!」


ああ、やっぱり――

高校の、“あの”お弁当グループのひとり。


(回想)


「明日は食堂行こっか〜」

「飽きたよね、弁当〜」


笑いながら決めたくせに、

翌日、あかりが「お弁当持ってきた」と言った瞬間、太田は言った。


「なに、弁当持ってきてんの……空気読めな」


ずきん。

教室が静まり返って、何も言えなかった。

三人はそのまま、無言で食堂へ行った。


膝の上には、母が朝早く作ってくれた、彩りのきれいなお弁当。

でも、何ひとつ味がしなかった。


今、目の前の太田は笑っていた。

軽くて、無神経で、変わっていなかった。


覚えてなんかいないんだ。あの日のことも、私がどんな顔をしてたかも。


(空気、読めなかったのは私?)

(ちゃんと「いらない」って言わなかったから?)


――違う。

(私は、あのとき……傷ついてたんだ)




帰り道。

いつものラジオから、ようこさんの声が流れてきた。


「今日の“ことばの手紙”のコーナー。

ペンネーム“ひなた”さんから届いた詩をご紹介します」


(……え?)


「考えすぎだよと笑われて

自分でもそんな気がしてるけど

言葉が飛び出す前に

少しだけ静けさがほしい——」


……あれは、あの夜、泣きながら書いた詩だった。


「小さなため息に隠した

うまく言えないこの気持ち

誰かに届くはずもないのに

自分につぶやいた——」


ようこさんの声が、少しだけ震えた。


「“言葉が怖いのに、言葉を愛してる”

……この一行が、胸に刺さりました」


「わたし、つい間を埋めようとして言葉を早口で出しちゃうタイプなんですけどね、

この詩を読んで、“静けさの中で待つ”ってすごく大事なことだって思いました」


「“まあ、いいけど”って、わたしも言ってみようかなって。

誰かのせいにしないで、自分を受け入れる言葉として」


あかりの胸の奥が、じんわり熱くなっていく。


ようこさんの声は、やわらかく、でもまっすぐだった。


「ひなたさん、ありがとうございます。

わたし、今日この詩に救われました。

きっと、同じように救われた人、たくさんいると思います」


涙は出なかった。

でも、ようこさんの声が、やさしく背中を押してくれた気がした。


(……ありがとう)


言葉はときに、刃になる。

でも、こんなふうに灯りにもなるんだ。


そしてその日。

あかりは自分の中で、はじめて素直に、言葉をつぶやいた。


「まあ、いいけど」


それは、自分を否定しないための、

はじめてのやさしい受け入れの言葉だった。



「まあ、いいけど」って、あきらめじゃない。

ほんとは、自分にやさしくなるための“スタートの言葉”なのかもしれません。



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