「気にしすぎる」も、あかりさん
紙を三つ折りにしていたあかりの手が、ふと止まる。
「……まだいたんだ?」
声がして振り返ると、ロッカー室の扉が少し開いて、千尋が顔をのぞかせていた。
「うん。チラシ、ちょっと刷りすぎちゃって。折るの、あと少しだけ」
「そっか。なんか、朝からずっと働き詰めだよね、あかりちゃん」
千尋はそう言って、あかりの隣の椅子に座った。ふわっと柔らかい香りがする。
「あ、でも、折るの手伝ってとは言わないでね。口しか動かさないつもりだから」
冗談っぽく笑う千尋に、あかりもつられて口元をゆるめた。
「この前の、居酒屋の話……覚えてる?」
千尋がぽつりとつぶやく。
「あー……はい」
あかりは少し照れたように目を伏せる。
「あのときも思ったんだけど、あかりちゃんって、気にしすぎだよ」
「……よく言われます」
「でもさ、なんでそんなに昔のこと、気にするの?」
千尋の声は、責めるでも、否定でもなく、ただまっすぐだった。
「小学生のとき、仲良かった子を傷つけちゃって……
それから何か言うたびに、“これも誰かを傷つけるかも”って、すごく気になるようになって。
中学でも、高校でも、同じようなことがあって……」
千尋は静かにうなずいた。
「うん。この前、居酒屋で話してくれたやつね。ぬいぐるみのこととか、髪型のこととか」
「はい……忘れられないんです。
自分では悪気なかったのに、何気ない一言で誰かを傷つけてしまうのが、もう怖くて」
折った紙の端が少し曲がっているのに気づいて、あかりは慌てて手直しした。
「多分、私……ありのままの自分を受け入れてもらいたいって気持ちが強いんです。
だからこそ、否定されると、すごくグラグラして……何日も、何年も引きずっちゃう」
千尋は手を止めて、ゆっくりとあかりの方を見た。
「春日さん、ちゃんと自分のこと見てあげてるよね。そこがすごいと思う」
「え……?」
「自分が言った言葉を振り返れる人なんて、そう多くないよ。
みんな“悪気なかったし”で終わるのに、春日さんは“どうしてそうなったのか”を考え続けてる。
それって、優しいってことだと思う」
「……でも、気にしすぎて、身動きとれなくなるときもあります。
もっと気楽に生きられたらいいのに、って思うんですけど」
「それも含めて、春日さんじゃない?いいじゃない」
千尋が、にこっと笑った。
「いいの…?」
その言葉は、あかりにとって、思っていた以上に大きな救いになった。
「……ありがとうございます」
あかりはまた、丁寧に紙を三つ折りにした。
今度は、折り目がまっすぐに揃っていた。
「気にしすぎる」って、悪いことみたいに言われがちだけど、
それが“やさしさ”の証だったら、ちょっとだけ誇ってもいいのかもしれません。




