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“まあ、いいけど”が言えるようになるまで  作者: ひまわり


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13/17

肉じゃがと、変なスタンプと

三村の背中が遠ざかっていく。

あかりはひとり、会社の前のアスファルトに立ち尽くしていた。


空はすっかり夕暮れ色で、電線の向こうに淡いオレンジが残っている。

今日は晴れだったんだな、と今さら気づく。


歩き出しながら、ふと思った。


(……社会人って、みんなこんな感じなのかな)


朝から理不尽に怒られて、

ちょっとしたことで機嫌を損ねられて、

ミスを責められ、売上を逃したら自分のせいにされる。

でも、顔には出さずに、黙って仕事をこなす。


(きっと、そうなんだろうな)


たぶん三村だってそう。

林さんも。

あの増田だって、どこかで納得いかない何かを抱えているのかもしれない。


(……みんな、そうやって働いてるんだ)


嫌なこともある。

納得できないこともある。

それでも、会社に来て、パソコンに向かって、電話を取って、書類を仕上げる。


それが、“仕事”。

それが、“社会”。


帰り道。ポケットからスマホを取り出すと、母からのLINEが届いていた。


「今日は、肉じゃがだよ〜」

(ハートに乗った猫がぐるぐる回るスタンプ)


「あっは……なにこれ」


思わず吹き出しそうになる。

センスなさすぎ、って思いながら、でも胸の奥がじんわり温かくなった。


(肉じゃが、いいな)


家の玄関先には、小さなポーチライトが灯っていた。

ただいま、と声に出す前に、もう肉じゃがの匂いがふわっと鼻をくすぐった。


「……ただいま」


あの職場の居心地の悪さも、今日の情けない自分も、

母の「肉じゃがだよ〜」という一言と、変なスタンプで、なぜかどうでもよくなった。


テーブルには、ほくほくに煮えた肉じゃがと、湯気の立つ味噌汁。

甘いじゃがいもと、しらたきに染みただしの香り。


「味、薄くない? 今日、ちょっと自信ないのよ」

そう言いながらも、母はどこか得意げだった。


「めっちゃ美味しい。お母さんの肉じゃが、世界一だわ」


「なにそれ、お世辞でも嬉しいわね」


テレビの音がBGMみたいに流れる中、あかりは少しずつ、心がほどけていくのを感じていた。


その夜。

テキストを開いて、蛍光ペンを手に取り、少し復習。

スマホには、もう一度見返した母のLINE。


「今日は、肉じゃがだよ〜」

(猫のぐるぐるスタンプ)


「ふふ……なにこのスタンプ」


今日は寝てしまわずに勉強できた。

布団に入って、目を閉じる。


(明日も、なんとかやっていこう)


それだけ。

でも今日は、それだけでよかった。



なにも特別じゃない夜。

でも、変なスタンプと肉じゃがで、少しだけ「帰ってこれた」気がしました。

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