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“まあ、いいけど”が言えるようになるまで  作者: ひまわり


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11/17

 “下さい”と、小杉の説教と。

土日は久しぶりに少しだけ勉強に時間を使った。

とはいえ、増田と顔を合わせてしまい、モヤモヤとした気持ちが尾を引いたまま終わった休日だった。


毎週きちんと休めるわけじゃない。仕事が入れば出勤。それがこの職場だ。

わかってる。わかってるけど――なんだか報われない。


そんな気分のまま迎えた、月曜の朝。


「おーい」


声の主は田所だった。

またか。月曜からか。胃がきゅっとなる。


「この前頼んでた資料、できてるか?」

相変わらずの命令口調。


「はい、こちらです」

あかりは淡々と書類を差し出した。


田所はそれを受け取り、眉間にしわを寄せながら目を通す。


「……これさ」

と、低い声。嫌な予感。


「“ください”のところが“下さい”になってるけど?」


あかりは一瞬、何のことかわからなかった。


「……あ、すみません。でも、社内用の資料だったので、そこまで堅くなくてもいいかなと思って……」


言った瞬間、自分の言葉に「あ、これまずかったかも」と思った。

でも、それでも――そんなに責められるようなこと?


「“堅くなくてもいい”? は?」

田所の声が一段低くなる。


「お前さ、そういうところが甘いんだよ。

書類ひとつにしても、“これは大丈夫”って勝手に判断していいことなんて、何一つねぇんだよ」


「……すみません」


あかりは口ではそう言いながら、心の中では全然納得していなかった。


(いや、社内で使う資料だし。お客様に出す契約書でもないし。

意味もちゃんと通じるし、そもそもそこまで目くじら立てるほど?)

(そんなに完璧求めるなら、自分で作ってくれればいいのに……)


「“ください”を“下さい”って書いたくらいで、そんなに怒ること?」


とはもちろん言えない。黙って下を向くしかない。


田所は書類を机に叩きつけるように置くと、冷たく言い放った。


「直しとけ」


「……わかりました」


田所が去ったあとも、あかりの中でざわざわとしたものが収まらない。


(朝から、なんなの? ほんと……)

(間違ってないとは言わないけど、そんな言い方しなくたっていいじゃん)


あかりはため息をつきながら席に戻った。

まだ週の始まりなのに、もう週末の気分だった。


静かに深呼吸して気持ちを切り替えようとした、その瞬間だった。


「お〜お〜、また朝からやられてんじゃん、春日」


横から、嫌な声。小杉が、腕を組んでふんぞり返るように椅子に足を組んで座っていた。


「“ください”が“下さい”って、そんなとこでまた怒られる?

いや、まあ田所さんも細けぇなとは思うけどさ〜、そういうの気にするタイプって、もうわかってんじゃん?」


鼻で笑いながら見下すその態度に、あかりの背筋がぴくりと反応する。


「ってかさ、先週のこともう忘れてんの? 契約書の日付、間違えてたやつ。

書類の作成で気を付けないと、とか思わないわけ?」


(……は?)


「あとさ、コピーも大量にしてたよね。あれ2部って言ってたの、俺ちゃんと聞いてたんだけどなぁ。

まあ、あのあと俺がフォローしといたから、田所さんの怒りマイルドになったんだよ。

感謝してほしいよね、先輩にさ」


(何でもかんでも恩着せがましく言ってくるけど――

そっちこそ、たいしたことしないじゃん)


小杉は、顎を上げてにやりと笑う。


「ま、こういうのも経験っしょ。社会人って、そうやって覚えていくもんだからさ。

俺なんか、最初から完璧だったけど?」


(完璧……? 自分で言うか、それ)


香水のにおい、猫背の背中、誰にでも説教じみた小言。

あかりは無言のまま、ペンを強く握りしめた。


言い返せない。でも、悔しい。怒りが静かに燃えている。


(……ダメなのは、こっちじゃない。あんたのほうだよ)



月曜の朝から理不尽コンボ。

「あーこういう人いる……」って思ってもらえたら嬉しいです。

でもあかりは、それでもちゃんと耐えてる。静かに、でも力強く。

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