第6話 星のない夜空を見上げて
強い衝撃を受けた。
一秒経った。身体が傾く。
二秒経った。再び、衝撃を受ける。
三秒経った。目を開ける。
「――――おっさん、なぜ……」
オレは無事だった。地面の上に横たわっている。
代わりに、さっき踊らされていたハゲが目の前で燃やされている。凄まじい熱気だ。
「か、勘違いすんなっ、小童。敵の敵は味方ってやつじゃ……う、うぐ、グゥあああ、しぬっ、しぬっ。ウァアァァァァアアアア!!!
」
業火は全てを包み、断末魔がこだまする。
おっさんの身体は、たちまち炎の中で文字通り消えていく。服が消えた。皮膚が溶けた。骨でさえ変形していく。五秒もすれば、灰すらも残ってなかった。
「あーあ、“また”ひとつ玩具が壊れたど。どうして、みんな、オラにたてつくど? オラはただ、トモダチが欲しいだけなのになぁ〜〜〜〜」
ポルポはあぐらをかき、その大きい腹をポリポリ掻いている。
頭に血が登ってくる。どうしようもない破壊衝動、漆黒の感情がドラゴンの血を刺激する。
心臓がうるさい。血液が沸騰している。
「貴様……」
右手の紋章が輝く……が、エレクトリック・セイヴァーが視界に入る。ティアの横顔が脳裏をよぎる。
オレは我に返って、頭を横に振った。
ダメだ。力を使っちゃいけないッ。ここで使って理性を失えば、ティアを救うことも、レイを救うこともできなくなる。抑えるんだ。三年前の惨劇を、繰り返してはいけないッ。
じっと堪えた。
「なんだおめぇ。力、ださねぇのか? どいつもこいつも、オラのことバカにしやがってッ。許さんッ、許さねぇどッ」
次々と吐き出される火球。
後退し、ひらりとかわす。
おそろしい火力をしているが、当たらなければ問題ない。直線でしか飛んでこないのが、せめてもの救いだ。弾道を予測しやすい。
「ァァァアア、かかってくるどッ。逃げるなァァァッ!! 」
相変わらず、ポルポは火球を吐き続ける。あの口を封じられれば、勝機はありそうだ。
ならば……
「な、なんだアイツ」
「こ、こっちに来るぞっ。みんな逃げろぉおお」
オレはポルポから離れた。ホームレスたちの方へ駆け出し、小石を拾う。
「オメェらッ、やつを止めるどッ」
ポルポの指示を聞くものはいない。ホームレスたちは散り散りになって逃げる。プラスチックの山の中、鉄塔の影……それぞれの隠れ家に逃げ込む。
ポルポも追ってはくるが、足は遅い。腹の贅肉が邪魔そうだ。追いつかれることはないだろう。
「人望のなさが浮き彫りになったな、ポルポ。十分に距離は取れた。お前の攻撃をもっと避けやすくなっただけじゃなく」
握っていた小石を、ポルポに向かってぶん投げる。
直線の軌道。しかし、素早い。もはや視認できないほどの速度。
小石という弾丸がポルポの肩を貫き、鮮血が噴きだす。
「ぐ、ぐぁあああ」
ポルポがうずくまった。多量の汗を出している。
オレは、また小石を拾う。
「こういうことも、できるようになった。さあ、どうする? 石ころはいくらでもあるぜ」
「な、なめてんじゃねぇどッ。火球ッ!! 」
「おいおい、どこ狙ってんだよ」
火球はあさっての方向に飛んでいく……が、ポルポは不気味な笑みを浮かべている。
どうせハッタリだ。オレは小石を投げる、投げる、投げる。
次々に上がる鮮血。しかし、ポルポの姿勢は変わらない。絶えず笑っている。ゾッとするほどに、余裕が見える。
「ま、まさか……本当に何か仕組んだのか……っ!? 」
ポルポの口角が上がる。
「オ、オラは優しいから教えてやるど……オラが狙ったのは、おめぇじゃねぇ。“鉄塔”だどッ」
「な、なにッ」
たしかに鉄塔の根元が燃えている。グニャグニャに変形し、倒れてくる。
巨大な鉄塊が頭上から降り注ぐ。
「う、ぐっ……」
両腕の力で支えようとするが、無理だ。あまりにも重い。
押しつぶされる。
ズシンッ。
「ってぇ……」
かなりの体力をもっていかれた。
身体の節々が痛む。目の前の鉄塊を押しのけるのも辛い。
このまま戦いが長引けば、あとの戦いに支障をきたす。早く勝負を決めなければいけない。
「な、なぁ……少し話を――――」
「黙れッ!! オラのことを侮辱した落とし前、払ってもらうどッ。喰らえぃッ、火球!! 」
「ま、待てッ」
オレの静止もむなしく、火球が飛んでくる。鉄柱だったものに着弾し、ドロドロに溶かしていく。
「今さら、仲直りする気はないどッ。殺すッ、殺すッ、殺すどッ!! 」
「いや、ここは停戦した方がお互いにとって得だ。信じてくれッ」
火球が流星群のように降り注いでくる……が、オレは鉄くずを壁に説得を続ける。
「ポルポ、お前ならわかるだろ? オレたちは頑丈だ。この戦いは確実に長期戦になる。戦いが長引けば近隣に被害が及ぶだろう。君の仲間たちも例外じゃない。君は、たくさんのものを失うことになるッ」
「ナカマ? そんなもの、オラにはいないどッ。オラの生きがいは心の平穏とお金だけッ、それ以外はなにもいらないんだどッ」
ポルポは、金塊を踏みつける。さっき、オレに渡そうとした金塊だ。
「なぁ、取り引きをしよう。大人の取り引きだ。金になるものを渡す代わりに、オレの命だけは救けてくれないか? 」
「命乞いは見苦しいどッ。黙って丸焦げになるがいいどッ」
「いや、これは単なる命乞いじゃない。“契約”だ。そもそも、オレたちが戦っている元々の理由は、オレが金を“すぐに”出さなかったことだ。だが、オレは一言も『金を出さない』とは言っていない。オレが金を出して停戦する……この提案は、これまで放置してきた権利証明書にサインするようなものだ。理にかなっているんだッ。そ、それに……ッ」
オレは大きく息を吸い込み、吐きだす。
「このまま続ければ、君の財産も消え失せるぞッ。君は、ほんとうにそれでいいのか? 」
「な、オ、オラの財産が……ッ」
ポルポの動きが止まった。
「そ、そうさ、金は熱に弱いんだ。ちょっと熱が加えられただけで変形する。君の炎は、鉄さえも溶かしてしまうだろう? 金はもっと溶けるぞ。本当に君は、文字通り“全て”を失う可能性が高いッ」
「な、なるほど……だどっ」
ポルポは腕を組み、星のない夜空を見上げた。……が、すぐに組んだ腕をほどき、前を向いた。
「たしかに一理あるんだど。お、おめぇはオラと同じ紋章もあるし……今回だけは許してやるどっ」
何とかなりそうだ。
胸をなで下ろす。
「さァ、はやく金をだすどッ」
「すまないが、金貨は持っていない。だが、そうだな……代わりに、これなんかどうだ? 」
オレは、エレクトリック・セイヴァーをかざした。
「鉄パイプ? ふざけるんじゃねぇどっ」
「まあ、待て待て。一見すると単なる鉄パイプだが、実は違う。こいつは魔法の棒なんだ。合言葉を言うと電流が流れる……血之代償ッ」
エレクトリック・セイヴァーが、バチバチと音を立てて帯電する。
「お、おぉ。すげぇどっ。そ、それなら欲しいどっ。くれどっ、くれどっ」
「あぁ、言われなくても……ほらよっ」
オレはポルポ目掛けてエレクトリック・セイヴァーを投げる。
山なりの軌道。
当然、ポルポの視線は上を向いた。
「今だ、潜行下降ッ」
一気に距離を詰め、“下”へ滑り込む。
火球は吐かせない。そんな時間は与えない。
「なっ――――」
「“二手”遅れたようだなァ」
拳を、ポルポの腹に叩き込む。回し蹴り。もう一発。
攻撃の手を緩めない。殴って、殴って、殴って、吹っ飛ばす。
「か、かはっ――――」
ポルポの口からは何もでない。
「肺から全ての酸素を吐き出させてやった。しばらくは火球を出せないだろう」
「ぐ、が……ぁあ……」
ポルポは地面に這いつくばり、痙攣している。オレの声が届いているのかも怪しい。
「大丈夫、お前は頑丈だ。これだけでは死なない。だが、動くこともできない。だからこそ、オレは去るとするよ。オレには、お前を殺すだけの時間も残されていないし、その必要もないからな」
オレが踵を返そうとすると、背後から気配がする。
無数のホームレスが、プラスチックの山のなかから出てくる。その目には殺意が見える。
オレがとどめを刺さずとも、ポルポの未来は変わらない。ポルポが彼らを丁重に扱っていれば、変わっていたのかもしれないが……。
やまない殴打音を背にオレは、プラスチック置き場を後にした。