第4話 すでに太陽は傾いていた
すでに太陽は傾いていた。通りは、オレンジ色に染まっている。人混みを掻き分けて、前に進む。
ケルラの巣窟は、スクラップ置き場の近くにあったはずだ。道なりに行けば着く。
しかし……
「人が邪魔だな」
いつもより人が多く感じる。明日ケルラが目覚めるし、もしもの備えで買いだめする客が押し寄せてるのか?
こんな所で足止めを食らってはいけない。
辺りを見渡す。
トカゲ料理専門店とレコード店の狭間、細い小道が目に留まる。ショートカットだ。
「よし」
オレの歩みに迷いはなかった。
……
…………
……………………
太陽光は左右の建物に遮断され、路地には道端のガス灯の光しか届かない。大麻とタバコのにおいが漂っている。
「なァ、兄ちゃん。ちょっと吸ってかねぇか? 混ぜもんナシの薬が、今なら金貨一枚だぜ? 」
麻薬の売人が話しかけてくる。フードを深く被っている。小鬼みたいな風貌。いかにもな不審者だ。
「悪いな、急いでるんだ」
ガシッ。
「なっ」
素通りしようとして、腕を掴まれた。
「なにすんだッ」
振り払って、距離を取る。
ケケケ、とかわいた笑い声が路地に響く。
「おめぇ、竜の紋章持ってんだろ? この辺りじゃ有名だぜ。知ってるか? ドラゴンの血は万病に効くってんで、高値で売れるんだッ」
間合いが詰められる。
何か光るものが見えた。刹那、頬に鋭い痛みが走る。
「ぐっ……ナイフか」
「あぁ、しかも痺れ薬つきさ。すぐに動けなくなる……キヒヒ」
身体全身に電流が流れる。手足の感覚が鈍くなる。
ガクッと体勢を崩した。
「――――ッ」
「ほら、もう限界だろう? 」
「……いや」
思わずオレは、笑みを浮かべる。
「残念だったな。オレには通じない」
電流は消えた。頬の痛みもすでに引いている。
「な、なに!? 」
「簡単さ、ドラゴンの血は、万病に効くんだろ? オレの身体はそいつで満たされている。そんな弱っちい毒じゃ、すぐに無効化されるぜ」
「ぐ、ぬぬっ、こしゃくな」
「あと、最初に言っておく。オレはかーなーり、強いッ」
お返しの蹴りを叩き込む。
「ぐえっ」
あっさり倒れた。道端で干からびるカエルみたいだ。しばらくは動けないだろう。
「じゃあな」
「ま、まてッ」
振り返る。相変わらず身体を痙攣させるだけで、まともに動けていない。
「手加減はしてやった。ジッとしてればすぐに治るさ」
しかし、オレの声は届いていないようだ。やつの血走った眼が、そう告げている。
「タ、タダじゃおかねぇ……オメェら、集まれぇええ」
「――――ッ」
空気が変わった。どこからともなく、押し寄せてくる足音。
ひとり、ふたり……そんな数じゃない。数十人はいる。
「ヒャッハー」
「やってやろうぜ、アニキィ」
「ホンダラ組に刃向かったこと、後悔させてやるぜぇええ」
気づけば前後の退路が、無数の荒くれ者に塞がれた。売人の仲間か。ナイフに角材、ひのきのぼうと多様な武器を持っている。
左右は民家。逃げ道はない。
「いくらおめぇでも、この人数が相手じゃ多勢に無勢。楽にはいかせねえよォ」
「犯罪者がウヨウヨと……まるでゴキブリみたいだ。この街の治安は前々から終わってると思ってたけど、予想以上の酷さだぜ。市は、本格的に自警団の募集をかけるべきだな」
「ヒヒヒ……減らず口もそこまで。野郎ども、やっちまえぇええ」
「レッツゴー、ブラザーズ」
「ゴー! ゴー! ゴー! 」
「イーッ、イーッ」
有象無象が押し寄せてくる。
しかし、オレの頭は冴えている。
「なぁ、犯罪者のお前らなら分かるだろ? 加害者だけが悪いんじゃあない。たいていの場合は被害者も、防犯に努めなかったって点で悪いってなッ」
オレは、蹴りを繰り出す。その矛先は、やつらではない。
「なっ、なんだっ」
「あいつ、窓をッ」
「民家の窓を、ぶち破ったぁああ」
許せ、名も知らぬ一般人。
ぶっ壊した窓に飛び込む。リビングらしき部屋に転がり込む。
「キャーーーー、誰か救けてぇええええ」
家主と思われる女性が、悲鳴をあげている。
「悪いね、ちょっと拝借するよ」
テーブルの上に置かれた瓶を手に取った。
家の中を駆け抜け、正面玄関を開ける……と、二人の荒くれ者が、得物を構えて立っている。
「へっへっへっ、先回りしてるに決まってんだろ、旦那。諦めなっ」
「おっと、手が滑った」
オレは、瓶の中身をやつらにぶっかける。透明な液体が、やつらに降り注ぐ。独特な刺激臭が、辺りに漂った。
「目が、目がぁぁぁ」
「なんだ、これはっ」
「コブラの唾液だ、もちろん猛毒だぜ」
「なっ、なに!? みんな、救けてくれぃ」
ただの酒なのに、大袈裟なやつらだ。
オレは先を急ぐ。
「こっから先は通さんっ」
二人組が、目の前から走ってくる。
ちょうどいい機会だ、試してみよう。
「『潜行下降』」
オレは、やつらの“下”に潜り込む。視界の外へ、滑り込む。
「なっ」
「消えたっ」
やつらの動きが、一瞬止まった。そのまま、狭間を駆け抜ける。
これはレイの“技”だ。先の戦いで見せられた“技”。見よう見まねのクオリティでも、素人相手には有効なようだ。
すでにヤツらは、オレのはるか後ろのほうでキョトンとしている。
「なっ、なにが起こった」
「あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。俺たちはやつの前で通せんぼしてたと思ったら、いつの間にか抜かれていた。……催眠術だとか、魔法だとかそんなチャチなもんじゃあ、断じてねぇ……」
多くの荒くれ者が、例の二人の周りに集まってくる。しかし、追ってくる素振りは見えない。
撒いたか?
……
…………
……………………
いや、撒けてないっ。
いつの間にかオレは、袋小路に追い込まれていた。周りを荒くれ者に囲まれている。しかも、さっきみたいに窓らしきものが見当たらない。
「さあ、観念するノーネ」
「やつざきだ、やつざきぃ」
「イーッ、イーッ」
ヤツらがジリジリと迫ってくる。
「ぐっ……」
どうすれば――――。
エレクトリック・セイヴァーを握りしめる。
竜の紋章が視界に入る。
ダメだ、それだけはいけない。
必死に頭を回転させる。
「やっちまえぇええ」
「イーッ、イーッ」
やつらが襲いかかってくる。
ヒラリとかわすが、壁際に追いやられた。
背中にヒンヤリとした感触。
この壁、金属、もしや鉄か……?
「――――ッ」
その時、オレに電流走る。
「万策尽きたようだな」
「この舞蹴拾弐號の錆にしてくれるッ」
第二波が来る。しかし、問題ない。
「おらよッ」
「ひでぶッ」
目の前の顔面を踏み台にして、オレは飛ぶ。
そして……
「血之代償ッ!! 」
エレクトリック・セイヴァーに電流が流れる。副作用の磁力も流れる。
「なぁ、学のなさそうなお前らも知ってるだろ? 鉄は、磁石にくっつくってな」
エレクトリック・セイヴァーは、いわば巨大な磁石。鉄製の壁とくっつく。
そして、オレの膨大な腕力があれば、身体を軸回転させ、オレ自身を建物の“上”へと放り込むことが可能っ!!
「なっ、なにぃいいい」
気づけばオレは、瓦屋根の上に立っている。
さすがのヤツらも、ここまでは追ってこれまい。
「それじゃ、またな」
瓦を蹴る。
ガラガラガラガラ……バリッ、バリンッ。
無数の瓦が、やつらの頭上に降り注ぐ。
「うわーうわー、てったーい、てったーい」
「おい、どけっ、どけぇ!! 」
「俺を残して逃げんなぁああああああ」
男たちの断末魔が、小さくなっていく。
そしてオレは、屋根から屋根へと乗り移っていく。
これなら道を気にしなくていい。地図上の直線、文字通りの“最短距離”が使える。
「ショートカット、大成功だぜッ」
もうほとんど沈んでしまっている太陽に、ガッツポーズを掲げた。