第3話 レッスン1、妙な期待はするな
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「……ばす。……アルバス。……アルバスっ」
だんだんと視界が鮮明になってきた。
目の前にはティアの顔。
飛び起きる。
「良かった、気がついた。大丈夫? 」
「あ、あぁ」
身体を見る。ほとんど癒えている。
「ティア、気にしなくてもいいのよ。あいつにはドラゴンの血が入ってるから、竜らと同様に高い再生能力があるわ」
「そうは言ってもね、義弟だから心配になるんだ」
レイは、右肩に手を置く。肩から下に腕はない。
「私より心配になるの? 」
「ほとんど一緒だよ。だってキミは、義妹みたいなものだからね」
ティアは、レイの方を向く。その手には、義手が握られている。
「そう、じゃあ義姉弟として、アルバスにお使いを頼むわ」
「……なんだよ」
「ケルラの首を持ってきなさい」
オレは、ポケットに手を伸ばす。そこには何もない。レイは事情を知って、その上で頼んできているのだろう。
確かに、ケルラを殺せば生贄の必要がなくなって、ティアは救える。
だったら……
「言われなくても、そうするさ。ただ……」
オレは人差し指を立てる。
「オレに欠けているものを教えろ」
「はあ? 」
見事な呆れ顔。
ティアが咳払いする。
「喧嘩しないでね」
ティアは義手の接合に取り掛かり始めた。
構わず、続ける。
「これは等価交換だ。お使いには駄賃が必要だし、追加でお小遣いがあるとモチベーションも上がる。なにより、オレが強くなれば、“お使い”の成功率も上がる……だろ? 」
「なるほど」
レイは、左手を顎に当てる。
「……」
「……」
チクタク、チクタク。秒針を刻む音だけが聞こえる。
「ほら、早くしないと“定刻”になるぞ」
「……いいだろう」
レイは、瞳を閉じる。
しめた。レイの“技術”を盗めるかもしれない。やつは素の力で勝るオレを完封した。それには何か秘密があるはずだ。
特に最後の一撃。オレの攻撃をモロに食らっておきながら、ケロッとしてやがった。つまり、こいつは“力”を上手く扱える人材。
必ずあるはずだ、“力”を操る術が。
「ほら、早く教えろよ」
「えぇ。ただ、一度に全部教えることはできないわ。段階的に、少しずつ……その方がわかりやすいでしょう? 」
「まあな」
レイは深呼吸して、瞳を開けた。
「『レッスン1、妙な期待はするな』。少しは自分の頭で考えなさい。他人に頼ってばかりじゃいけない。……だから低脳なのよ、ばか」
「なっ」
手を上げる……が、ティアが睨んでくる。
静かに拳をおろす。
「……どう? いい教訓になったでしょう」
「冗談じゃない、交渉は決裂だ」
踵を返す。
「ま、待って」
「いや、やだね」
横目でレイを見る。顔が強ばっている。
「…………」
「…………」
「あんたなんかに頼もうとした私が、バカだったわ」
「あ、ちょっと、レイっ」
レイは駆け出した、ティアの制止も振り切って。
「ま、まだくっついてないよっ、義手」
「走りながらくっつける。私たちには、もう時間がないもの」
「レ、レイ? 」
レイがこちらを向く。その顔つきは、やけに険しい。
「大丈夫よ、あなたは死なないわ、私が守るもの」
「レイっ」
レイは、姿を消した、“教訓”だけを残して。
「あの娘のこと、嫌いにならないでね」
先に口を開いたのはティアだった。ホウキを持って、床掃除をしながら言葉を紡ぐ。
「レイはね、孤児なの。家族をケルラに食べられちゃってさ。初めてボクと会ったときには、もう片腕がなかった。その腕も、ドラゴンにやられたらしいよ。過度にドラゴンを嫌うのも、それが原因さ」
ティアは、掃除用具入れからチリトリを取り出す。
「アルバスと出会う少し前まで、一緒に生活してたんだ。義姉妹としてね。初めて戸籍を偽造したのもその時。懐かしいな」
「で、その義妹さんがボロボロのまま、おそらくはケルラの元に向かっている……と」
「そうなんだよね、頼めるかな? “お使い”」
「断る理由なんて、ないからな」
「良かった。ボクは訳あって行けないんだ。……もしかしたら、“キミも”気づいてるかもしれないけど」
「……知らないよ、何も」
知ってたんだな、全部。それもそうか。
生贄なんて大切なこと、前日にいきなり伝えられる訳がない。
ずっと前から、知らされてたんだ。
なぜ隠した? オレたちを悲しませないためか?
分からない。根拠のない憶測が浮かんでは消えていく。
ゴーン、ゴーン。
教会の鐘が夕暮れ時を知らせる。
ダメだ。時間はもうない。
オレは、扉の方へ向かう。
「あ、待って、これ」
呼び止められて、立ち止まる。
ティアは何かを投げて寄越した。
受け取る。パイプか? いや、違う。見覚えがある。
その名も“エレクトリック・セイヴァー”。ティアの会心作だ。オリハルコン製で、オレの力にも耐えてくれる。
「使い方、覚えてる? 」
「えっと……」
「合言葉を唱えると、キミの生命エネルギーを電気エネルギーに変換できる……合言葉は? 」
「たしか……血之代償」
突如、パイプ全体に電撃が走る。
「いいね、いい感じ。あの娘、身体の半分ぐらいが機械だし、電力補給も必要だから、最適な武器チョイスなんだよ」
「そうだな」
「使う時に磁力が出るから、それだけ注意してね」
「あぁ」
「気をつけて、できるだけ早く帰ってきてね……」
「もちろん。じゃあ、また」
「また、ね 」
サヨナラは言わない。言わせない。
オレは歩き始める、二人の義姉を救うために。
キレイに清掃された床を越え、新たな大地へ。
これで、第一章の起承転結の「起」が終わりました。
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