第2話 これは好機だ
「ティアが生贄にされる……」
ケルラは、毎年、決まった時、同じ日に目覚める。つまり、明日だ。明日、ティアは生贄にされる。
大変だ、早く伝えないと。
手紙をポケットに突っ込み、部屋を飛び出す。階段を三段飛ばしで駆け下りる。角を曲がると、仕事場だ。
……
…………
……………………
予想通り、仕事場にはティアがいた。客に義足をはめてやっている。客と目が合う。
「なっ!! 」
「……なんだ、穢れた血か、お前も手伝え」
つい渋い顔になる。また会ってしまった。この銀髪ショートヘアーは、もう視界にすら入れたくない。
いつも“竜の血”差別をしてくる女、常連客のレイだ。
ティアとは長いつき合いで、そのためか、ティアとおそろいのネックレスをつけている。
ドラゴンを狩って生計を立てていて、やつらに捕食されがちな小鬼からは絶大な信頼が置かれている。
ただ、その仕事柄のせいか、うちに来るときは決まって五体満足でない。
身体の半分が機械、四肢なんかは全て義手義足だ。
今回も、右腕がなくなっている。
切断面から白金製の神経が飛び出している。
いつも着ているスーツはビリビリに引き裂かれており、露出した肌の上には無数の傷がついている。
「……」
「イヤ? お金ならある」
レイは金貨を数枚取り出し、ティアに渡す。
「こ、こんなに!? もらえないよ、レイ」
「いいのよ。最近、客先が遠のいてたでしょう? あいつのせいで」
「悪かったな」
竜は凶暴だというのは、もはや一般論だ。おかげでその血を継ぐオレの印象も悪くなっている。それもまた事実。
「まあ、まあ。二人とも、喧嘩しないでよね……とりあえず預かっておくよ、このお金」
そう言いつつティアは、レイの元から離れた。そのまま、仕事場の奥へと歩いていく
「どこに行くの、ティア」
「金貨、先に貯金箱に入れようって思ってさっ。あと、ついでに義手持ってくるよ」
ティアは歩みを止めない。その背はどんどん小さくなる。
「あ、ちょっと待って、ティア」
慌ててポケットに手を伸ばす。追いかけようとするが、レイが行く手を阻む。
「どけよ、急ぎの用なんだ」
「あいにくだけど、私もよ。明日までに終わらせないといけない仕事があるの。はやく修理しないと……ほら、手伝って」
レイが油差しを渡してくる。
それを握った。それは、バキバキと音をたてて壊れる。破片が床に散らばる。その上に赤い血がポタポタと落ちた。
「こんなふうになりたいか? どけ、次はお前の番だ」
「そう、残念」
刹那、レイの足が飛んでくる。
ギリギリでかわす。
「危ねぇじゃねえか」
「ええ。でも、あなたが喧嘩を売ったのよ、油差しの代価としてね」
「……でもちょうど良かった。オレも一回ぶん殴ってみたかったんだ、お前の顔をなァ!! 」
殴る。避けられる、最小限の動きで。
「いくら力が強くても、私には勝てない」
「片腕がないやつに負けるわけないだろ? 」
右腕のあたりにポッカリあいた空間、それこそがレイの弱点。しつように攻めてやる。
拳の雨を降らせる。右、左、右、左。見事にかわされるが、反撃はこない。
片腕がない分、総合的な戦闘力は低そうだ。
「防戦一方じゃないか」
「ええ、これはハンデよ」
ため息をつく。
「なにを言ってんだよ、どう見てもオレの方が有利だ。両手があるし、力も強い。ハッタリはやめな」
「ハッタリではないわ。あなたのことは、いつでも殺れる。だからこそ、こうしましょう」
レイは、指さす。その先には、オレのポケットがある。
「私は、あなたの命を取らない。顔、金的には攻撃しないわ。代わりにソレの中にあるものをもらう。何か大切なものなんでしょう? 」
「なぜそれを? 」
「それぐらいの観察眼があるってことよ」
不意に来る回し蹴り。避けれない。
受け止める。ズシッと重い一撃。普段ドラゴンと戦っているだけはある。
「くっ……」
「そもそも、あなたは私に全力で攻撃してない。殺意を感じないわ。そんなので私に勝てるわけがない」
「そんなつもりは……」
「きっと無意識に制御してるのね、“優しい”というより“甘い”ヒト」
「だ、だまれ」
がむしゃらに繰り出した攻撃は、標的に届かない。すんでの所でかわされる。
「ぐっ」
見えなかった。腰あたりに蹴りが入る。
「右肩ばかり狙わないで。避けやすくて、退屈しちゃうから」
「……くそっ」
一気に間合いを詰める。勢いで押し切ろうとする……が状況は変わらない。
認めたくないが、オレとレイの間には何か絶望的な差がある。
「――――ッ」
強い蹴りを脇腹に入れられる。思わず後ずさる。
「そんな甘い攻めじゃ、私はとらえられない。諦めて」
いや、まだだ。
「……まだ気づかないのか? 」
オレは誘導していた。狭い空間、ここなら避けられないはずだ。
まっすぐ突っ込む、渾身の力を拳に乗せて。
「それが甘いと言ってるの。潜行下降ッ!! 」
レイが視界から消えた。拳は空を切る。
「なにッ!? 」
どこに消えた、下か。
反射的に飛ぶ。レイの足が喉元をかすめる。
「ぐっ」
まずい。ダメージが蓄積している。距離を取らないと。
「させない」
レイが動く。すでに目の前にいる。
「バカだな」
これは好機だ。一番当てやすい距離感。相打ち覚悟の攻撃。
「――――――――な、なに」
拳は、たしかに右肩にヒットした。しかし、手応えがない。どういうことだ?
「うぐっ」
次の瞬間、視界が暗転する。
「……それじゃあ、これは貰っておくわ」
響く足音。でも、動けない。
指先に力を入れる。せめてもの抵抗。無駄なあがき。
何もできないまま、薄い意識が途切れた。