第1話 すぐにまた静かになった
鉄球を握る。壊れない。
少し強く握る。まだ壊れない。
もう少し力を入れる。
――――ピキッ。一筋のヒビが入った。次の瞬間、バラバラに砕ける。
「むずかしいな」
人型でも力は相当なものだ。上手く制御できない。いつになったら、この力を使いこなせるのだろうか。
オレは深くため息をつき、鉄の破片が散らばる机の上に突っ伏した。
……
…………
……………………
トン、トン、トン……。
自室に響くノックの音。目が覚める。振り返り、返事をしようとして辞める。ドアは既に開いていた。来訪者は半身を扉に隠し、こちらを見ている。
「なに? まだお店開けてるんだろ? 」
「今はお客さんいないからね。それより、これ」
ティアは一通の手紙を差し出してくる。
「オレあてか? 」
受け取る。封蝋は公的なものだ。
「宛名書いてないから分からないんだけど、たぶん、時期的に竜狩の召集だよ。強いドラゴンが来るから、皆で倒そうってやつ。標的はケルラだろうね」
「ケルラ……」
三年前を思い出す。また、竜と戦えっていうのか?
「……これは、絶対なのか? 」
「義務だからね。徴兵といっしょ。怖いよね? 」
「ああ……」
オレはティアに背を向けた。
「まあ、別に竜は怖くない。どんな戦場でも、オレは生き残る」
「そう、大丈夫そうだね」
「いや、そうじゃない……」
視線を落とす。オレの右手は震えている。
「また、“この手”で街を壊すかもしれない。そう考えると…………」
そっと右手が握られる。あたたかい。
「大丈夫だよ。アルバスは優しいから、きっと制御できるさ。ボクは信じてる」
「……………………」
「……………………」
長い静寂。何かを口にしようとする。だけど、言葉は浮かばない。口だけがパクパク動く。
その時、オレの右手が強く握られた。
「アルバス、あの――――」
ピンポーン、ピンポーン。
呼び鈴のチャイムが、ティアの発言を遮る。
「……ごめん、お客さん来たかも、行ってくるね」
「あ、あぁ」
ティアは離れる。振り返ると同時に、ドアは閉められた。ダッ、ダッ、ダッ、ダッという足音はだんだん小さくなり、すぐにまた静かになった。
また、ひとりになった。自室がやけに広く感じる。
「…………さてと」
オレは窓際に腰掛けた。街を見下ろす。
通り沿いの小汚い市場、排ガスを撒き散らすプラスチック工場、機械人形が営むナイトクラブ。
その周りを無計画に建てられたバラックが囲む。
これらの間を縫うように、赤い土の道がはしっている。
遠くにはスクラップの山が積まれている。
以前、ティアと買い物帰りに寄ったところだ。
たくさんのホームレスが住んでいた。
残飯や投棄された缶詰めを、ありがたそうに食べていた。
ケルラの巣窟が近くにあるというのに、よく生活できるものだ。
それも、ここからでは塵のように見える。
廃材であふれる街だ。命をかけるほどの価値はないかもしれない。
――――それでも
「なんとかして断れないか……」
言い訳を考えながら封を切る。中身の二つ折りにされた紙を取り出し、すぐに開く。
ある一文が、目に飛び込んでくる。
「『ティア、あなたは生贄に選ばれました』…………!? 」
“生贄”、それはきっとケルラ対策だろう。
確かに、 『ケルラは気性が荒く、若い女を生贄に捧げなければ落ち着かない』と耳にしたことがある。
よりによってティアが選ばれるとは……。
オレは、しばらく動けなかった。