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第四八話「ラウルの魔力抑制装置」


「待ってはくれないか」


 尖塔の小部屋の入り口で、ダニエルは聖剣を突き付けているフリーダにそう言い放った。

「……」


 予想外の人物の乱入に驚いたのか、フリーダの手が一瞬だけ緩む。だがそのすぐ後には、剣は強く握りしめられていた。


「待つことはない。裏切り者には死、あるのみよ。それが教会のやり方」

「無論、それに異を唱えるつもりはない。だがせめて、本人の口からききたいのだ」


 フリーダとダニエルが数秒、見つめ合う。するとフリーダは諦めたように聖剣を下ろした。それと同時に、緊張の糸が切れたように周囲の空気が弛緩する。ダニエルは母であるアンナのもとへ、アル、レヴィ、ラウルは満身創痍のフリーダのもとへ駆け寄っていく。


「フリーダ、傷が」

「お前がそこまでやられてんのは初めて見るな。『治癒(ハイレン)』」


 レヴィがフリーダの患部に手を当て治癒の魔法を使う。フリーダは魔法や鉄扇の斬撃を全身に受け、立って普通に話しているのが信じられないほどの状態だった。


「ありがと、もういいわ」


 半ばほど治癒が終わったところでフリーダがレヴィを手で制す。その視線はアンナとダニエルから一瞬たりとも外れない。


「自分の口で説明しなさい。それが今のあなたにできる、精一杯の責任の取り方ってものよ」

「……」


 アンナはダニエルを見る。その瞳は助けを求めるでも縋りつくでもなく、ただ、いたずらがばれた子供のような行き場のない瞳だった。


「母上」


 ダニエルに呼ばれ、アンナはうつむく。もう逃げ場などないのだと、観念したように。


「そうね……。アイエルツィアに転送魔法陣を敷いたこと、聖女を暗殺しようとしたこと、全て私がやったことで間違いはないわ」

「……」


 ダニエルが無言でアンナを見つめる。誰もがアンナの言葉に耳を傾け、何一つしゃべらない時間は静寂が耳に痛いほどだった。


「すべては我が息子、ダニエルを時期教皇として据えるため。そして……」


 アンナはうつむいている顔を上げた。その瞳はまっすぐにフリーダを睨みつけている。


「人族を救うために」


「救う」。その単語がアンナの口から出た瞬間、この場にいる全員が頭に疑問符を浮かべた。


「救う、だと」


 問うたのはフリーダだ。アンナの言葉を聞き、思わず口から出た。そんな呟きだった。


「ええ。このまま反魔力思想が続けば、やがて人族は魔族に支配される。そうなる前に、人族は魔族と対等な存在になるべきだった。聖女なんて言うシンボルを早々に始末して」


 アンナの言葉に嘘は見えなかった。心の底から人族のことを考え、そうして出た答えが、人族の裏切り。


「あなたは十分上にいる人間だ。こんなことをせずとも人族の方向を変えることは……」

「いや」


 アルがアンナの言葉に疑問を呈するが、それはフリーダによって止められた。


「現教皇ルドルフがそう簡単に反魔力思想を覆すとは考えにくい」

「そうよ。ルドルフ……我が夫は思想と数の圧力だけで人族が魔族を支配できると考えているようだけれど、魔族というのはそこまで甘くない。圧倒的な暴力によって人族はすぐ支配される側になる」


 現に、人族は追い詰められている。真に復活した魔王が徹底抗戦を唱えれば、人族はすぐにでも絶滅の危機に追いやられるだろう。


「じゃああんたが教皇と聖女を暗殺した後はどうするつもりだったんだよ。それこそ魔族に支配されて終わりじゃねえのか」

「魔族側にも和平を重んじる勢力はある。そことコンタクトを取りさえすれば、最悪の状態にはならずに済むわ。人族は一時的な支配を受けるかもしれないけれど、敗戦よりはずっとましな未来を築ける」

「母上……」


 ただただ息子をトップに据えたいという母の願いではなかったことは、この場にいる全員が理解できた。


 だがそれでも、その考えは楽観的に過ぎると言わざるを得なかった。


「ご高説どうも、なめてんじゃねーぞ」


 そう口火を切ったのはレヴィだった。


「っ」

「あんたがやりてぇことはわかった。けどな、悪いが甘ぇとしか言えねえよ」

「そう……だね」


 アルもレヴィの意見に同意する。


「あなたがコンタクトを取っていた魔族は和平を望む勢力だったのかもしれない。けど、実際に彼らと戦えばわかる。送り込まれた魔族たちは人族をただの獲物としか見ていなかった」


 さらにフリーダが追撃をかける。


「仮に和平派がいたとして、それは魔族の何パーセント? 魔族が人族を支配したのち、魔族のトップに和平派が収まる確信でもあるの?」

「おれには難しいことはわかんねーけど、魔族はずっと人族にいじめられてきたんだろ? そのつらさって、ただの人族にはぜってーにわかんないんじゃないかな」


 最後はラウルにまでその計画の脆弱さを指摘され、アンナは顔をゆがませる。


「そんな……、じゃあ私の計画は……」

「少なくとも、穴だらけだな」


 頭を抱えその場にうずくまるアンナを前に、全員がその視線を憐れみに染めていた。だがフリーダだけはその中に一つの疑念を浮かべていた。


 皇妃アンナとは、ここまで愚かな人間であったか、と。


 これを、息子の皇位継承権に目のくらんだ母親が犯した盲目な罪だと断じるのは簡単だ。だが、皇妃アンナはそう、「聖女に最も近いと言われた女」。これほどまでに脆弱であるとは考えにくい。


 もしも、もしもこれが、ダニエルの皇位継承権とフリーダへの憎しみを、何者かに利用された結果だとしたら?


 アンナという使い捨の駒を手に入れれば、フリーダや教皇ルドルフの暗殺、もっと言えばアイエルツィアへの直接転移もかなう。エルクリディアを実質的な魔族の支配地域とすることも可能だ。


「洗脳魔法?」


 ぼそりとつぶやいたフリーダの言葉が、静かな室内では妙に大きく聞こえた。


 魔法に疎いフリーダでもわかる。そんなもの、存在するはずがない。存在していいはずがない。仮に存在するとすれば、人族は仲間であったはずの人族をすら信用できなくなってしまう。力で劣り、策略で劣り、結束でも劣れば、もう人族に勝ちの目はない。


「そんな、まさか……」

「可能なのか……?」


 本職の魔法師であるレヴィが即座に可能性を計算する。もともと魔法とは魔力が豊富な魔族がといいとする分野だ。だが魔力が豊富な分、力推しの魔法を行使する魔族も多い。転移魔法など、一部の膨大な魔力を必要とする魔法を除けば、細かな魔法の使い方は人族の方が優れていると言ってもいいくらいだ。


「人族と魔族が協力すれば、あるいは」


 沈黙が場を支配する。ラウルでさえ、それが深刻な事実であることが理解できた。


「母上、なにか覚えていることはありませんか?」


 そんな中で、ダニエルが行動を開始する。そう、ヒントになる何かが残されているとすれば、今この場ではアンナの記憶しかない。


「この計画を実行するにあたって、コンタクトを取っていた魔族がいるはずだ。そいつはどんな奴だ、名前は、特徴は⁉」


 ダニエルが、自分の母をだましたものを探ろうと、アンナの肩を激しくゆする。力のない人形のようにかくかくと頭を振るアンナに、見かねたフリーダはダニエルを制止した。


「洗脳魔法なんてものが実在するとして、そんなものを扱う相手が情報漏洩に留意しないはずがない。何かしらのプロテクトがかけられていると見たほうがいいわ」


 くっと奥歯をかみしめながらアンナから手を放すダニエル。空になった手は強く握りしめられていた。


「……こんなはずじゃなかった」


 力なくうなだれるアンナがぼそりとつぶやいた。


「私は……ダニエルのため……人族の、為に……」


 間違った方向に向かったとは言え、アンナの望みは確かにダニエルや人族のためを思っていたのだろう。悔しさからか、涙をぽろぽろとこぼしながら、アンナはその顔を手で覆った。


「母上……。すまないフリーダ。納得はできないだろうが、今日はここまでにしてもらえないだろうか。母には、少し休む時間が必要だ」

「……フリー、ダ」


 アンナに寄り添うダニエルがフリーダにそう問いかける。フリーダも、現状でさらにアンナを尋問にかけようとは思わない。ダニエルの提案に頷こうとした、その時だった。


「フリーダ……聖女……」

「ん?」


 もはや正気を保つことすらやっとと思われるアンナが、フリーダの名前に反応を示した。何かヒントになることを思い出したのかと、ラウルを除く全員がアンナの言葉に集中する。


「フリーダ、あなたさえ……いなければ――‼」


 正気を失ったゆえか、あるいは何者かにそう仕組まれていたのか、アンナはスカートの中に隠し持っていたナイフで目の前にいるフリーダに奇襲をかける。


「フリーダっ危ねぇ!」


 いち早く気づいたのはアンナの言葉ではなく行動に注目していたラウルだった。ゼロ距離に近いフリーダとアンナの間に身を滑り込ませ、身を挺してフリーダを庇う。


「ラウル!」


 ラウルが来る痛みを覚悟してきつく目をつむる。が、いつまでたっても痛みはやってこなかった。


「……っ」


 恐る恐る目を開ける。すると目の前に広がるのは深紅に染まった己の腕。


 痛みはない。当たり前だ。


 フリーダを庇ったラウル。だがラウルは魔封じの薬の影響で、普通の子供程度の身体能力、頑丈さしか持ち合わせていない。そんな状況でフリーダを庇ったらどうなるか。


 一瞬でそこまで考えてしまったフリーダは、己を庇ったラウルを抱き寄せ、自身の身体を盾にした。


「フリー……ダ?」


 背中から腹部を深く一突きにされ、血を流すフリーダ。それを両腕に抱えるラウル。何が起こったか分からなかったラウルも、一瞬の後に理解した。庇ったはずの自分が、逆に庇われたのだ、と。


「テメェ!」


 アンナをフリーダから引きはがすレヴィ。引き抜かれたナイフはアンナの手に。それは根元までもが真っ赤に染まり、傷の深さがうかがえる。


「レヴィ、早く治癒魔法を!」

「わぁってる!」


 血に染まるラウルの腕の中でレヴィが治癒の魔法を何度も重ねて詠唱する。それをラウルはそこか遠い場所の出来事化のように呆然と見ていた。


「出血が止まらねえ、内臓が傷ついてる! 応急処置じゃ間に合わねえぞ!」

「止血を最優先、ラウルは教会の魔法師を集めて――ラウル?」

「おれを……庇って……」


 充満する血の匂いが、鼻の奥にこびりついたように離れない。拭っても拭っても、溢れる血が何度もその手を赤く染める。


「ごめ、おれ……フリーダに謝らないといけないこと、あったはずなのに……」


 何も考えられないまま、ぽたぽたと続く血痕を視線で追う。フリーダから続く血痕の先には、ナイフをしっかりと持ったアンナの姿があった。


「お、まえが」

「ラウル……?」


 フリーダを抱く腕にだんだんと力が入っていく。力が籠められると同時に、封じられていたはずの魔力がラウルの周りに集まってゆく。


 手に力が入りすぎて、フリーダの青白い肌に爪が食い込む。つぅっと新たな雫が肌を伝う。


「ラウル!」

「あ、ああ、ああああああああああああああ」


 魔封じの薬など初めから効果がないかのように、魔力の高まりは留まることを知らない。


 そして、ラウルの左胸に輝く鎧に、ひびが入る。


「ラウル、魔力を抑えて!」


 アルが叫んでも、その声が届くことはない。感情の高ぶりが魔力を活性化させる。レンブルクで魔族の少年がその魔力を暴走させたように、ラウルの中でも魔力が暴れている。だが未熟な魔族の少年と勇者のそれとでは規模が違う。


 本来勇者が持つ魔力の量は、一魔族とは比べ物にならない。それを個人の力で制御できるように抑えているのが、ラウルが胸につけている鎧であり、生まれながらに装着していた魔力抑制装置の役割。


「ラウルの魔力抑制装置が……」


 それがたった今、砕け散った。



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