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第四六話「決着」


 レヴィは戦闘が行われている小部屋から少し離れた二階の窓ガラスを破壊して侵入していた。遮音結界を張ったうえで最小限の破壊にとどめたため、侵入は他の騎士などにはバレていないだろう。なるべくなら侵入の痕跡も残したくなかったのだが、すでに敵のトップに侵入がばれている状態だ。今更隠したところで意味は薄い。


「密書や計画書の類、もしくは魔族由来の品、ねぇ」


 侵入が成功した後でも気は抜けない。レヴィは魔力探知が行える。どこにだれがいるかなんて、それこそ聖女以外はすべて探知できる。情報量が多すぎるのが玉に瑕だが、頭に入ってくる情報を人間大のものに限定すればそれも軽減できる。


 が、今回はそれを制限していない。教会の中に魔力を発する何かがあれば見落とさないためだ。そのため、気楽に散歩しているように見えるレヴィの足取りだが、頭の中では相当な情報処理が行われている。


 幸いにして、騎士たちは見回りの者以外就寝中なのか、教会の外、敷地内の一角に多く集まっている。おそらくは宿舎だろう。あとは見回りをかいくぐりながら目的の品を探すだけなのだが……。


「どこにあるか見当もつかねえな……」


 もの探しは難航していた。教会とは言え領主の屋敷も兼ねる広大な敷地だ。せめてどこがだれの部屋なのかわかれば手がかりも掴めようものだが、多くは使用人の私室や倉庫に当てられていて、肝心の皇妃や皇子の執務室が見当たらない。


 人の気配がない、調べやすい部屋からあたっているが……。


「逆か」


 それだけ大事なものが隠されているなら、見張りの人間くらい立てているもの。


「いや、さらに逆か?」


 裏切りの証拠なんてもの、自分以外の他人に守らせるなんてあの皇妃様らしくない、とも考えられる。


「どっちだー!」


 誰もいない廊下で頭を抱えるレヴィ。今回においても貧乏くじなのは間違いなかった。


「こうなっちまった以上、あいつらも呼んだ方がいいか……」


 人海戦術、とまではいかないが、探す手は多い方がいい。なるべくラウルを外に出さないための今回の組み分けだったが、状況が状況だけに仕方ないとレヴィは判断した。


「『花火(フォイエ・ウェルク)』」


 窓から夜空に向かって放たれる一つの魔法。魔法を学ぶ際に扱うような初歩の魔法で、威力は全くと言っていいほど無い。だがその美しさから芸術面で評価され続けている稀有な魔法だ。


 夜空に上がった魔法は音もなく華麗な花を作り、周囲を一瞬だけ明るく照らす。こんな夜更けでもなければ拍手が上がっただろうその魔法は、誰の目にも触れないまましぼんでゆく。



 いや、ふたり。その魔法を目撃した人物がいた。


「合図だ」

「行こうか」


 再び暗くなったエルクリディアの街の中で、二つの影が動き出した。



「ふっ!」

「はぁッ」


 何度目かもわからない剣戟。常人では目で追うことすら不可能と言えるほど素早い剣と鉄扇の閃きを、しかし両者一歩も譲ることなく迎え撃つ。


「そろそろ息が上がってきたんじゃありませんこと? 義母上様!」

「あら、生ぬるい旅に浸かって剣の冴えが衰えたのはそちらでしょう? フリーダ!」


 聖剣による突きを閉じた鉄扇で受け、瞬く間に広げた鉄扇を今度は舞を踊るかのようにはためかせ、曲線に踊る残光を描く。


 その残光を追うようにきらめいた聖剣の切っ先が鉄扇と火花を散らし弾け合う。


「どれだけ自分の計画に自信があるかは知らないけど、その先に待ち受けているのは破滅でしかない!」

「あら、あなたが私の何を知っているというのかしら。身長? 体重? 男の好み? それとも、人族への憎しみかしら⁉」


 その言葉と共に鍔迫り合いに持ち込む両者。鉄扇と聖剣では聖剣に分があるように見えるが、皇妃の扱う鉄扇はただの鉄でできたものではない。


 軽く、丈夫なことはもちろん、魔力の伝達効率のいい魔導鉱石がふんだんに練りこまれている。皇妃は聖女に最もと近いと言われるだけあり保有魔力量はかなり少ない。だがゼロではない。そのためこの特製の鉄扇を魔力で強化する程度はできる。


 鉄扇の側面できりきりと押される聖剣に、フリーダは内心で舌打ちした。


 武器ではない。技量で負けている。


 何とかこの超接近戦をブレイクし、聖剣のリーチを生かせる自分の間合いで戦いたいところだが、皇妃の足運びが読めずこの状況を余儀なくされている。


 皇妃は一見すると戦闘に不向きなスカートでこの戦いに臨んでいるが、それが足運びを隠しフリーダに迷いを生じさせている。そこまで計算通りだとしたら、スカートという動きにくい格好でも戦闘をこなせるほどに訓練をこなしてきた皇妃の方が一枚上手だったというわけだ。


「人が生まれた時には聖女聖女ともてはやし、客寄せパンダとして扱い、外交の道具として扱い、実験動物として扱い! 時が来て本当に魔力を持たない者が生まれれば、今度は聖女の成り損ない? たまったものじゃないわ!」


 アンナが送ってきた過酷な人生は、フリーダとて想像に難くない。聖女として真にその道を歩いてきたのはフリーダだ。客寄せパンダとして民衆に愛敬を振りまき、外交価値の高い存在として綱渡りをさせられ、聖法術を扱える兵器としての訓練を叩き込まれる。


「聖女として成功したあなたには、失敗作として扱われた私の苦しみはわからない、わかるはずがない!」


 鍔迫り合いのまま、アンナによる無詠唱の魔法が発動する。風でできた無数の刃が至近距離でフリーダを切り刻む。致命傷には至らないものの、体中、あちこちから出血が見え隠れする。


「失敗作としての苦しみ、ね。自分の弱さの間違いじゃないの?」

「なんですって?」


 フリーダの言葉に鍔迫り合いの力の均衡が一瞬崩れた。その隙を見逃さず力を籠め、フリーダとアンナの間に距離ができる。


「おあいにく様、私は自分の境遇にある程度満足している。そりゃあ当然教会はクソくらえだし、人の苦労を理解もできない他の人族にうんざりするときもある。だけどそれをわかったうえで自分のためだけに利用しきって見せる。それをできないのはあなたの弱さ以外の何物でもない」

「知ったような口を!」


 空いた距離を取り戻すように間合いを詰めるアンナ。だが怒りゆえか、その足取りは今までとは比べ物にならないほど単調なものだった。


「あまいっ!」

「ッ!」


 キンッと。今までよりもいくらか軽い音が部屋の中に響く。それはフリーダが聖剣でアンナの鉄扇を弾き飛ばしたものによる響きだった。その音が、聖女と、聖女になれなかったものの重みの違いであるとはアンナも、おそらくはフリーダも気づかない


 言葉の重みは剣の重み。


 聖女であるフリーダに図星を突かれ頭に血が上った。たったそれだけの敗因だが、それは聖女と聖女に最も近い女の間でしか生まれない歴然たる差だった。


「話してもらう。あなたがつながっている魔族の内通者のこと、全て」

「あら、本当にバレていたのね」

「当たり前だ。あれだけの対応をしておいて、ただの嫌がらせでしたで通るはずがない。それに……」


 魔族との内通でなければ、勇者ラウルを襲わない理由がない。


「あなたのしたことで兄上が被害を受けることになるとは考えなかったのか」

「ふん、逆よ。こうでもしなければあの子が大成することはない。それでもあの子は満足でしょうが、私はそれじゃあ満足できない……我慢ならない」


 武器を失い、地面に膝をついたアンナは力任せに地をたたく。そんなアンナの首元に、フリーダは無慈悲な刃を突き付けた。


「あの子には私と同じような人生を歩んでほしくはなかった。優秀だけど天才ではない。そんなレッテルを張られる憐れみを向けられる人生は、みじめなものよ」


 そう言いフリーダを見つめる上目遣いの視線は憎しみに満ちている。そして交わされるフリーダの視線は、何の感情も浮かんではいなかった。ただ粛々と己の敵を制裁する。そのためだけの兵器のような瞳。


「さすがは聖女ね」


 アンナが覚悟を決めたように生唾をのんだ。その時だった。


「待ってはくれないか」


 部屋の入口に立っていたのは第一皇子、アンナの実の息子ダニエルを連れたラウル、レヴィ、アルフリードの三人だった。




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