第四五話「裏切り者」
「なんて言ってやってることがこれかよ!」
勇者パーティ襲撃の直後、深夜の二時を回ろうという時間に教会に張り付く影が二つ。
「ちょっと、静かにしなさい。バレたらどうするの」
教会の外壁に張り付くようにして息を殺すレヴィとフリーダ。その姿はまごうことなき不審者だった。時は十数分さかのぼる……。
「証拠探し?」
レヴィの言葉に「そう」と頷くフリーダ。
「今回の襲撃はまず間違いなく皇妃アンナによるもの。けれどその証拠と目的がわからない。ならば直接忍び込んで証拠の一つでも探してやろうってわけよ」
確かに今飽きの襲撃はアンナによるものだろう。それに対してはレヴィもアルも否やはない。だが証拠探しというのはいささか早計にすぎるように思われた。
「証拠がなかったらどうするんだ。そもそも目的がわかんねえんだから証拠の目星だって付けられねえぞ」
レヴィの言うことはもっともだ。だが今フリーダが欲しいのは今回の件に関する明確な証拠ではなく、乗り込むための口実だ。
「実のところ、あの女の狙いはなんとなく想像がつく。問題は私たちが何を口実として奴に攻撃を仕掛けるかよ」
「あ、攻撃を仕掛けるのはもう確定なのね」
喧嘩っ早い聖女サマだ、とレヴィは天を仰いだ。
「フリーダは、皇妃が今回の件以外にも何か画策していると?」
「ええ」
アルの言葉を肯定するフリーダ。
「じゃないとあの女が今この街、エルクリディアにいる理由がわからない。もっと言えば、その手段も現時点では推測はできるけど不明ね」
「教会の護衛を付けてここまで来たにしては移動距離が長いし、これまでの町でその痕跡がなさすぎる。あと考えられる手段は……」
アルが意味深な視線をフリーダと交わすと、フリーダはこくりと頷いた。
「だからって手段が直接的過ぎやしねえか? うちのパーティには盗賊や斥候の類はいねえんだぞ」
「そこは私がカバーする。レヴィは探知役として私と二人一組で行動してもらうわ。アルはラウルの護衛をお願い」
「わかったが、計画が場当たり的なのは否定できない。十分気を付けて行くんだよ」
「そこは止めてくんないかなー、なんて」
「止まるわけないでしょう」
レヴィの軽口を一蹴するフリーダ。口調は変わらない。けれどその瞳は、同じパーティメンバーであるレヴィでさえも背筋に冷たいものが走るほど冷え冷えとしていた。
「誰に喧嘩を売ったのか、義母上にわからせてあげないとね」
口元に笑みを浮かべそう言う様は、聖女というよりはむしろ魔王に近しいものを感じたと、のちにレヴィは語ったとか。
「なんで俺が盗賊の真似事なんか……」
「何か言ったかしら、探知係」
「なんでもございやせん」
教会の室内からろうそくの明かりが漏れる。窓ははめ込み式のガラスでできており、中をうかがうことはできても外に音は漏れないようになっていた。一階は応接室や食堂を併設してあるが、執務室のようなものは見当たらない。おそらくは侵入しづらい二階より上の場所にあるのだろう。
「で、どんな証拠がお望みなんだ?」
「できれば計画書のようなもの。無ければ言質を取ることになるか、あとはそうね……」
フリーダが少し言いよどむ。
「魔族由来のもの、か?」
「――っ、そう、気付いていたの」
二階の様子を探るため、フリーダがかぎ爪付きのロープを屋根のへりに引っ掛ける。よじ登った屋根はしっかりしたつくりで、ゆっくり歩けば足音も軋みも気にならないだろう。
レヴィが先んじてフリーダの言葉を奪ったことに、少なからずフリーダは驚いていた。だがすぐにフリーダは調子を取り戻し、いつも通りの声音で話す。レヴィは普段こそ調子ノリでおちゃらけているが、優秀な魔法師であることに違いはない。魔力量が多いというのも優秀な理由だが、何より秀でているのはその頭脳だ。
魔法は学問の一つ。火の玉を放つ魔法一つ取っても、発動までに必要なプロセスは膨大だ。実践の多くは感覚で魔法を使うことが多いようだが、その感覚の中にはこれまで何千、何万と繰り返してきた計算が詰め込まれている。
そう、レヴィは実は頭がいいのだ。それを表に出す機会が無いというだけで。だが今回は珍しくその特技が活きたようだ。
屋根から中に忍び込めそうな尖塔部分にたどり着くと、フリーダは後方のレヴィを気にしつつハンドサインで先に行けと合図する。
「アンナ皇妃が移動したのは俺らより先。だが移動の痕跡はどこの町にもない。つまり使ったのは転移魔法だ。転移魔法といやあ全魔法師の憧れ。実現不可能と言われた超高等技術。それが使えるのは限定条件下での魔族のみ」
そう、アイエルツィアを出たばかりの時に遭遇した魔王軍はそれだけ高度な術式の上で転移してきていた。それだけの準備をするにはそれなりの地位にいる内通者が必須。極めつけはアンナのあの態度。フリーダだけではない。ラウルに対してもだ。内心どう思っていても外側を取り繕うくらいは朝飯前のはず。それをアンナは初めから嫌っていることを隠そうともしなかった。
中に入ると、そこは本で埋め尽くされた小部屋だった。執務室のようにも見えるが、どちらかというと隠し部屋の類に見えた。
「少なくとも、現時点では皇妃の計画に勇者ラウルは邪魔な存在だということ。そうなればもう、答えはわかりきってる」
人族の裏切り者、内通者は皇妃、アンナ・ハイリヒ・シェーンベルクだ。
「そう、バレてるなら仕方ないわね」
「――!」
「何ッ⁉」
暗がりの中、うず高く積まれた本の背後にいたのは今まさに噂をしていた張本人、アンナ・ハイリヒ・シェーンベルク皇妃その人だった。
「こんばんはフリーダ、いい月夜ね」
月夜、という言葉にフリーダは歯噛みする。
「そう、腐っても聖女に最も近いと言われた女。暗視くらいはお手のものってわけ」
「やっぱこの作戦とも言えねえような作戦じゃあ無理があったか」
自分のたくらみがばれたというのに、余裕の笑みを崩さないアンナ。今ここで全員排除すればいいとでも考えているのだろう。フリーダはわざと笑みを作ってアンナに語り掛けた。
「おあいにく様、襲撃犯ならだれ一人として生きてないわ。あんたのお望み通り、全員自決してね」
煽るようなフリーダの言葉に、アンナは「ふふ」と笑い返す。
「あら、自決だなんて、あなたまだ人族を殺すことに抵抗があるのね、可愛らしいこと」
笑みの表情が怒りに変わるまで、そう時間はかからなかった。
「貴様に何がわかる」
「わかるわよ。報告の時にも聞いたわ。どうせあなた、未だにあの時のことを悔いているのでしょう? あの化け物を止められなかったことを。だからなるべくあの化け物に優しくふるまって、飼いならそうとしている。違う?」
「ッ貴様!」
「挑発に乗るな!」
アンナの言葉に激高するフリーダだが、レヴィがそれを制止する。レヴィから見て、舌戦はアンナに分がある。何より、フリーダがこの皇妃を相手にするには弱みを握られすぎている。
皇妃が魔族の内通者だという絶対的なカードをこちらが握っているというのに、まるで優位性を保てないのがいい証拠だ。
「フリーダ、ここは引くべきだぜ。相手が認めた以上ここに用はない。そうだろ?」
「いや、ここで退いても証拠は何も残らない。やるなら今しかないわ!」
何故相手がアンナになるとここまで直情的になるのか、いや、相手がアンナだからこそ、か。
普段の冷静さを欠いている。そう判断したレヴィは提案の方向性を変える。
「なら俺がここで奴を足止めする。お前はその間に証拠を探せ」
小声で背中にかけられたその言葉に、いくらか冷静さを取り戻したのか、フリーダは「ふぅ」と息を一つ吐く。
「その役割、逆で行きましょう」
「なに――」
言うが早いか、フリーダはアンナに向かって距離を詰めた。最初から遠慮なしに聖剣を抜き放っている。
ギンッ、と金属と金属のぶつかる音が狭い部屋の中に響く。フリーダの聖剣と切り結べる皇妃の得物、それは薄い金属を幾重にも束ねた鉄扇だった。
「チッ」
「いいわね、昔の猫かぶってるあなたより、今のあなたの方がよほど素敵だわ!」
聖剣を弾き、空いた胴体に今度は開いた鉄扇の波紋が迫る。
「くっ」
それを何とか鞘で防いだフリーダは一呼吸つくためにバックステップで部屋の端に飛びのいた。
「レヴィ、早く行きなさい!」
「だーもう! 言われなくたってこんなおっかねえところさっさと出ていくよ!」
侵入した場所と同じ窓から出ていくレヴィを尻目に、フリーダは考える。
わざわざ本人が出向いてまでこちらに対応した理由。
「なんて、考えるまでもないか」
ただ、本人が気に入らなかったから。
理由なんてそれで十分だ。
「聖女に最も近い女」
ぽつりと、アンナがつぶやく。
「私この呼び方嫌いなのよね。だって」
鉄扇がピシャリと閉じ、それをまっすぐにフリーダに向けてアンナは言った。
「私が聖女よりも下みたいじゃない」




