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第四三話「魔封じの薬」


「いかん、その薬は……」

「え」

「ラウル……っ!」


 見た目に変化はない。劇薬の類では無いようだが、見た目以上に変化があった。アルにはわかる。ラウルから発せられている強者特有のオーラのようなもの。正確にはあふれ出す魔力が凄みとして表れているもの。それがきれいさっぱり消え失せている。


「うえ、なんか変な感じ……」

「ラウル……とりあえずは大丈夫そうだね……。すみません、大事な商品を……」


 アルが店主の少女に謝ると「それはいい!」と語気を強めながら棚の間を縫ってラウルとの距離を詰めてくる。


「おまえ! 息してるか? 異常は⁉」

「え、え? なんともないけど……っと、それよりもアル」

「――外か」


 焦り散らかしている少女店主をよそに、アルとラウルは店の外を見やる。すると、


 ダンダンっ!


 と大きな音を立て戸が揺れる。


「おい、いるのか店主!」


 外から聞こえる怒声に、店主の少女は「はあ」と深くため息をつく。


「ちぃ、こんな時に面倒な……」


 言いながら外へ出ると、そこには完全武装した教会騎士五人が店を取り囲むようにして立っていた。ただ事でない雰囲気だが、事情がつかめない以上首を突っ込むこともできず、ラウルとアルは店の外に出たまま事の成り行きを傍観する。


「何度来てもらっても、無いもんは無い! わかったら帰れ!」

「そうは言ってもこちらも任務でな。皇妃様がお望みなんだ。無いのなら作ればいいだろう。それだけの技量はあるはずだ」


 追い返そうとする店主に対し、教会騎士の一人、おそらく隊長格の男は圧力をかける物言いで望みの品を要求する。


「たとえ皇妃様直々の命だとしても、人殺しの道具は作らんとそう言っとるんじゃ! わかったら去れ!」


 人殺しの道具、という穏やかじゃない単語にアルとラウルにも緊張が走る。


「何度言えばわかる。これはお願いじゃない命令だ。お前は言われたものを差し出せばいい!」


 叫ぶようにそう言い、騎士はこぶしを振り上げる。


「あ」

「まずい」


 先に反応したのはラウルだった。少女と騎士の間に体を滑らせるように割り込み、振り下ろされる籠手で覆われた拳を受け止める。


「――ぃったぁ」


 が、受け止めるや否や、ラウルはその手をぶんぶんと振った。アルはラウルのその様子を見て疑問符を浮かべる。


「あの程度の攻撃でラウルが……?」


 だがラウルは構わず教会騎士に食って掛かる。


「おまえ、無いって言ってるじゃんか! 分かってねーのはどっちだ!」

「子供は黙っていろ!」


 再び拳を振りかぶる教会騎士。今度はアルも見ているばかりではない。振り下ろされる拳をぱしっと左手で受け、その勢いを利用し足を引っかけて転ばせると、背中に馬乗りになり騎士の右腕をひねり上げる。


「騒ぎを起こすのは感心しませんね。こちらは現在任務中の勇者パーティですよ」


 権威を笠に着るのは好きではない。が、そうした方が負傷者を少なくできるのならば喜んでその権力を行使する。アルフリードはそういう男だ。


「勇者パーティだと? 笑わせるな、そのような無力な子供が勇者であるはずがない!」


 無力な子供? そう思いラウルの方を見ると、ラウルはまさに今教会騎士の下っ端に囲まれているところだった。


「ラウル!」


 それも防戦一方だ。最初こそ怪我人を出さないよう手加減しているのかと思ったが、そんな小難しいことを考えられるラウルではない。


「なんだこいつら、強くないはずなのに……」


 ラウルの攻撃はいつもと変わらない。だがその攻撃全てが相手に防がれ、いなされる。まるで子供が大人相手に喧嘩ごっこでもしているようだ。


「おいおい、これが勇者だとよ」

「勇者ごっこは楽しいか? えぇ?」


 身のこなしこそ軽やかで被弾は抑えているが、それでも数の不利は覆せずに何度も騎士の拳や蹴りを食らうラウル。


「仕方ないか……」


 アルは拘束している教会騎士の腕を更に締め上げ鈍い音を響かせると、ラウルの背後から殴りかかろうとしている騎士の腕をからめとり、そいつの腕も容赦なく逆を向かせる。


「ぐお……」


 うめき声にひるんだ残る三人の教会騎士は、アルの躊躇のなさに恐れをなしたのか、ラウルを囲むのをやめ距離を取り始める。


「それ以上やるというのならこちらも手加減はしません。腕の一本や二本、失う覚悟でかかってきなさい」

「な、なにを生意気な!」


 それでもなお、果敢に叫ぶ騎士が一人。その右手は腰帯に吊り下げられている一本の剣へと伸びていた。だがアルの動きはそれを抜くよりも早い。


「それを抜けば終わりだよ」


 一瞬で距離を詰めたアルは騎士が手をかける剣の柄にそっと手を押し当て、騎士の耳元でそうささやく。


「う、うわあああああ!」


 今度こそ戦意を喪失した騎士たちは、負傷した二人を抱えて騎士団詰所の方へと逃げ出してゆく。一件落着、と行きたいところだがそうもいっていられない事情がある。


「ラウル!」


 アルが駆け寄ると、ラウルはその場にへたり込み「痛ってー」と傷口を抑え始める。大きな怪我はなさそうでほっとするが、ラウルがあの程度の相手に苦戦したことには説明がつかない。考えられるとすれば……。


「すまない」


 その言葉が聞こえたのはアルが店主の少女の方を振り向くと同時だった。


「この騒ぎのことならば、お気になさらず。こちらが勝手に首を突っ込んだのですから。それよりも、さっきラウルにかかったあの薬は……」

「ああ、中で説明しよう」


 店主の少女はラウルの怪我に責任を感じているのか、最初のような覇気もなく店の中へと入っていった。


「ラウル、立てるかい?」

「うん、でも……情けねーなぁ、おれ」


 差し伸べられた手を取るラウルは笑いながらそう言ったが、その表情はどこか泣いているようにも見えた。



「あれは、魔封じの薬じゃ」


 店に入り一息ついたところで、少女は切り出した。


「察するに、使用した人物の魔力を強制的に抑える薬、でしょうか」


 アルの言葉に首を縦に振る少女。


「じゃがその効果は抑えるなんて生易しいもんじゃあない。使用者の魔力を、根こそぎ奪い取るんじゃ」

「……根こそぎ」

「奪い取る……」


 少女の言葉を反復する二人。


「魔力を失ったらどうなるかは知っておるか?」

「はい、マインドダウン。いわゆる魔力欠乏症は、貧血と同じかそれ以上のめまいや吐き気に襲われ、その場に倒れこむ、と」

「ああ、その通りじゃ。だがこの薬の恐ろしいところは、魔力がなくなった後も回復しないという点にある」

「魔力が、回復しない?」


 アルの瞳が驚愕から見開かれた。


 通常、魔力というのは体力、スタミナなどと同じように時間経過で回復する。全力疾走した後でも、数十秒もたてばまた歩き出せるように。魔力が回復しないということは、魔力が空っぽの状態が継続するということだ。


「そんな、それでは良くて昏睡状態、悪くすれば……」

「だから言ったであろう、命に関わる薬だとな」


 いや、そんなことは一言も言われていない。そう返そうとしたアルだったが、少女と教会騎士との会話を思い出す。


「そうか、じゃあラウルが被ったこの魔封じの薬こそ、皇妃が欲しがったという……」


 少女は頷いた。そしてある疑問を呈する。


「じゃから不思議なのじゃ。ラウルとやら、おぬし、いったい何者じゃ?」

「ん? だから言ったろ? おれ勇者だって」


 今度は少女の目が驚愕に見開かれる番だった。


「なんと、本当に勇者か!」


 少女が嘗め回すようにラウルの全身を見る。


「成程、微弱じゃが確かに魔力を感じる。魔封じの薬でもその力、封じきれんとは……」


 少女が感心しているのをよそに、アルは思考を深めていた。それは皇妃が魔封じの薬を求めている、ということと、改めて突き付けられた「魔力」というものへの違和感のようなもの。


「店主どの、魔封じの薬はラウルが被ったもので最後ですか?」

「ああ、正真正銘、あれで最後じゃ。そもそも他人に譲ろうなどと思って作ったものではない。人を簡単に殺めてしまえる薬じゃ。自分の好奇心ゆえに作った、ただ一つの薬よ」


 それを聞き胸をなでおろすアル。


「どうしたの?」


 暢気なラウルに、アルが説明する。


「簡単な話だよ。ラウル、皇妃があれを使うとしたら、誰に使う? 皇妃ほどの人物が恐れる、魔力が豊富な人物とは、いったい誰だろう?」

「そりゃあ……」


 ちょっと考えて、ラウルは人差し指を自分の顔に向けた。


「正解だよ」


 勇者を無効化するのにこれほどお手軽な手はない。いままでこの薬の存在が公になっていない理由もわかろうというものだ。あまりにも暗殺向きすぎる。


 そして魔力欠乏症から見えてくるもう一つの謎。すなわち、


「おぬし、勇者ということは聖女も一緒に居るのであろう?」


 そう、聖女という存在の謎だ。




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