第四二話「気まずさ」
「ラウルのやつ、戻ってこねえな」
レヴィがぼそりとつぶやく。その言葉にアルは苦笑いし、フリーダはばつが悪そうに顔をそむけた。三人の食事の手が止まって、すでに十分ほど時間がたっていた。
「簡単な問題ではないからね、ラウルが受け止めるには時間がかかるだろう」
アルがそう言うが、もちろん三人が食事をしている間に、ラウルの中で一つの決着がついていることは知る由もない。
「時間がかかるなら、それを待てばいい」
冷静にフリーダが言う。しかし当事者として最も心穏やかでないのはフリーダだった。
ラウルがあそこまでわかりやすく反発するのはこの三年間で初めてだった。シュトルツの時を思い出す。あの時のラウルは己の意見を「フリーダは間違わない」という妄信的な考えによって抑え込んでいた。それを考えれば、今回の反発はラウルにとってはいい兆候と言えるのかもしれない。
「そうだね。時間は、旅の中でいくらでもある」
「それよりも今日の宿探しの方が先だな」
真面目な空気を茶化すようにレヴィが言うが、それも今問題になっていることだった。ダニエルはこのまま教会に泊まれと言うだろうが、アンナのあの対応を見る限り、襲撃があってもおかしくないとアルとフリーダは見ている。
「やはり宿は外で取るのが正解だろうね」
「当然。こんなところで寝るなんて、襲ってくださいって言ってるようなものよ」
理由は後付けで何とでもできる。問題はフリーダがアンナに嫌われているという事実だ。フリーダだけではない。おそらくはラウルもアンナに目を付けられている。
フリーダは「ふう」と大きめのため息をつき、食卓から立ち上がった。
「どこに?」
「先に宿を見繕ってくるわ」
「ラウルは待たないのかよ」
レヴィが当然の疑問を口にするがフリーダはキッと目つきを鋭くするだけで答えない。そんな二人の様子にまたもアルが苦笑いを浮かべていた。
そのまま教会の応接室を立ち去るフリーダを見送る。扉が閉まり、もう声が届かないだろうと確信を持ったところでアルが口を開いた。
「時間が必要なのはお互い様、なんだろうね」
「かーッ。素直じゃねえ奴」
「フリーダが素直になったところなんて、見たことあるかい?」
「そりゃねえけどよ」
足を持て余すように組み替えながら、呆れ果てたような声を出すレヴィ。
「ったく、フリーダはラウルの保護者だと思ってたが、フリーダの方にも保護者が必要じゃねえか」
「そうさ。いくら成人しているとはいえ、まだ二十歳にもなってないんだ。そのあたりは年長者として、僕らがしっかりすべきところじゃないかな」
見た目以上の実年齢をしているアルにそう言われ、レヴィは顔をひきつらせた。
「じょーだん、そういうのはアル先生に任せるぜ」
先生と呼ばれ、今度はアルが渋面を作る番だった。
「先生はやめてくれないかなぁ」
食後のコーヒーに手を付けながらそう言うと同時に、かちゃりと応接室のドアが開く。
「……」
無言で中の様子をうかがうのはラウルだった。
「あれ、フリーダは?」
「今日の宿を探しに行ったよ。ちょうど入れ違いになったね」
アルの言葉を聞いて、ラウルは残念なような、ちょっとほっとしたような表情をすると、「ふぅーっ」と大きく息を吐いた。
「なんだよ、心底安心したような顔しやがって」
レヴィがからかうように言うと、ラウルは慌てた様子で手を振った。
「いや、安心とかじゃなくて、なんっつーのかな……」
「わかってるよ、ラウル。レヴィも、あんまり意地悪言うものじゃないよ」
「へーい」と返事するレヴィをよそに、ラウルとアルは話をつづけた。
「答えは出たかい?」
「なんとなく、だけど」
ラウルの言葉に、「それで充分」と答え、アルも食卓から立ち上がる。食卓にはちょうどラウル一人分(量としては三人前ほど)料理が残っている。今になって食事をとらなかったことを後悔し始めたラウルに、アルは優しく告げた。
「残った分はお弁当にしてもらおう。さあ、僕らもフリーダを追いかけるよ」
「お、おう」
フリーダになんと声をかけるか、まだ決めかねているラウルは、そう返事をしながら食卓にあった果実のジュースだけ飲み干した。
「よう、どんな感じだ?」
ちょうど宿の前にいるフリーダを発見した三人。レヴィの声掛けにフリーダは一度無視しようとし、考え直してから三人に向き直った。
「ここがいいと思うわ」
「ねえなんで無視しようとしたの?」
「見た感じ清潔そうだし、明日の朝食もついてるみたい。値段は相応にするけど、今は懐にも余裕があるでしょう」
レヴィの問いかけを今度こそ無視し、この宿屋に決めた理由を並べていく。現状、レンブルクでの報酬や道中に倒した魔獣のドロップアイテムを換金したこともあり、懐は温まっている。
「フリーダがいいのなら異論は特に」
「うん、おれも」
三人の答えにフリーダは「そう」とだけ頷き、宿屋の中に入っていく。不自然さなどどこにも感じない動作だったが、一連の動きの中でフリーダが一度もラウルの方を見なかったことは三人ともが気付いていた。
「やっぱ、怒ってんのかなぁ」
宿屋の中に消えるフリーダの背中を見て、ラウルがぼそりとつぶやく、と、
「そんなことはないよ」
「だな」
そうアルとレヴィが答える。
「ありゃあどう接したらいいかわかってないだけだ。お前と同じでよ」
レヴィの言葉はどこか投げやりだが的を射ていた。だがそれは先の食事中にフリーダの内心を聞いている二人だからこそわかること。ラウルには、フリーダが怒っているようにしか思えなかった。
「正直に話してみること。それ以外にやりようはないと思うよ」
ラウルにそう言い、アルとレヴィも宿屋の中へと入っていく。遅れてラウルが入った時、ようやくフリーダと視線が重なった。
「……」
会話はない。だが、その視線だけでフリーダが怒っているわけではないことがラウルにはわかった。それだけでどこか気持ちの軽くなったラウルは、三人が待つカウンターへと駆け足で駆け寄った。
「襲撃に備えるという意味では別々に部屋を取るのは危険……か」
「そうね」
「まあなぁ」
「けど……」
四人がそれぞれに顔を見合わせる。そして誰からともなく言い出した。
「寝る時くらい野郎どもと顔を合わせずに寝たい」
というか主にフリーダが言い出した。
アルとレヴィも即座に同意。フリーダと話がしたいラウルだけは苦笑いをしていたが、長い旅の間、ずっと顔を突き合わせ続けるのもつらいものがある。
「というわけで個室を四つ、用意できるかしら?」
フルーフ・ケイオスが始まってからというもの、旅人も少なくなり宿屋は実質開店休業状態だ。そんな中で突然現れた旅の四人組に、宿屋のオヤジは大層喜んだ。
「おう。全員個室とは羽振りがいいな。部屋は隣でいいかい?」
「ええ、近い方がいいわ」
一応、襲撃に備える意味で部屋は近いものを取る。だがどこまで抑止力があるものか。アンナが本気で攻めてくればこの町は丸ごと敵になる可能性が高い。この街、エルクリディアの実質的な支配者は第一皇子のダニエルではなくその母親である皇妃のアンナだ。
「私は早めに休むけど、みんなはどうする?」
夜は満足に休めない可能性がある。そんな意味を込めてのフリーダの問いだったが、ラウルにとってその言葉は別の意味に聞こえた。
「あ、おれは……」
フリーダと話がしたい。その一言が外に出せず、ラウルの声はしぼんでいく。
「んと、ちょっと街を見てこようかな。こんなににぎやかなの、珍しいし」
「そう、それもいいかもね」
ラウルのその言葉に、ほっとしたのはフリーダも同じだったのか、ほのかに笑顔を浮かべてラウルを見送る言葉を紡ぐ。
「僕はラウルについていくよ、消耗品も買い足さないとだし」
「んじゃ、俺はさっさと休ませてもらおうかねぇ」
自然と二人組を作り出し、単独での行動を避ける。表向き、勇者パーティの評価は悪くないだろう。それはこの街に来たばかりの時に出会った親子の反応が示している。だが同時に、勇者がどこで何をしているのか筒抜けになっている、という意味でもある。
「じゃあラウルのことは任せるわね」
部屋に入ってすぐ、ガチャリと施錠する音が聞こえる。その後ガチャガチャと内側でドアノブをまわして、しっかりと鍵がかかっているか確認しているところまで見て、レヴィも「んじゃ」と部屋に入っていった。
「それじゃあ行こうか」
「うん」
宿屋を後にし、屋台が軒を連ねる市場へとやってきた二人。
市場に入るなり、匂いにつられたラウルは早速両手に一本ずつの串焼きを持っている。
「ラウルはなにか見たいものはあるかい?」
アルの問いに「う~ん」と悩みながら串焼きをほおばる。肉体労働者向けのややしょっぱい味付けが気に入ったのか、悩みながらもう一口、二口と食べ進め、気づけば一本目が空になった。
「見たいものっていうか、何があるのかわかんねえから色々見たいっていうのかな。ほら、アイエルツィアってきれいだけどこういう屋台はなかったじゃん? だからこういうの食べてるだけでも楽しいんだよな」
ラウルの言葉に「なるほど」と相槌を打つアル。
「なら基本どこに行っても楽しめそうだね……うん、本屋や学術関係以外の場所なら……まあとにかく、最初は薬師のところに行こう」
「くすし?」
「お薬屋さん。怪我や毒になった時、レヴィがいれば魔法で直してくれるけど、戦闘中はそうもいかないだろう。そういう時に各々薬を持っていれば簡単な回復ができる」
なるほど、と手を打つラウル。
「なんで今まで持ってなかったの?」
「お金がなかったからだよ」
ラウルの純粋な疑問に世知辛い現実を答えるアル。事実、この旅を始めるまで四人の所得はあまりいい状態とは言えなかった。ラウルは言わずもがな、フリーダはほぼすべてを教会のツケで賄っていたため、金銭感覚はまともでも個人の所得はない状態。レヴィはたまるそばから使い、アルフリードは諸事情あり、有償の依頼を受けられなかったためにその日暮らしが続いていたのだ。
アルはラウルには悪いと思いつつも、レンブルクでのウガルルムの襲撃は渡りに船だと感じていた。教会からの任務とは言え、この旅はフリーダ以外の厄介払いの意味合いが強い。教会からの支援は各地にある教会支部の利用権程度のもの。
旅の資金繰りは課題の一つだと思っていたが、思ったよりも魔獣の襲撃が多いのは資金的にはおいしい状態だった。
「おっと、ここかな」
屋台通りを抜け、やや込み入った路地に差し掛かったあたりに「薬」の看板を見つける。扉を開けると「からん」と控えめな音が薄暗い店内に響いた。
「ごめんください、薬を売ってもらいたいのですが」
しん、と静まった薬屋の中、所狭しと置かれた棚に、これまた所狭しと置かれる瓶の数々。中身は透明な液体やら煎じた薬草やらが入っていて迂闊に触ってはいけない雰囲気が醸し出されている。
「ほぇ~」
迂闊に触ろうとするラウル。
「こら、商品に触るでない」
「うお、ごめん!」
棚が作る通路の奥から年若い女性の声が聞こえ、ラウルはとっさに伸ばした手を引っ込めた。
「って、あれ? 子供の声?」
「人を見かけで判断するでないわ。わしはこれでも二十八じゃ」
通路の奥からやってきたのは、どう見ても十歳そこらにしか見えない少女だった。
「なんじゃ、じろじろと見て」
どう見ても二十八は嘘だろ、という思いと、仮に二十八だとしてもその話し方にはならんだろ、という二つの思いが頭の中の八割を占める中、ラウルが口を開く前にアルが謝罪する。
「これは失礼いたしました、店主殿。少々探し物があるのですが、伺っても?」
「ふん、言ってみぃ」
こうしたところは流石のアル。営業スマイルで心の中を完全に隠し通して見せた。
「基本の治癒薬、解毒薬を十二本ずつと……」
「ふむふむ」
アルと薬屋の少女が話している間、手持無沙汰なラウルは周囲の棚に置いてある薬の数々を興味深そうにのぞき込んでいる。その中の一つ、高い棚にある濃い赤色の液体が入った瓶をラウルが手に取ろうとした、その瞬間だった。
「っ――⁉」
「おい小僧、そいつは――」
ラウルが外の気配に気づくのと少女が注意を促すのはほぼ同じタイミングだった。だがタイミングが重なったせいで驚いたラウルは、その瓶を掴みそこなう。
「あっ」
手を滑らせたラウルの頭上で、盛大にこぼれ出る赤い薬。当然その中身はラウルに降り注いだ。




