第三九話「皇妃」
「暢気なものね」
住民たちにファンサするラウルたちに浴びせられるのは、そんな冷ややかな声。
「ま、こちとらいつ終わるかわからない旅の途中なもんでね。こんな時くらいのんびり、暢気にいきたいのさ」
馬車を降りたレヴィが皮肉交じりに答えるが、その声の主が何者かを確認した瞬間、レヴィだけでなくアルとフリーダもその表情を面倒くさそうに歪めた。
その人物は大仰なドレスで街中を闊歩し、背後には四名の教会騎士の護衛を付ける女性。ドレスは白に青の飾りを施した清楚なものであったが、如何せん、社交界にでも出るのかと言いたくなるようなその恰好は、ただの街中で見るには、悪い意味で目にまぶしすぎた
「こ、これは申し訳ございません――皇妃さま!」
突然の大物の登場に顔を青くしてその場を離れる母親。そして状況が分かっていない子供は離れる際にもラウルに手を振っていた。ラウルも反射的に手を振り返すが、ひらひらと振る手のひらは、何かによってぴしゃりと打ち据えられた。
それが皇妃の手にある鉄扇だとわかると、ラウルは敵に向けるものと同じ視線を皇妃に送る。
「まあ怖い。これが人族の希望たる勇者の視線かしら、さすが――」
おどけた口調で笑い出す皇妃。しかし最後の言葉を口にする直前。
「飼いならされても化け物は化け物ね」
その瞳を鋭く、そして醜く細めた。
「っ!」
その言葉にラウルが反射的に手を出しそうになる、その時。
『奴らは化け物なんだ』
『いつ爆発するかわからねえ爆弾みたいなもんだ』
『僕はもう――化け物だ』
レンブルクでの記憶がよみがえる。
自分たちが今まで殺してきた魔族。殺したくなかった少年。彼らは本当に化け物だったのだろうか。いや、違う。本当の化け物は、そんな人族の脅威を軽々と刈り取ってしまう、自分自身なのではないか。勇者と言ったって、所詮は人々の言う魔族と同じ存在。いや、勇者とはむしろそれ以上に――。
一瞬のうちに思考がめぐり、ラウルの身体が止まる。だがそれより前に、その鉄扇をつかむ二つの手があった。
アルと、レヴィだ。
「ご機嫌麗しゅうございます、義母上」
皇妃の後ろから、フリーダが底冷えするような声で語り掛ける。
「口は禍の元と、よく言うでしょう」
左手は鞘に、右手は柄に。
「慎んだほうがよろしいかと存じます。さもなくば……」
抜く体勢は完全に出来上がっていた。
「飼い犬に、そのよく回る舌の根を食いちぎられるかもしれませんよ」
「被っていた猫を脱いだら凶暴な犬になるのね」
本気の殺気をぶつけられても動じない皇妃は、腰を抜かしている自らの護衛を尻目にさっと身をひるがえした。
「挨拶はこの辺りでいいでしょう。領館へと案内するわ」
ついてきなさい、という言葉を自分の背中に託して、皇妃はかつかつと音を立て、風を切るように歩いてゆく。
「なんなんだ……あの女は」
たまらず、レヴィがぼやく。
「アルとレヴィは初めてだったわね。あれが教皇ルドルフの正妻、皇妃、アンナ・ハイリヒ・シェーンベルク」
馬車を皇妃の護衛に任せ、四人は皇妃アンナの後に続く。
「聖女に最も近いと言われた女よ」
聖女に最も近い。その言葉が何を表すのか、この勇者パーティは誰よりもよくわかっていた。
皇妃の案内のもと、たどり着いた一行を出迎えたのは、誰あろう、第一皇子その人だった。
「フリーダ! それに勇者ラウル! 騎士アルフリードに魔法師のレヴィも、良くここまで来てくれた」
フリーダへのハグとともに繰り出されたその挨拶に、ラウルたちは皇妃の時とは別の意味で面食らった。
「相変わらずですね、お兄様は」
第一皇子、ダニエル・ハイリヒ・シェーンベルク。現在はシェーンベルク公爵家を名乗る元皇位継承権第一位の男は、屈託のない笑顔で勇者パーティを出迎えたのだった。
「シスコン?」
「シスコン……」
「しすこん???」
三者三様のリアクションを見せていると、ダニエルは「長旅で疲れただろう」と四人を領館へと招き入れた。
「すまないね。まだ禄に歓迎の準備もできていないんだ」
申し訳なさそうに言うダニエルだったが、準備など出来ないのが当たり前だ。何せ勇者パーティがいつ到着するかもわかっていないのだから。フルーフ・ケイオス以前であれば早馬や文を出して知らせることもできたのだが、今や命を懸けてそんなことをするわけもない。
「私はしばし席を外す。もうじき食事もできるだろうから、それまでくつろいでくれたまえ」
自ら案内をした第一皇子は、そんな言葉を残して応接室を後にした。
しばし、あっけにとられるように黙りこくる四人。
「なあ、あのギャップなに?」
「知らないわよ。ていうか皇妃がエルクリディアにいることすら知らなかったわよ。なんで――」
なんで私たちより先に到着しているのか。その疑問は口にするのをはばかられた。
手段が、あまりにも限られるからだ。
フリーダはあわてて表情を取り繕う。皇妃とはその名の通り教皇の正妻、第一婦人だ。教皇と同様に、基本的に聖都アイエルツィアから出ることはない。ましてや今はフルーフ・ケイオスの最中、いわば戦時下だ。第一皇子の方がアイエルツィアに戻るならまだしも、逆はあり得ない。
「いいかな」
フリーダが思考の渦に飲み込まれていると、アルがそこに横やりを入れてくる。
「いいけど、静かにね」
「簡単にだが、遮音の結界は張っとくぜ」
ラウルを除いた全員がことの異常さに気づいている。
「第一皇子はもともと、皇位継承権一位だった。が、フリーダ。君という聖女が生まれたことによってその権利を失い、エルクリディアの領地運営に回った。そうだね?」
「ええ、間違いないわ」
皇位継承権の第一位は、聖女であり皇女であるフリーダが得ることとなった。普通ならば、兄であるダニエルはそれに反発するだろう。だが、ダニエルは反発するどころか、それが当然であるというように受け入れた。フリーダを目にした時のダニエルの反応は、何よりの証と言えるだろう。
ではなぜ皇妃はあのような反応をした? 完全に勇者パーティを敵に回す言動だった。
そもそも何故皇妃がこの街にいて、何故皇子がそれを当然のことのように受け入れているのか。
「……まさかね」
フリーダはわずかに浮かんだ可能性を、馬鹿らしいと切り捨てた。
「まあ、結論は急がなくてもいいか。けどこの町の対応が一体どちら側なのかははっきりしたね」
「ま、そうだな」
「どちら側って、どういうこと?」
いまいちわかっていないラウルに、面倒くさそうにレヴィが説明する。
「簡単に言やあ、皇妃側か皇子側かって事だ」
「それなら街の人も俺にあいさつしてくれたし、皇子様側でしょ」
「ばーか、誰が俺らをここまで案内したのか忘れたのかよ」
キョトンとするラウル。だが、数秒後には納得する表情を見せた。
「そっか、普通は本人が案内しないか」
「そういうことだ。この街、とりわけこの街の教会を仕切ってるのは、皇子様じゃなくて、あの皇妃の方なんだよ」
そうレヴィが言い切った直後だった。
――コンコン
「っ⁉」
ノック音にビビり散らかすレヴィ。
「遮音結界はあんたが張ったんでしょ」
「タイミング的に驚くのは仕方ねえだろ!」
ノックの音は、騎士による呼び出しだった。
第二聖都、エルクリディアに到着したのだから、当然待っているのは聖都アイエルツィアへの報告だ。
「完っ全に忘れてた」
「そこまで報告するようなこともありませんしね」
「報告するようなこと、か」
レンブルクでの事件、出来事がラウルの脳裏に過る。
魔族の生き残りが暴走し、魔獣を召喚。早期に対処したため人的被害は無し。報告するとすれば所詮、この程度だ。ラウルにとっては大きなことでも、教皇に、いや、世界にとっては些末なこと。それを認識させられる様で、ラウルは知らずのうちに唇をかんだ。
エルクリディアの教会は領館に隣接している。本来であれば教会が領館を兼ねるものだが、いつ増築されたのだろうか。
周囲を見渡しながら、案内の騎士に続き教会へと向かう。教会の謁見の間の前で四人を待っていたのは当然、この街の領主であるダニエルと、皇妃であるアンナだった。
――まるで監視だな。
フリーダはそう思いはすれど、口に出すことはしなかった。




