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第二九話「レンブルクの問題」


 充分に腹を満たした四人は、レントの案内でレンブルクの教会に来ていた。レンブルクが抱える問題とやらをこの町のまとめ役、教会の司祭に聞くためだ。レントは司祭に勇者パーティが来たことを告げるため、四人のもとを離れている。


「司祭、司祭かー」


 これから会う相手が司祭だと聞いて明らかにげんなりとした表情をするラウル。


「なにもあんな奴らばかりじゃないわよ、教会の上の方にもまともな人間はいる……はずよ」


「ちょっと言いよどんでんじゃねえかよ」


 ラウルが教会に良い印象を持っていないのは今更としても、今やフリーダやレヴィもフォアンシュタットでの経験が記憶に新しい分、どうしても教会の関係者と接するときは身構えてしまう。


「この際、反魔族的な主張には目をつむるしかない。どうしたって今は僕らの考え方のほうが少数派だ。そこさえ折り合いがつけばまともな話し合いができる教会の人は多いように思う」


 アルの推測通り、今の教会は反魔族を掲げる国の中枢組織の様相を見せている。トップである教皇のルドルフからしてそのような主張をしているのだから仕方のないことではあるが、それは教会の最初の理念である人族と魔族の共生からは遠くかけ離れたものだ。


 そしてフルーフ・ケイオスによる魔族の暴走と、その人的被害がルドルフの主張を正しいものだと印象付けてしまっている。


 裏を返せば、魔族への対応以外はそれなりに話ができるということだ。話が出来すぎて魔族とまで裏で取引をするような司祭になれば話が別だが。


「お待たせいたしました、応接室へご案内いたします」


 司祭の準備ができたのか、レントが再び四人の前に姿を現した。


 司祭がまともな人間であっても、あの魔族の少年が関わっているならばあまりいい話ではないことは確かだ。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 四人は、せめてあの少年を処分する、なんて話にならないよう、己に祈りながら歩みを進めた。



「お待ちしておりました、勇者様、聖女様、それに……」


 司祭は疲労の色をにじませた顔で四人を迎えた。ラウル、フリーダを順に見て、レヴィとアルの前で少し止まる。


「あー、俺らのことは気にせんでもらって」

「一介のパーティメンバーですので」


 アルとレヴィはぞんざいな扱いには慣れているのか、自ら申告する。と、レンブルクの司祭は、


「ああ、あなた方が勇者様に同行しているという騎士と魔法師の方ですね。こうしてパーティの皆様にお会いできたこと、光栄に思います」


 と、妙にかしこまった態度で接してくるため、四人ともそろってどこか恐縮してしまう。いや、この場合は後ろめたさからくる気まずさというべきだろうか。


 勇者は自分の使命なんて後回しにする奔放な勇者で、聖女は聖女で教会から離れた瞬間に素が出る不良聖女。騎士と魔法師に至ってはかつては教会に指名手配されていたこともある元騎士と元魔法師なのだ。


「いやあ、レンブルクの司祭様が優しそうなお方で安心しました」


 こんな時頼りになるのがアルフリードの社交辞令、もとい営業スマイルだった。


「それで、この度は何か僕らにお願いしたいことがあるとか」


 挨拶はこの程度で十分。長引けばぼろが出ると考えたアルは早々に話を本題に持っていく。


「はい、実はそうなのです。勇者様方も、もうあの魔族を目にしたとか」

「あの少年ね、現時点では脅威足りえないと判断し何もしていないけれど、その対応に不満はある?」


 早速出てきた少年の話題に、フリーダは先手を講じるように言葉をかぶせた。


「いえ、滅相もありません。それに、私どももあの魔族そのものにおびえているわけではないのです」

「それは、一体どういう?」


 アルが尋ねると、司祭はそれまで明るかった表情を一変させる。


「それが、原因はまだわかっていないんです。ただ、農作物が荒らされる、町の貯蔵庫が破壊される、時折町の者がいなくなったかと思えば、街はずれで無残な姿で発見される。そんなことが頻発するばかりで……」


 確かにこの時世、命の危険はもちろん、食料を荒らされることも生活の維持に直結する重要な問題だ。司祭の表情が暗くなることにも頷ける。しかし、


「それに、あの少年が関わっていると?」


 冗談だろう、そんなニュアンスを込めてアルが問う。それはもはや問いではなく、反射的に口から出たつぶやきであったかもしれない。


「すべてがそうだとは思っていません。ただ、ここの住民はこれを一連の事件ととらえておりますので……」

「一つの犯人が全部の罪をかぶせられる、ってわけか」

「作物を荒らすくらいならわかるけれど、あの体つきで貯蔵庫の破壊はもちろん、人を襲うのも無理があるわ」


 重なって行く正論に、司祭の身体がどんどんと縮こまってゆく。


「おっしゃる通りです。あの魔族の子供には不可能なことだと、住民も分かっているはずなのです」


 もはや目も合わせず、下を向いてそう話す司祭。それは己の弱さを悔いる懺悔のようにすら聞こえた。


「われわれは弱い、体も、心もです。だから、全ての罪をあの魔族の子供に着せ、あの子さえいなくなれば安全なのだと、自分を安心させたいのだです」


 そう言われてしまえば、強者足りえる四人に言える言葉はない。自覚していないのならば問題だが、この司祭は自覚している。そのうえで、住民をまとめ、その不安を増大させないよう、あの魔族の子供を――悪く言えば利用し続けているのだ。


「住民をおもんばかるあなたの心境はわかりました。それで、実際には何が原因だと?」

「……魔獣、です」


 魔獣と魔物は基本的には同じものだ。魔核を心臓として機能させている人ならざる生物。それでも魔獣と魔物という言い分けが存在するのは、ひとえにその脅威の差によるものだ。一般的に、魔物とはオオカミやウサギなどの小中が他の動物やゴブリンなどの亜人種を指し、魔獣とはそれ以上の大型のものを指す。当然、魔獣の方が被害が甚大になる。


 そういう意味で、魔獣の被害というのは妥当な線だと思えるだろう。だが魔獣の被害と断定するにもまだ情報が足りない。


「魔獣は基本的に雑食だ。畑が荒らされる、貯蔵庫が狙われる、人が襲われる、全て魔獣の仕業と考えてもおかしくはないが……」

「でもそのわりに、ここの飯たくさんあったよな」


 食べ物の話になり、先ほどの食事を思い出したラウルが核心を突く。


「それです、司祭様、この町、食糧事情はそこまで悪くはない、むしろこの状況ではかなり恵まれている方ですね?」

「ええ、幸いにも。街の外壁の内外に畑がありますし、もともと魔獣被害も少ない町でしたから。外の畑も少しの被害くらいで、十分に住民をまかなえています」


 魔獣が出没しているにしては、被害が少なすぎる、というのがこの問題を複雑化している。魔獣には、魔獣として生まれてくる純粋種の魔獣と、魔力の濃い場所で生活したためクマなどの獣が魔獣となる、変異種がある。どちらも膨大な力を操るために肉体の維持に多くのエネルギーを必要とする。すなわち食事の量がかなり多い。ひとたび農作物に目をつけられれば畑は壊滅。人間が襲われれば骨が残っていれば良いほうだ。


「襲われた住民は無残な姿で発見された、で間違いないよな」

「はい……犠牲者もまだ数名です」


 司祭の言葉に四人はさらに頭を悩ませる。


「やはり情報が足りないと言わざるを得ない。調査するにも少し時間がかかりそうだ」

「いくら好き勝手に旅してると言っても、何日も足止めされるわけにはいかないわね……」


 フリーダの言葉に司祭が表情を曇らせる。町の被害はもちろんだが、魔族の少年のことも気がかりではある。だが暮らせていけなくなるほどの危機が直近に迫っているわけではない。言い換えれば、緊急性は薄い。それは司祭自身も分かっていることだった。


「一応、少しですが謝礼も用意しているのですが……」


 駄目でもともと、そんな気持ちで司祭は用意していた謝礼――今はあまり流通しなくなってはいるが、大きな町ではまだまだ現役で使える金貨や、保存のきく食料を提示する。とはいえ、勇者パーティがこの程度の謝礼で意見を変えることはないとわかっている。


 聞いていた印象とはだいぶ異なってはいたが、それでも勇者に聖女のパーティだ。謝礼につられるようなことがあってはならない。


「受けましょう」

「そうですよね……え、は?」


 即答したのはアルだった。


「受けましょう」


 今度は他の三人に向かって真顔で言い放つ。


「いや……おまえ」


 その手のひらの返し様に、さすがのレヴィもひきつった笑顔で額に手を当てる。が、アルの決意は変わらない。


「考えてもみるんだ、これまでは教会のツケやら歓迎やらでどうにかなっていたけど、このパーティの財政状況は非常に厳しいと言わざるを得ない。食料だってそうだ。レヴィ、君はたびたびラウルのことを大食いキャラ扱いして馬鹿にするけど、君だってなかなか食べるってことを自覚してほしい。酒代がある分食費に関しては君の方が上なくらいだ。ここで謝礼の一つくらい受け取っていかないと、次の町では大丈夫だけどそのうち町に行くたびにアルバイトをしなくちゃいけなくなるんだよ。みんながまともに働けると思うかい? ラウルは言わずもがな、フリーダは聖女だから普通の仕事はしていないし、レヴィ、君は途中でまともに仕事しなくなっただろう。僕にみんなを養えというのならさすがにパーティから抜けるよ?」


 その目はマジだった。


 アルフリードはその見た目からは考えられないがパーティで一番の年長者だ。パーティの財布を握っているのも当然アルフリードである。その意見にはフリーダとラウルも耳を傾けないわけにはいかない。


「……わかったわ、とりあえず三日間調査をする。その間の宿と食費は教会側に負担してもらう。この条件でどう?」

「できれば前金もいただければ。状況が状況ですので、解決できる保証はありませんからね」


 しっかりしているのかちゃっかりしているのか、アルの言葉によって勇者パーティはレンブルクに滞在することが決まった。


「……」


 司祭が幻滅したことは言うまでもない。



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