ご飯より先にお風呂って珍しいよね
川に着いた僕は用意しておいた簡易風呂に彼女たちを案内した。
お湯たまり場とドラム缶風呂に指を突っ込む。
温度は、ちょうどいい。
火傷することはないだろう。
「ここで身体を洗うといい。で、こっちの筒はお風呂の代わり」
「「?」」
揃って首を傾げられてしまったので簡単に湯船の説明。
どうやら猫姉妹がいた部族では湯船という概念はないらしく水浴びしかしないそうだ。
「温まったらこの布で身体を拭いて構わない。服はここに置いておく」
……我ながらすごく甲斐甲斐しくないか?
いや、でも子供がいたらこんな感じだったのだろうか。前世では結婚なんてできなかったからこんな経験なんてないけど、まさか異世界で子供の世話をすることになるとは……しかも肉体年齢七歳の時に……! あと多分この子たち僕より年上だと思う……! まさにあべこべ。
「じゃあ、僕は魚を獲ってくるからゆっくりしておいで」
自然な流れで僕はその場を離れた。
近くにいたら脱ぎにくいだろうし、これから料理もしないといけないのでじっとしているわけにもいかない。
とは言っても離れすぎると今度は魔物が出た時に助けに行くのが遅くなってしまうので適当な位置に陣取る。
夜の森でしかも水辺の近くで風呂と狩りと料理なんて現地人は普通やらないからね。
月明かりだけでは心許ないから焚き火を用意したけど、魔物避けになる……ってわけでもない。もしものときは助けにいかないと、と念頭に置きつつ調理開始。
凝ったものは作れないので簡単な野菜スープをチョイス。そこにパンと焼き魚でもあれば十分だろう。
とりあえず最初に手を洗って、近くに置いておいた異世界野菜たちを手にとる。
「ほい」
野菜を軽く投げて爪で切り裂く。
一瞬で皮が剥け、さらに切り刻む。
この程度の芸当であればお手のものというやつだ。
僕も異世界飯を楽しみたいからね。盗賊どもから奪った食料を調理している間に切るのだけは上手くなった。
「鍋に入れて……と」
ちなみに鍋も戦利品。
サバイバルしたくなったら盗賊を襲えば揃うんだから便利な世の中だよ。
さて、水を入れて火にかけてっと。
煮込んでる間に魚を獲るぞ。
「せっかくだし僕も食べるか」
だいたい五尾でいいか。
姉妹が四で僕が一。
ちなみに魚も魔物なので当然魔力を持っている。目を細めて魔力の流れを探ると、ちょうどおあつらえ向きの魚群を発見した。
すぐに川に手を突っ込み魔力を流す。
僕が考案した魔力漁だ。狙った魚群に魔力の奔流をぶつけることで気絶させることができる。威力の調整をミスると対象が木っ端微塵だけど今の僕ならご覧の通り。
「……七、八。八か、予定より多いな」
浮かんできた魚を数えながら回収。
威力は完璧だったけどちょっと数を見誤ってたか。
ま、誤差よ、誤差。
下処理をして串に刺して塩を塗す。
これでいいんだよ、これで。シンプルな方が上手いんだから。
「……じっくり焼いていこう」
焚き火を囲むように魚を並べる。
スープの方も塩と香辛料で味付けして……ん、デリシャス。
あとは彼女たちがお風呂から出てくるのを待つだけだな。
ちらっと遠目から様子を伺うとドラム缶風呂から二人仲良く顔を出しているところだった。
心なしか安堵した表情をしているような気がする。
「気長に待つかー……」
周囲を警戒しつつ焚き火の調整。
どうせ盗賊狩りは一瞬で終わってしまったので夜は長い。今はまだ日を跨いでない時間帯だ。朝まで十分余裕がある。
「とりあえず今日は食事をして、寝床を貸して……身の上話を聞くのはまた明日の夜かな」
それまでに彼女たちが逃げなかったらの話だけどね。
そん時はそん時だ。しゃーない。
僕があまちゃんだったと受け入れよう。どうせ言いふらされても「盗賊を皆殺しにして少女を風呂に入れて食事を振る舞う狼男が出る」なんて噂が立つぐらいだ。意味わからんね。誰も信じないと思うから問題ないようにさえ思えてきた。
「なにやってんだかなー」
僕のばやきに応えるように焚き火がパチっと鳴った。
ちなみにこの音って爆跳って名前らしいよ。ひゅーかっこいい。
◯●
それから約三十分後に猫姉妹は僕の元へとやってきた。
長い髪を乾かすのに苦労しているのか半乾き状態でやってきたので追加の布を渡して焚き火の近くに座らせた。
「熱いからゆっくり食べなさい。パンも浸して食べるといい」
スープをよそった食器とスプーンを渡し、彼女たちの間にパンを乗せた大皿を置いた。
「ありがとう、ございます」
「ありがとー」
慣れてない敬語を使おうとしているのが姉猫で、やんちゃな感じがしてきたのが妹猫だ。
でもお礼を言ったはいいが口を付けない。
まだ僕のことを警戒してるのだろうか……? あ、いや、違った。ただの猫舌だったみたいだ。現に妹がスープをぺろっと舐めて顔に皺を作っていた。
「まだ熱かったか」
笑いながら僕もいただく。
……うん、及第点かな。有り合わせで作ったスープならこんなものだろうって感じの味。
狼の口だと汁物が食べづらいが獣化を解くわけにもいかない。今後もこういった状況があるかもしれないから練習だと思っておこう。
パンをちぎり、口の中に放り込む。
んー味気ない。
盗賊が持っていた安物のパンだ。肉とか野菜でサンドイッチにしないと美味しいとは言えないな。
「味変!」
今度はスープに浸してから口に放りこんだ。
あ? スープにパンを浸すのはマナー違反だぁ? うるさい! 僕がホストだからいいんだよ!
「いい感じ」
ん~内なるマナー教師を退けた勝利の味は格別だあ!
猫姉妹たちも僕の真似をしてパンをスープにつけて食べ始めた。
こうやって子供は大人から悪影響を受けていくのか……なんてね。
その後、彼女たちはさらに一杯だけスープをお代わりした。食べ過ぎたらお腹壊しそうだしね。それにメインディッシュも残ってるし。
「お待ちかねの塩焼きでも食べよう」
串を一本手に取り鮎のような魚の魔物をじっくりと観察する。
生焼け……ではなさそう。いい感じに脂が載っててめちゃくちゃ美味しそうにしか見えない。
「実食!」
別に食わず嫌いをしているわけでも、嫌いなものを食べようとしているわけでもないけど、少しだけ身構えながらかぶりつく。
やってること毒味と変わらないしね。
「んーん~! うっまぁ! やっぱサバイバルと言ったらこうだよなぁ」
なんて名前の魚かわからんけどうめえ。
ジンやルヴェルたちも食べていたことがあったから大丈夫だとは思ってたけどね。
いい機会に僕も食べることができてよかった……って、
「……っ」
「じゅる」
猫姉妹がめっちゃ凝視してくる。
妹猫に至っては涎が口元から溢れそうなほど待ちきれない感じだ。
「お待たせ。ちゃんと焼けてるから食べていいよ」
魚の串を二本、地面から引き抜いてそれぞれに手渡す。
「やった!」
よほど魚を食べたかったのだろう。パンとスープを渡した時とはえらく違う豹変ぶりだ。料理した身としてはちょっと複雑な気分だが、確かに魚の方が美味しいので子供は素直ってことで納得しておいた。
「食べないのか?」
「……え?」
ただ、どういうわけか姉猫がまたすぐに口を付けようとしなかった。物欲しそうにしていた割には魚にがっつこうとしない。
なんで?
「姉さま?」
妹猫も姉の様子がおかしいことに気がついたのか、僕と一緒に首を傾げている。
「……いえ、あの……いただきます」
まるで覚悟を決めたように頷き、ゆっくりと魚を口に運んだ。
な、なんだなんだ? 大袈裟過ぎないか?
もしかして苦手だったとか? 意図せず食わず嫌いの心理戦が始まってたとかないよな。
……いや! もしかしてアレルギーか!?
魚は食べたいけど食べれない。でも僕に勧められてしまったから断れなかった――ってことか!?
わからんけど、とりあえず食べるのを止め――
「……ぐす」
ようとした手が逆に止まった。
姉猫が静かに泣き出したのだ。大粒の涙で瞳を濡らし、鼻を啜りながら堪えるように泣いている。
まるで泣くことを我慢しているような泣き方だ。
「……おい、しい。里で食べた、味と、同じ――」
たぶん、今までずっと我慢していたのだろう。
盗賊どもに攫われた不安や妹を守らないといけないという使命感に押し潰されそうになりながらも、姉として懸命に立っていた。それが今、決壊したんだ。
「ねえ、さま……」
姉に釣られて妹も泣き出した。
静かに泣く姉に代わるようにわんわんと泣きじゃくる。
それはまるで二人分の心情を発露するかのように、夜の森を震わせた。
「……」
そんな彼女たちを前に、僕がやれることは特にない。
唯一できることといえば、泣き声に釣られてきた魔物に向かって殺気を放って追い返すことぐらいなものだ。
頬を伝わった涙がそのまま魚にこぼれ落ちてしまっているけど……ま、僕が拭ってあげるまでもないでしょ。泣きながらも食べることはやめてないから見守ってあげよう。
「おかわりもあるよ」
「……食べる」
その後、泣き疲れて寝てしまった姉妹を抱っこし、僕は隠れ家の洞窟へと連れ帰った。
ここは今まで魔物に荒らされたことも賊に盗みに入られたこともない。身を隠すにはもってこいの場所だ。
干し草で作った簡易ベッドを用意し、そこに寝かせる。後は適当に食べれそうな食料を置いておく。わざわざ手の届く場所に置いたんだ。勝手に食べるだろう。
そうして僕にとって長い夜が終わった。
思いがけない出会いをしてしまったけど、はてさてどうなることやら。
一応、明日の夜も様子を見に行くつもりだけど……どうするんだろうね?
というか、本当にどうしよう……。