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奴隷姉妹を拾ったんだがどうすればいい?

 さらに一年が過ぎた。


「や、やめてぐべぇ」

「助け――」

「死にたくねえ! 死にたくねえよ!!」


 盗賊たちの阿鼻叫喚からお送りしておりまーす。

 今日も今日とて狩りに精を出し、今回は一年前と同じ北の森の廃村にやってきた。また盗賊たちが住み着いちゃったと聞いて、読んで字のごとく飛んできたんだ。


 なんだろうね?

 この廃村はゴキ◯リホイホイならぬ盗賊ホイホイなのかな?

 ここ一年で4回は盗賊や山賊といった賊たちが住み着いて、僕に駆除されてるよ?

 いい加減邪魔な廃屋は取り壊した方がいいのかな? あーでも本当に盗賊ホイホイとしての役割があるならこれでいいのかも。


 盗賊たちの居場所を把握できるのって便利だしね。広大な森に隠れられたらそれはそれで厄介だし、僕みたいな自称盗賊ハンターにとってはここは最高の狩場でしかない。


「化物が! ふざけやがって!」


 最後に生き残った一番強そうな盗賊が悪態を吐く。

 最初に叫んでいた三人は早々に戦意喪失していたので【鴉】で空中から踏み潰し、回し蹴りで蹴飛ばし、羽根に魔力を込めて弾丸のように射撃し撃ち殺した。

 

「君は活きがいいね。少しはスキルとかを使って抵抗して見せてよ」

「舐めやがって……! 『豪傑』!」


 お、挑発したらスキルを使ってくれた。

 そこらへんの賊と僕では力の差があり過ぎて手加減をしないと瞬殺してしまう。それは相手がスキルを使う暇すらないほど歴然とした差だ。

 だから歯応えのありそうな相手を見つけてはわざと生き残らせてスキルを使わせているんだけど……今回は当たりのようだ。

 命乞いもしないし諦めてもいない。

 僕の練習相手にうってつけ。


 大抵は僕の獣化を見て逃げ腰になっちゃうからね。貴重な相手だ。しかも『豪傑』。

 豪傑スキルはその名の通り腕っぷしが強くなり自身の恐怖心を抑えることができる。RPG風に言えばSTR(ストレングス)が上昇し、恐怖の状態異常に対して耐性を付与する、みたいな感じ。

 シンプルなバフスキルといった所だ。

 

「じゃあ僕は【狼】(こっち)で殴り合おうかな」

「ちっ、化物が」


 鴉から狼へと獣化した僕に対して感想が一言だけなんて……肝が据わってるのか余裕が無いだけなのか。


「来なよ」

「うおおおおおおおおおお!!」


 奇声を上げながら殴りかかってくる豪傑男。

 とりあえずその拳を片手で受け止める。


「……は?」


 なんで平然としていられるんだ? 俺が全力で殴ったんだぞ!?

 みたいな顔をされてしまった。

 でも魔力を一切込めてない獣化状態の僕を殴ることすらできないならその程度でしかないよ。


「ちゃんと魔力を込めてる? 豪傑スキルもしっかり発動した?」

「当たり前だろうがよ!!」

「おっと」


 もう片方の拳で殴ってきたのでそれも受け止める。

 僕の筋力もだいぶ上がったな。魔力無しの獣化状態で魔力有りスキル有りの人間を無力化できるなら、さらに踏み込んで実戦投入できそうだ。

 魔力とかは探知できる人間もいるからそういった相手には不意打ちとかもできそうだ。あとは暗殺とかに使える。

 

「魔力に頼らない戦闘ももっと学ばないと。後は暗殺が似合う獣化を煮詰めて――」

「くそ、放せ! 放しやがれ!!」

「ん? ああごめんね」


 豪傑男の願い通りに手を離す。そのままついでに足払いをして体制を崩させ、魔力を込めた尻尾で薙ぎ払うように吹き飛ばした。


「――!?」


 お喋りな盗賊だったけど、最後は言葉を発する余裕もなかったみたいだ。

 廃屋の壁に身体が減り込みカラカラと石片が地面へと転がった。

 事切れたのか口からは言葉の代わりに血が滴り落ちていた。


「終わりかな。ん~やっぱり盗賊はいいな~。試したいことが色々でき――」


 体を伸ばし一仕事終えた感を出したその時、狼の鼻がくんくんと警鐘を鳴らした。

 嗅覚を頼りに周囲の匂いを探る。


「まだ生き残りがいる。しかも二人だ」


 僕がそう呟くと今度は息を呑む音が聞こえた。

 馬車の中だ。

 大きい布に覆われている小さめの馬車。

 近づくと檻のような鉄格子が布の隙間から見え隠れしている。


「……」


 僕はこれ以上余計なことを言わないようにするために口を噤んだ。

 これはあれだ。十中八九あれだ。

 この異世界のこの時代。馬車の檻に入れて運ぶ荷物なんて一つしかない。

 僕は布に手をかけ、勢いよく引き剥がした。


「ひっ――」

「!!」


 そこには年端も行かぬ獣人の少女が二人。怯えた表情をこちらに向けて抱きしめ合っていた。

 おそらく姉妹なのだろう。

 くりっとした瞳にシャープな目尻。

 お揃いの桃色の髪は少女たちの身長と同じぐらい長く、その頭の上には二つの三角形――獣耳が生えていた。


 さらに尾てい骨の上のあたりからは細長い桃色の尻尾が生えていた。

 たぶんこの形は猫だ。


「猫の獣人か? 初めて見たよ」


 質問の答えは返ってこなかった。

 その代わりお互いの尻尾をねじるように絡め始めた。

 ……心細いのかな。

 でも、それも無理はない。


 この子達はおそらく人攫いにあって奴隷商に売られる直前だったのだろう。

 服装は着の身着のままといった感じで、今まで着替えることすら許されなかったのか薄汚れている。髪もボサボサだ。

 あと……恐怖のためか漏らしていた。彼女たちの服と荷台の床にその跡がある。

 匂いがすると思ったのはこれのせいか。


「さて、どうしようか」


 僕はこれまで目撃者は全員殺している。

 なぜなら僕の正体とスキルのことを隠したいからだ。

 獣化スキルについて僕はまだ研究中だし、そんな中途半端な時の目撃者なんて絶対に面倒事を引き寄せてくるに決まっている。「狼の怪物を見た、討伐しよう」とかね。


 だから野放しにするなんて選択肢はありえないし、だからこそ今まで私刑にできる盗賊たちの前だけに姿を見せていた。

 万が一誰かに見られてルヴェルやその家族に迷惑がかかる――なんて展開も嫌だしね。


 でも、これは……


「ぅ、うぐ、っ」

「……っ」


 おそらく涙ぐんでいるのが妹で隣で撫でて励ましているのが姉なのだろう。

 ほとんど瓜二つだけど妹が少し垂れ目で姉が少しつり目っぽい。


 痩せ細った体で支え合っている姿を見るとさすがの僕も心が痛む。

 殺せないな、と再認識した。

 いや、元々奴隷の子供と分かった時点で殺すつもりはなかった。


 僕は悪や悪役に憧れているがゲスやクズになりたいわけではない。奴隷発見! 売りに行こう! なんて思考にはならない。


 ま、だから困っているんだけどね。

 可哀想だから殺せない。でも僕の姿を見てしまったこの子たちを野放しにすることもできない。

 記憶を消せてどこかに預けられればいいんだけど、獣化スキルはそこまで万能じゃないし、極めた魔力操作でも不可能なことはいくらでもある。


 妙案が思い浮かばない。

 いや、一つ浮かんではいるけど……どうなんだ? 正しいのか?

 わからない。

 ……とりあえず、


「まずはここから出よう。僕が――」


 と荷台に上がった時、彼女は動いた。


「……お願い、します。妹には手を、出さないで……ください」


 つり目の少女が垂れ目の少女を守るように立ち塞がった。

 やっぱりお姉ちゃんだった。

 彼女は妹猫を背後に隠し、僕を見上げる。

 その瞳は不安に染まっていてとても弱々しいものだった。

 でも、それでも妹の盾となり気丈に振る舞おうとしている。


 美しいと思った。

 そして僕はこの“格好良さ”に弱い。

 憧れた悪とは違う純粋な眩しさがそこにはあった。

 僕が守護(まも)らねば。そんな謎の使命感に駆り出される。


 ……てか、あれ? もしかしなくとも警戒されてる? この子たちに敵だと思われてる?

 なんで?

 盗賊たちは僕が倒したのに……。


「なぜ警戒する?」


 ド直球で聞いてみた。

 変なことはまだ言ってないと思うし殺気だって出してない! 理由がわからん!

 人と普通に会話するのは確かに久しぶりだけどそこまで身構える必要なんて――


「……た」

「た?」


 意外にも返事に答えようとしたのは姉猫の後ろに隠れていた妹猫だった。


「食べないで、くだしゃい」

「……」


 大粒の涙を溢し、しゃくり上げながらなんとかそんな言葉を口にする。

 姉猫はそんな妹を抱きしめ、牢屋の奥へと妹を押し込む。

 まるで僕から大切な妹を遠ざけるみたいに――というか“みたいに”じゃなくて確実に遠ざけてるわ、これ。

 誤解は解こう。


「食べないよ?」


 なんだ僕は? さっきから短文しか喋れない森の賢者か何かか?

 オレ、ニンゲンクウ――って、いやいや! 食わないよ! 食わないから!


「でも」


 姉猫が恐る恐る口を開いた。


「魔物、でしょ……?」

「え? 魔物?」


 キョロキョロと周囲を探るがそんな反応はない。獣化状態の僕は嗅覚と聴覚が優れているからすぐに察知でき――って、あ。


「もしかして僕のこと?」

「言葉を操る、狼の魔物」

「あー……なるほどね。そう見えるのか」


 そっかそっか、そういうことか。

 そういえば【狼】に獣化したままだった。じゃあ、人に近い吸血鬼の姿に……なるのは今更ダメだな。

 いろんな姿に化けられる方が得体が知れないし、今はまだ不用意に秘密を明かしたくない。


 ここは狼男の姿でなんとか信頼を得よう。


「僕は魔物じゃない。この姿は……そう! 着ぐるみだ! 狼の皮を被って生活してるだけ――」

「……」

「うん、着ぐるみは冗談だよ、ただの冗談」


 胡散臭そうな顔をされた。

 あっれー? 僕ってこんなにコミュニケーション下手だったっけ!? 会話がうまくいかない。嘘も幼稚だ。盗賊たちとはあんなに肉体言語で語り合ったのに……ってそれが駄目だったのか!

 こんなことならもう少し社交性を身につけておけばよかった……。

 いや、でも、七年か? 七年ぶりに人とまともな会話をしようとしてるんだ。こうもなるか。

 普段から賊の遺言しか聞いてないもんな。


「でも、ホント、人間は食べないから。ほら、見て、主食はパン。ここにパンがあるだろ」


 僕は非常食としてとっておいた麦パンを袋から取り出す。その瞬間、猫姉妹たちの目の色が変わったのを僕は見逃さなかった。


「半分に割って、こうやって口の中にいれる。ん、おいしい! ね? 君たちと変わらないだろ? 自慢の牙もパンにメロメロだ」


 自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた。

 でもそんな必死な僕の姿を他所に、猫姉妹の視線はパンに釘付けだった。


「……君たちも食べたいかい?」

「「……!?」」


 おーさすが姉妹。

 ぴくっと驚く姿がお揃いだ。


「こっちへおいで。残りのパンをあげよう」


 といって袋からパンを取り出して見せびらかすが、


「……いりません」


 姉猫に振られてしまった。

 親の教育がいいらしい。知らないおじさんからの飴には釣られないようだ。

 しょうがないよね、怪しいもん。

 僕だってこんな見え透いた感じの餌をぶら下げられた警戒するさ。

 でも、


「何日、食べてないんだ?」

「……」

「水はちゃんと飲んでるか?」

「……」


 少しは油断してもいいんじゃないか?

 そんなに痩せ細ってボロボロで、それでもなお警戒して。

 もう、諦めて甘えてもいい。目の前の誘惑に飛びついてもいいじゃないか。

 僕が許すから。


「……二日、食べてない。水は……今日の朝に」


 マジかよ。

 思った以上に食べてなさすぎる。

 盗賊どもめ、ぶっころ――してたわ。

 とりあえず、もっと消化にいいものも口にしないとダメか? 今パンを大量に食べたら胃がびっくりするんじゃ……よし。


「食べて待ってて、僕は少しだけここを離れる」


 非常食の入った袋を掲げるが、猫姉妹は牢屋の奥で固まったまま動こうとしない。

 じゃあ、ちょっと非常識だけど足元に投げ――ようと思ったけどやめた。


「……食べ物は入り口に置いておくよ」


 お行儀が悪いから食べ物を放り投げるのをやめたわけじゃない。

 床が濡れているのを思い出したから置いてあげたくないと思ったのだ。


「……!」

「ぁぅ」


 そんな僕の視線に気づいてしまったのか、猫姉妹は顔赤くしてワンピースのスカートの部分を隠すように身を捩り俯いた。

 うん。

 気まずい。

 顔を赤くできるならまだまだ元気そうだね! なんてデリカシーのない言葉はかけられそうにない。


「すぐ戻る」


 とりあえず彼女たちとは距離を置こう。

 そんでもって本格的な食事の前にまずは着替えだな。

 幸い馬車の近くあった荷物を漁っていると綺麗めの服を見つけることができた。

 あとで渡そう。


 ……え? 今すぐ渡してやらないのかって?

 そうしてやりたいのは山々だけど着替えるなら身体を洗うのが先だ。

 色々とスッキリしてからじゃないと食事も美味しくならないだろうからね。


「ってことで川に行きますか」


 風呂の準備をしよう。水辺だから調理もしやすいだろうし一石二鳥。


「と、その前にいつもの」


 穴を掘り、そこに盗賊たちの死体を転がす。

 ついでに金目の物を全部くすねることを忘れない。

 あ、こいつ干し肉なんて持ってる! 食べかけじゃないよな……? これはもうあの子たちの物だ! よこせ!


「火は……後でいいか」


 用済みになった最後の盗賊の死体を蹴り落とし、すぐに僕は【鴉】に獣化して近場の川へと飛び立った。

 川に着いた後、僕が最初にやったことは風呂作りだ。

 もちろん本格的なものなんてできない。僕にできるのは川の脇に石で円形の土手を作り、大きい水たまり場を用意すること。そこに手を突っ込み魔力で沸騰させ、まだ温めてない川の水で温度調整。


「熱めでいっか。まだ使わないし」


 そしてまた鴉でひとっ飛び。

 場所は僕が隠れ家として利用してる洞窟。

 そこでドラム缶のような金属容器――商人が荷運び用に使っている缶を盗賊が奪いさらに僕が奪い取った――物に食材と香辛料、後はバスタオルの代わりになりそうな布を詰め込む。


「今までで一番忙しいな……」


 大人一人が入りそうな缶を抱き抱え川へととんぼ返り。

 そして缶をひっくり返して食材などをぶちまけ、空になった缶でドラム缶風呂もどきの準備に取り掛かる。

 といっても知識があるわけじゃないので、まずはさっきの水たまり場改めお湯たまり場の側にドーンと設置! 同じ要領で適当に水を汲んで魔力で沸騰! 水を追加して温度調整! 踏み板をお湯にドボン!

 これで身体を洗う場所と風呂の完成だ!


「我ながらなかなかの出来じゃないか。僕もそのうち入ってみたいかも」


 いったいそれはいつになるのやら。

 なーんてため息ついてないであの姉妹たちを連れてこないと。


「もう逃げてたりして」


 とは口にしたものの何となく牢屋から出てないだろうなと直感めいたものを感じている。

 そしてそれは当たっていた。


「ただいま」

「「……っ!」」


 鴉で飛んで帰り、狼の姿になってから牢屋へと顔を出すと、獣人姉妹がまた同じ驚き方をして迎えてくれた。

 僕が帰ってくるとは思っていなかったのか目を丸くして硬直している。

 そして、口にはパンくずが少しだけついていた。


「お、食べたんだ。美味しかった?」


 入り口付近に置いていた袋を覗くと空っぽになっていた。

 どうやら水も飲んだらしい。

 でも、


「足りないだろ? もっと食べに行こうか」


 僕は腕を広げ、彼女たちが近づくのを待った。


「私は――」


 ぐぎゅうるるるる。

 口ではなく腹が答えた。


「~~~~~~~~っ!??」


 姉猫の腹の音だった。

 恥ずかしがっている姿が可愛らしいと思う。

 そして、なんとなく鳴ってしまった理由もわかってしまった。妹に全部、もしくは多めにパンをあげたから全然満たされていないのだろう。

 そういえばリズリィとルヴェルにも同じような一幕があった気がする。


「ふっ」


 微笑ましくて思わず笑ってしまった。キモくなかっただろうか。


「姉さま、いこう」

「シア!? 駄目!!」


 僕の心配をよそに最初に行動に移ったのは意外にもシアと呼ばれた妹の方だった。

 彼女は一直線に僕に向かって駆け出し、そのまま腕の中にダイブしてきたのだ。

 大胆……! てか、急に肝が据わったな!


「もっと食べ物くれるって。姉さまも一緒に食べよう?」


 ……なるほど。

 姉にも食べ物をあげたいから率先して行動に移したと。

 なんて健気なんだこの姉妹。

 僕も説得に加担するか。


「君たちをどうこうするつもりなら僕はこんな回りくどいことをしなくてもいい。それだけの力がある」

「……ぅ」


 おかしい。説得のはずが脅しみたいになっている。なぜなんだ……。


「だからまあ、騙されたと思っておいで。食事にしよう」


 ……もしかしなくても僕って説得下手なんじゃね?

 ほ、ほら妹ちゃんも何か言ってあげて!


「それに、このオオカミさん。モフモフしてて気持ちいいよ?」


 ナイスフォロー……なのか?

 自分ではわからなかったけど言われてみれば確かに毛並みはいい気がする。

 照れるなあ、まさか僕にそんな長所があったなんて。


「お望みであればもふもふ? してもいいよ」

「……」


 口説き文句が効いたのか、姉猫が恐る恐る近づいてきた。

 そして、小さな声で「失礼、します」と律義に一言断ると、ぎゅっと抱きついてきた。

 両腕に猫獣人姉妹を抱える姿はまさに両手に花状態だ。僕が身体を鍛えすぎたのか彼女たちが軽すぎるのか、素直に喜ぶことはできなかったけど。


「……ぁ、よ、汚れ」


 抱きついてから、何かに気づいたのか。姉猫が身を捩り始めた。


「汚れ? え、僕ってそんな汚かった?」


 ――ってのは冗談で、十中八九お漏らしのことだろう。

 彼女たちは僕の腕に腰をかけているから、まぁ、うん。湿ってるね、とだけ。

 姉猫は「ち、ちがう!」と僕の言葉を否定したけど、僕はノンデリじゃないつもりだから気づいていないふりでもしよう。


「ごめんね。でも危ないからしっかり捕まってて。これから川に向かうんだ。そこで体も洗えるから今は我慢してもらえると嬉しい」


 これから森を走って抜ける。 

 手加減はするつもりだけど【狼】で軽く走っても乗用車ぐらいの速度が出てしまう。彼女たちの反応を伺いながら速度を調整するつもりだけど、やっぱり危ないので密着していてほしい。


「……わかり、ました」


 恥ずかしさを紛らわすためか、赤い顔を隠すように僕の胸板に顔を埋めている。妹猫もそれに倣って同じように密着してきた。


「モフモフ、気に入ってくれたようで何よりだ」


 返事はなかったが準備は完了ということでいいだろう。

 さて、後は川に向かうだけなんだけど……最後の一仕事を終わらせないとね。

 適当な木片を拾って、魔力で燃やす。

 それを穴の中にポーイと放り込んで終了。


 さて、唐突だけど少しだけこの異世界の雑学を披露しよう。

 この世界では死体を放置しておくとアンデッドという魔物になり人を襲うようになる。ゾンビみたいなものだけど噛まれて感染とかそういう能力はない。なんなら死んだ時の肉体の損傷はそのままなのでまともに動くことすらできない。


 アンデッドが発生する時間はまちまちで、人に恨まれるような人間の死体ほどアンデッド化の進行が早いとも言われている。

 そして、アンデッドとなった人間はその肉体に魂を囚われ、肉体は死んでいるのに痛みや苦痛に苛まれ続けるそうだ。


 あーこわいこわい。

 僕が死んだ時はさっさと燃やして貰おう。【吸血鬼】に獣化できる僕がただで死ぬかはわからないけど。


 おや? そういえば盗賊たちの死体を落とした穴から苦しそうな呻き声が聞こえるような……?

 生き残りかな? もしくはアンデッドになっちゃったのかな?


 でも、大丈夫。

 火種はさっき放ったからどちらにしろアンデッドが穴から這い出てくることはない。

 魔力で作った特別性の火種でじっくりじっくり燃えるから、死体が燃え尽きるまで時間がかかるだろうけど何の問題もない。

 もしかしたら呻き声が大きくなって雑音が響くかもしれないけど僕たちはもうここを離れるから関係ないしね。


「さ、川へ行こうか。舌を噛むから口は閉じておくように」


 素直に口を閉じて頷く猫姉妹を抱え直し、僕は走り出した。



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