それはそれ、これはこれ
意外にもルヴェルくんの立ち直りは早かった。
いや、現実的で切り替えが早いって表現した方がいいのかもしれない。
「剣術の修行を厳しくしてください」
あの日――というか昨日の夜。
家族団らんでおフロで洗いっこした後、さあ辛いことは綺麗さっぱり忘れて今日はぐっすり寝ようか――って時にルヴェルくんが宣言したのだ。
「俺は剣で強くなりたい」
と、ね。
みんなびっくりしてたし僕も驚いた。
スキルがないと知ったばかりなのに、もう割り切って自分の出来ることをして強くなろうとする彼の意思の強さに家族全員が言葉を呑んだ。
だから、ジンが彼にかけた次の言葉非常にシンプルで、
「わかった」
と、それだけだった。
それ以上は言うのも聞くのも野暮って感じでジン、リズリィ、ルヴェル、セレナの並びで抱きしめ合って寝ていた。うーん、僕の入る隙間がない家族愛だ。しょうがないからその日はみんなの枕元の上で横になっていたよ。
それにしてもルヴェルくんは――いや、これからはもうルヴェルと呼び捨てにしよう。
彼はもう立派な男の子だ。
不貞腐れず身の丈に合った選択肢を選んで努力しよう、なんて五歳児とは思えないほどよくできた子だ。僕が五歳の時なんて特撮に噛り付いていただけだから将来のことなんて何も考えてなかったに等しい。よくて「怪人カッコイイ怪人に僕もなりたい」ぐらいしか考えてなかった……って、全然よくないな。
ま、僕の過去は置いといて、彼の選択は理にかなっている。
スキルがないなら、ないものねだりをしてもしょうがないので自分に持っているものを活かすしかない。
騎士である両親の英才教育と幼少期の自由な時間。それを武器に自分の魔力と剣の腕を鍛え上げていくしかないと彼は気づいたのだ。
それに――彼には僕がいる。
僕たちは運命共同体と言えなくはない関係だ。
彼が体を鍛えれば僕が強くなるし、僕が体を鍛えれば彼が強くなる。
四六時中魔力操作の訓練を行っている僕がその成果を毎晩自分の体に反映――馴染ませている。
今はまだルヴェルは自分の体の使い方をわかっていない。
それはそうだ。
知らず知らずのうちに素手で岩を割れるような体に鍛え上げられているなんて思いもよらないだろう。
だけど、今日の剣術の鍛錬中も彼は自分の体が想像以上に動くことに気が付いていた。
修行中に感じた手応えを辿れば、そう遠くない未来に自ずと自分の体を使いこなせる日が来るようになるだろう。
「お休みな、さい……ねえ、さ――」
「もう、ダメだよベルくん! ちゃんとお布団をかけないと」
日中の過酷な修行を終えたルヴェルがベッドにうつ伏せにダイブし、そのまま寝入ってしまった。
特別な昨日とは違い、いつもの子供部屋で寝ることになっているため隣には姉のリズリィしかいない。
かいがいしく世話を焼くリズリィはそのまま弟と共にベッドに潜り込んだ。
「今日も一日頑張ったね。ベルくん」
そう言って弟の頭を撫でるリズリィ。
頑張ったね、と労ってはいるが彼女も弟の修行に付き合っている身だ。疲労が蓄積していたのだろう。すぐに寝息を立て始めて夢の世界へと旅立ってしまった。
僕からしてみればリズリィの方が頑張っている。
弟と同じ訓練をして背丈の近い相手として打ち合いの練習相手にもなる。しかも彼女には僕のような存在はいないので、本当にただの六歳児の体でしかない。もちろん異世界児の基準にはなるだろうが、それでもルヴェルの並外れた体力についていくのは大変なはずだ。
いいお姉ちゃんを持ったねルヴェル。
そしてお疲れ様リズリィ。
今日はゆっくりお休み。
………………
…………
……
「ま、夜になったからルヴェルの体は借りていくけどね」
ささっと意識を切り替えてベッドから抜け出す。
その途中で「ぅ~ん」と顔をしかめたリズリィには枕を抱かせて応急処置。
そのまま僕は忍者のように天井を這ってリビングに降り立った。この間、十秒も経っていない。
「さてさて、昨日は姉だけじゃなくて父と母にも挟まれてたから抜け出せなかったけど……今日こそじっくり読めるぞ!」
パンパカパーン! と懐から取り出したのはスキルスクロール。
青い狸――じゃなくて猫だったっけ? って今はどうでもいいか。とりあえず未来ロボの秘密道具風に取り出したスクロールはもちろんルヴェルの物だ。
長男のスキルがないことにバルディーク一家が思い悩んでいることを僕は知っているし、一番身近で見ていた。
彼らのことを思うと同情を禁じ得ない。
ただ、それはそれとして僕にスキルがあることは単純に嬉しいよね。
スキルがあるならそれをどう使うのか知りたいしどんなことができるのか把握したいよね。
ね?
「ってことで早速御開帳~!」
正直に言おう。
僕はテンションが上がっている。
だって獣化だよ? じゅ・う・か!
何それ!? もしかして変身できるの!? 獣の姿になれるってこと!?
というかジンとセレナ、あとは教会の神父もか? 彼らからは『獣化』というスキルがあるなんて話は聞いたことがない。教会にあった発現スキル一覧表ってのも目を通したけど獣化スキルなんて名前のスキルはなかった。
もしかしなくともレアな当たりスキルの匂いがプンプンする。
この世界では稀に超希少なスキルを持って生まれてくる人間もいるらしいが、それが僕なんじゃないだろうか。裏の人格でしかない僕が“生まれた”と言っていいのか怪しいところではあるけど、逆にこんな癖のある生まれ方だからこそ天が授けてくれたのかもしれないって考えることもできる。
何はともあれ、今はスキルだスキル。
喜ぶにはまだ早いし、自分にとって有用なのか実際に使えるのかどうかも定かではないのだ。
「お、浮かび上がってきた」
スクロールに魔力を込めると左上に小さく『獣化』の文字。
そして流し続けるとその説明文のようなものまで記されていく。
『獣化』
使用者は世界に登録されている獣の姿を借りることができる。また、使い続けることで進化することも可能となる。
「……なるほどね、完全に理解したわ」
どういうことだろう。
世界に登録って……誰が登録したんだ?
てか、進化? スキルが進化して別のスキルになるって話は聞いたことがあるけどそれを指しているのだろうか。
あと気になる項目が、
獣化:獣の姿を思い出し、魔力を消費することで変身する能力
と説明書きされているが、それ以上の情報もなければ枠の配置もおかしい。
「何に変身できるんだ? そこが重要なのに……!」
それになんだか文字に対して枠がでかい。
「スペースがまだまだ余ってるな」
まるで予告だ。
この空欄にさらに文字を書くのだとスクロールから通告を受けているような印象がある。
う~ん、これはちょっと予想外だ。
まさかこんなにわかりにくいものだとは思わなかった。
考えるな感じろ――ってことか?
「しかも思い出すってなに? 僕は前世で獣だったとでも言いたいのか?」
前世の場合、異世界人だったことしか思い出せない。確かにホモサピエンスが獣と言われればそうだけど別におっさんの姿に獣化したいわけじゃないしなー。
「どうせならもう少しこう狼男みたいなカッコイイ――」
その時、自分の芯の奥で沸き立つ何か――
心の臓が魔力に飢えている感覚に襲われた。
もしかしてこれに今、魔力を送り込めばいいのか?
そんな疑問と共に無意識に体の中心に魔力を送った、その瞬間――
僕の衣服は弾け飛んだ。
〇●
「はっはっは、なるほどね! 完全に理解したわ!」
窓ガラスに全裸の狼男が映っていた。
全身毛むくじゃらで体は成人男性より少し大きく、頭は狼の頭そのもの。鋭い牙に黄色い眼光、強靭な腕と大人の頭すら握りつぶせそうな大きな手。そこから伸びる爪は一裂きで人を切り殺してしまうだろう。
そんな恐ろしい姿をした黒い毛並みの狼男が、心底嬉しそうな邪悪な笑みを浮かべてリビングの真ん中に立っていた。
これが、僕だ。
「思い出すって、僕が知っている獣の姿を本当に思い出すだけでいいんだ」
スキルスクロールを見ると『獣化』という枠の項目の下に、【狼】という文字が増えていた。
僕はさらにいろいろな動物の姿を思い出す。
今度は魔力を込めるようなへまはしない。
「……すごいな」
まるで書き忘れていた文字を慌てて書き足すかのように、スクロールからは文字が溢れてくる。
【ライオン】【虎】【豹】【牛】【山羊】【蛇】
【土竜】【鴉】【隼】【ペンギン】【兎】【猫】
すぐ思い浮かんだだけでこれだ。
まるでゲームのスキルツリーのように動物たちの名前が並ぶようになった。
もしかしたら進化することでスクロールの空白にさらに別の動物の名前が現れるのかもしれない。
これはまだ要検証ってところだろう。
解:人の姿を思い出すことで変身が解ける
スクロールの書いてあった獣化の解き方を試すと目線が急激に下がった。
窓ガラスに映ったのは全裸のルヴェル――の体を借りた僕だ。
どうやら無事に元の姿に戻れたらしい。
獣化も解も特段の違和感はない。あんなに毛に覆われていたのに魔法のように引っ込んでしまい手足も縮んで元通りだ。
「はは、最高だ。これが僕に与えられたもう一つの自由か」
まだまだ謎が多いスキルだけど、まさか魔力のほかにこんな素晴らしいスキルを貰えるなんて……異世界に転生したのも悪くないじゃないか。
「今夜から獣化を使った訓練――しかも見た目が変わるなら今後は外に出ることだってできる。世界が広がるなぁ」
とりあえず今夜はもう何回か獣化を試して方針を固めよう。まずは他の獣化を探して……基本的に活動時間は夜だから、夜目が効く動物……【梟】とかコウモ――いや、狼男がいけるならあれも……
妄想をしている間もスクロールからは僕の獣化先がどんどん記入されていく。
僕はその光景を肴に、己が手に入れたスキルに酔いしれていくのだった。
〇●
翌朝。
先に起きたリズリィがルヴェルの肩を揺らす。
「おはよー……ベルくん――って! なんで裸なの!?」
あ、やべ。
夢中になりすぎて慌ててベッドに潜り込んだから服着るの忘れてた。
「ん……」
「風邪ひいちゃうよ!」
え、気にするのそっち?
じゃなくて、ごめんねルヴェル。起きたら何とか誤魔化してくれ。
後日、ストレスで夢遊病になったルヴェルが寝ぼけて服を破り全裸でベッドに戻ったという結論になり、家族たちはさらにルヴェルと優しく接するようになるのだが、それはまた別の話だ。