家族会議
白紙のスキルスクロールを片手に、村に戻ってきたジンとルヴェルくん。
二人の帰りを待ち侘びていたセレナとリズリィは笑顔で彼らを出迎えた。
「……何かあったのね?」
顔色の晴れない二人を見てすぐにただ事ではないと察したセレナは緊急家族会議を開くことにした。
テーブルには誕生日ほどではないが手の込んだ料理の数々が並んでいる。
去年、姉のリズリィがスキルスクロールを持ち帰ってきた時とほぼ同じ料理だ。一つ違うのは食後のデザートであろうケーキが用意されていること。
おそらくリズリィの手作りだろう。
あまり言葉にはしないが。ルヴェルくんはこう見えて甘いものが好物なのでお姉ちゃんの手作りお菓子が好きなのだ。
残念ながら誰も夕食に手を付けず沈黙が続いているので、ルヴェルくんがそのケーキを口にするのは当分先になりそうだ。
「ルヴェルのスキルを調べてもらったが……何もわからなかった」
口火を切ったのはジンだ。
彼は簡潔に結論のみを口にした。
それに眉を顰めたのは妻のセレナだ。
「どういう意味? まったく聞いたことのないスキルをルヴェルが持ってたの?」
わからないという言葉を別の意味に捉えたのだろう。彼女はそんな疑問を口にした。
当たり前だと思う。まさか自分たちの息子にスキルがないなんて思いもよらないのだろう。
彼女たちの『火魔法』と『疾風』は俗に言う当たりスキルだ。遠目が効いたり嗅覚が鋭かったり、ちょっと手足が伸びる……等といった外れスキルとは訳が違う。『魔法』のスキルを持っていればそれだけで仕事の選択肢が増えるし、魔術学院と呼ばれる魔法スキルを持った者だけが入れる学校や研究室に行くことだってできる。
セレナは昔、『火魔法』の使い手として学院から推薦状が届いたらしいが、ジンと共に騎士になることを目指していたためそれを拒否したことがあるそうだ。
子供達に馴れ初め話をしていた時にそんな話をしていたので僕も覚えている。
そしてジンの『疾風』も騎士に必要な攻撃と移動を補助することのできるスキルであり有用性が高い。なんでも過去の英雄が同じようなスキルを持っていて戦争で武勲を立てたとかなんとか。騎士志望だったジンには垂涎のスキルだったようだ。
そんな二人から生まれた第一子の長女リズリィ。
彼女は去年、同じ教会でスキルスクロールから『雷』のスキルを所持していると教えられた。
一文字だけのシンプルなスキル名。
だけどそれは始源スキルという超レアなスキルらしい。
どれくらいすごいのかというと……う~ん、僕もまだこの世界に詳しくなったわけじゃないからなんとも言えないけど、少なくとも『魔法』や『疾風』のスキルより上位の存在であることは確実。セレナとジンが手を取り合って不慣れなダンスを踊って舞い上がってしまうぐらいには貴重。しかも一ヶ月もしないうちに家に騎士学校から推薦状が届くぐらい注目度もある。
元々リズリィはその騎士学校に入学予定だったため推薦状のおかげで入学試験が免除。さらには学費も免除。家計簿をつけているジンが無言のガッツポーズをキメるぐらい喜んでいた。
そんな血筋がスキルに反映されているバルディーク家。
長男である息子のルヴェルに期待するなというのが無理な話だ。
ルヴェルくんは絶対に戦闘に役立つスキルを持っていると誰もが思っていた。
この僕も「火に風、それに雷と来たら後は水とか氷、土に関するスキルがくるのか!?」なんて前世ソシャゲ脳で妄想したものだ。
そして、当然本人は――
「違います、母さん。何もスキルを持ってなかったんです」
一番夢を見ていたはずなのに、その言葉を口にするのはどれほど勇気がいるのだろうか。
「――」
リズリィが口元に手を当て絶句し、セレナが「!? なんの冗だ――」とまで口にして立ち上がった。
そして、
「ごめんなさ――」
謝罪の言葉を吐いてしまう我が子を抱き締めていた。
「何も言わないで。何も言っちゃダメ」
そうルヴェルくんに言い聞かせて抱きしめ続けていた。
おそらく彼が泣きそうになっていたことに気づいただろう。冗談じゃないと理解した彼女は息子からの謝罪の言葉なんて聞きたくないのだろう。
それ以上息子に言葉を掛けることはなかったが震える背中を撫でるのはやめなかった。
僕もついでに魔力霊体で撫でた。ここまで弱っている彼を見るのは初めてだったから。
そうだよなー辛いよなー。
彼は大人しくて礼儀正しい真面目な子供だ。でもやっぱり五歳児でしかない。家族がみんな優秀なスキルに恵まれる中、平凡どころかスキルそのものが無いなんて現実、受け入れられるわけがない。悲しくて泣いて、疎外感に押しつぶされるような感情を抱いても仕方ない。
母であるセレナはそんな彼の感情を見抜いたのだろう。
もしかしたら「スキルが無いなんて一家の恥だ! 出ていけ!」なんて追放モノが始まってしまうのかとビクビクしていたが無用な心配だったようだ。例えばこう『追放された田舎騎士はスキルが無くても無双する ~いまさら家督を継げなんてもう遅い。俺は好き勝手学園ライフを謳歌する~』みたいな?
……いや、冗談だよ? 全部冗談。バルディーク家はそんな冷たい家庭じゃ無いからね。心配なんてそもそもしてない。
ただ、そう、分岐点ではあるよねって話。
追放モノは大袈裟にしてもスキルが無いというのは大きなハンデに違いはない。
ルヴェルくんは元々、ジンとセレナが通っていた騎士学校を姉と一緒に通うつもりだった。でもそれはスキルを持っていることが大前提だ。
騎士や兵士が魔力を使って戦うのが当然の世界。
そこからさらに強くなるにはスキルを使って自分の強みを鍛え上げていくしかない。
「……ジン。スキルが無いっていうのは確定なの?」
「うん。これがルヴェルのスクロールだ。もう魔力を覚えているはずなのに何の文字も浮かんでこない」
ルヴェルを抱き締めながらセレナはスクロールを受け取る。
そこには白紙のスクロールがあり、彼女が魔力を送っても変化はない。それはつまりスクロールの所持者が決まっており使用済みを意味する。
「ルヴェルが触る前に別の誰かの魔力を覚えてた――とかは考えられないの?」
「もちろん疑った。でも他の新品のスクロールで試しても駄目だった」
ジンがさらにスクロールを二巻取り出す。
スキルが無い、と発覚した後も追加のスクロールで再検査をしたが結果は惨敗。本来であれば所持者が自身のスクロールに触ればスキルが浮かび上がるようになる。だけど誰にも“ルヴェルのスキル”は見えなかった。
「ルヴェル、嫌かもしれないけどスクロールに触ってもらえる?」
「……うん」
小さい手がスクロールを掴むが、白紙――正確には『獣化』とは書かれているのだがセレナにもその文字は見えないらしい。
「……ありがとう。もう離していいわ」
証拠を目の当たりにして現状を受け入れたのだろう。
セレナの目が少し潤んだが、その瞳を隠すように目を閉じ、「……よし!」と気持ちを切り替えるように頷いた。
「お腹が空いたわね! とりあえず今は夕飯を食べましょう! その後はみんなでお風呂に入って洗いっこして……夜は家族全員で寝るわよ! 久しぶりに!」
スープを温めてくるわ!
と、息子の頭を一撫した後、セレナはキッチンへと消えていった。
保留ということかな? もしくは隠れたところで泣いてくるのかもしれない。
彼女にも整理する時間が必要ということだ。
「ベルくんベルくん! お腹すいたよね? このケーキお姉ちゃんが作ったんだよ。つまみ食いしてもいいよ」
「……それ、デザートでしょ。夕飯の前に食べたら母さんに怒られむぐっ!?」
ルヴェルの隣に座ったリズリィが弟の口の中にケーキを放り込んだ。
「大丈夫、許してくれるよ。ね、パパ」
「そうだね。お母さんは優しいから」
「ね? だから、はい! あ〜ん」
「自分で食べられるって……!」
照れくさいのか顔を背けてはいるが、満更でもなさそうだ。
とりあえず、ルヴェルくんが追放されたり、ショックで引き篭もりになる――なんて展開にはならなそうで僕も一安心だ。
裏で見守っていた僕としても彼が不幸になる未来は見たくないしね。
でも、はてさて。
これからどうなるのやら。