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転生したら本性は隠しておくものだから

「ベル、もっと魔力を込めなさい! 腕に力が入っていないわよ!」

「はい。母さん」


 赤髪の女性が木刀を構えながら我が子に剣術の指南を行っていた。

 彼女の名はセレナ・バルディーク。

 燃えるような赤い長髪と鋭い目つきが特徴的な美しい女性だ。


 歳は若く今年で22になったばかりだが、ここパルテア村の駐屯騎士として派遣されてもう5年が過ぎようとしていた。


 駐屯騎士とは国が派遣した騎士の総称である。

 国が育成した騎士から選出され、村や町の治安維持や警備を任されている。


 バルディーク家は騎士一家であり、パルテア村に常駐している騎士三家の内の一つである。


 また、町村には盗賊や魔物などの外敵対策のために自警団が設立されているのだが、そのまとめ役もバルディーク家が担っていた。


「セレナ。ちょっと出掛けてくる。どうやらまた村の外れで畑荒らしが出たみたいだ。自警団の方に顔を出してくるから子供たちのことを頼むよ」


 二階建ての木造家屋の玄関から出てきたのは藍色の髪を短く切り揃えた温和な雰囲気を醸した男性だ。

 彼の名はジン・バルディーク。

 セレナと同じ騎士であり、彼女の夫だ。歳はセレナより一つ上で同じ騎士学校を卒業している。


「いってらっしゃい。どうせ魔物の仕業だろうけど報告書があるならあたしも後で目を通しておくわ」

「紙でまとめるほどの案件では無いと俺も思うけどね――っと」

「パパー! おしごといっちゃうの? いつ帰ってくるの?」


 出かけようとするジンに小さい影が飛びついた。


「ん~? ごめんなぁリズリィ。夕ご飯までには終わらせて帰ってくるから。それまでママのいうことを聞いてお利口にして待ってるんだよ?」

「ママのおけいこ長い! それにベルくんをずっとひとりじめしてる!」


 ジンが抱き上げているのは長女のリズリィ・バルディークだ。騎士の家系として剣術を習ってはいるが、まだまだ遊びたい盛りの4歳児。父に抱きつくその姿は少し不満気だ。


 髪の色が緑色をしていて両親の血を受け継いでいないように見えるが、これは“ある特殊な事情が起因しており”この世界における常識みたいなもので、リズリィは正真正銘ジンとセレナの娘である。


「ルヴェルは剣術の鍛練が好きみたいだからな。熱中しているんだよ」

「むぅ」

「ははは、むくれないの。それじゃあルヴェルと一緒にお母さんに挑んでおいで。2人がかりで一本でも取れたら今日のお稽古は終わりでいいよ」

「ほんと!?」

「……ちょっと、甘やかさないでよ」

「父さん、無茶を言わないでください」


 妻と息子にジト目で睨まれジンは誤魔化すように笑った。娘は喜んでいるようなので撤回はしない。


「ほら、試合開始!」

「わーい」


 ジンの掛け声と共にリズリィが飛び降り、地面に落としていた木刀を拾い上げそのままセレナに切り掛かる。

 幼児といってもチャンバラ遊びの振り方ではない。両親から剣術の英才教育を受けているためその太刀筋は美しい剣士のそれだ。


「ほら、ベルくんも動いて! わたしたちのコンビネーションをママに見せつけてあげよう!」

「俺はついていくだけでやっとなのに」


 呆れながらも姉に追従するルヴェル。

 そんな子供たちの背中を眺めながらジンは静かに庭から離れていくのだった。


 ⚪︎⚫︎


「あともうちょっとでママから一本取れそうだったのにね。おしかったよねベルくん」

「ご飯のときも聞いたし、おフロのときも母さんに文句言っていたよね。大人げないって」

「だって、もう少しママはわたしたちにてごころってものをくわえてもいいと思うの。ああいうのをまけずぎらいっていうのよ」

「本気だってだしてないよ。スキル(・・・)とかも使ってないし」

「3,4さいあいてにスキルを使う親なんていやよ……」


 大きめのシングルベッドでコソコソ話に興じる姉弟がいた。

 暗い部屋の中、手を繋ぎながら向かい合っているその姿は睦まじく、彼らの両親がその場にいれば顔をほころばせて眺めていただろう。例えそれが日中の鍛錬の不満でも聞き流せるぐらいには愛らしい光景だった。


「そろそろ寝ようよ。明日も朝は早いんだから」

「も~う、せっかくお姉ちゃんとふたりだけでねられる年になったのにつれな~い」


 リズリィはそう言ってルヴェルを抱きしめて頬擦りをした。すると非難がましい「やめて、苦しい」とくぐもった声が上がったが、姉はそんな嫌がる弟も好きなのかお構いなしに抱きしめ続けた。


 弟もそんな姉の習性を理解しているのか抵抗は(はな)から諦めており、「お休み、姉さん」といつもの挨拶をして一日を締めくくった。


「お休みなさい。わたしのかわいい弟くん」


………………


…………


……


「……」


 さて。寝たかな?

 お姉ちゃんは寝てくれたかな?

 そろそろ僕の時間だから動いていいよね?


「う、手ががっちり……相変わらず仲のいい姉弟で僕は嬉しいよ」


 リズリィを起こさないように繋いだ手をゆっくりと解いていく。ちょっと前までルヴェルとリズリィは両親の寝室でジンとセレナと一緒に寝ていた。だがルヴェルが三歳になってからは子供だけで寝ることになり、子供部屋で姉と二人で寝ることになったのだ。

 その日からこの姉弟は仲良く同じベッドに潜り、毎日手を繋いで寝ている。


 僕としてはジンとセレナに挟まれながら寝ていると部屋から抜け出すのにも苦労をしていたから、この状況は大歓迎なのだが……如何せん、この拘束である。毎夜毎夜この繊細な作業は骨が折れる。


 はぁ、今日も起きないでくれよぉ~。僕だって自由に身体を――


「ぅ、う~……ん、ベルくん? どうした、の?」

「あ、やば」


 だぁあああ失敗した! あと指二本だったのに!


「ねむれないの?」

「え~っと、その、ちょっとトイレに行きたいなーって」

「んー……ぁ、そうだったんだー。ごめんね、つかんだままで」


 リズリィは眠そうな顔でぽやぽやしながら掴んでいた手を放してくれた。

 騙したみたいでちょっと罪悪感を覚えたが、遠慮はしない。


「ありがとうお姉ちゃん。すぐ戻ってくるからちゃんと寝てるんだよ」

「えー……なんかおとーとくんじゃなくておにーちゃんみたい」

「ソ、ソンナコトナイヨ。ボクハオネエチャンノオトウトダヨ」

「そうだねー私には……かわいい、おとうとだけ――」


 あぁ、リズリィはもう限界のようだ。

 これ以上お喋りしていたら安眠妨害にしかならないし、逆に目が冴えてしまったらそれはそれで非常に困る。

 僕は「じゃ、行ってくるね」と言い残し、その場を去ろうとした。


「ぁ、まって……」


 だが、リズリィは最後の力を振り絞ってそんな僕に手を伸ばしていた。


「ど、どうしたの?」

「もどってきたら、また、手をつないで……ぃっ……ねよ――」


 眠気に負けたのか最後まで言葉にすることはできなかったようだ。

 おそらく「一緒に寝ようね」とか可愛らしいおねだりをしたのだろう。

 はぁ、なんて果報者な弟なんだルヴェルは。

 本人が聞いたら(・・・・・・・)どうせ「うん、わかった」とか「気が向いたらね」とかそっけないことを言うに違いない。


 あの弟君は真面目で仏頂面の素っ気ない男の子だから気の利いたことを言えないのだ。


「ま、仲立ちは僕がしておくよ。後で、ね」


 力尽き、布団から出てしまったリズリィの手をゆっくりと中に戻す。

 風邪をひいたら大変だ。最近は冷え込むし、防寒対策のための暖房器具はこの部屋にはない。エアコンなんて便利な機械は夢のまた夢だ。暖炉は一階の広間にしかないし湯たんぽのような道具はあるけど……この姉弟には必要ないかもね。


「少しだけお姉ちゃんの湯たんぽを借りるよ」


 僕はそう言って手ぶらのまま部屋を後にした。


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