ゴブリン討伐
この世界のゴブリンとは僕の前世の知識がそのまんま現実化したような魔物だ。
人間の子供のような背丈に緑色の肌。
ぎょろっとした大きな目と尖った鼻と耳。
裂けているのかと疑うほど開いた口からは並びの悪いギザギザとした歯を覗かせている。
醜悪。
ゴブリンの外見を表現するならその一言で方がつくだろう。
そしてその生態は凶暴極まりない。
ゴブリンは雑食であり食べられるモノならなんでも食べる。
森の木の実、果実、虫、小魔物。なんでも口に入れる。
森に食べるものがなければ人里まで降りてきて食べる。
畑の野菜、農場の家畜、倉庫の備蓄、そして――人間。
ゴブリンは食べるものがなければ最終的には人間を襲って食べるようになる。
狙われるのは男女問わず子供が多い。大人も狙うが反撃されにくい子供の方が食べやすいとわかっているから。
……ちなみに食欲を満たすためだけに襲ってくる。性欲とかは別に満たさない。乱暴する気でしょ!? 同人誌みたいに!! みたいなくっころ展開はない。
僕の身近でそんな展開になったらルヴェルと一緒に発狂する自信がある。ルヴェルがスレイヤーになっても止めはしないだろうが……そもそも僕がいる限りその心配をする必要はない。
――っと話が逸れた。
最後に、ゴブリンは知能が低く言語は操れないが、人間の武器は扱うことができる。
人を殺して奪い、人を真似て振り回すからだ。
だから武器や防具を身につけているゴブリンは要注意となる。
それは言外に人間を食い殺したことがあるゴブリンだと証明していることになるからだ。
「っしゃ! おら!!」
「ギェピッ」
バルドがショートソードを振り抜くと汚い悲鳴が森に響いた。
「ふぅーっふぅーっふぅーっ……」
息も絶え絶えの様子のバルド。
彼の傍には腹を斬られて血の泡を吹いているゴブリンが横たわっていた。
「どうだ! 見たか『能無し』! オレにかかればゴブリンなんてどうってことない!」
僕は少しだけ感心していた。
ゴブリン退治を提案したのは確かにバルドだが、彼はルヴェルたちが苦戦するのを後ろで指を差して笑っているだけだと思っていた。
でも実際は違った。「オレが手本を見せてやる」と買って出たバルドは、最初に遭遇したゴブリンを見事討伐してみせたのだ。
腐っても騎士の息子。
自分の戦い方を証明するために実戦で証明してみせたというわけだ。
「しかもこのゴブリンは『人喰い』だ。お前らに同じことができるのか!?」
そう言ってバルドはゴブリンが握っていた錆びれたダガーを蹴り飛ばした。
「……短剣だけじゃ『人喰い』かどうか怪しいけどな」
「拾っただけかもしれないしね」
ルヴェルとゼナヴィアがひそひそしている。
まぁ同意見だ。
人間を襲って食べたゴブリンはその名の通り『人喰い』と呼称されるようになる。見分け方はもちろん武器の有無。
ただ、今討伐したゴブリンは『人喰い』かどうかは怪しいところだ。
ゼナヴィアが言っていたように武器は拾っただけかもしれない。
そして何より目つきが違う。
僕は何度か本物の『人喰い』ゴブリンに遭遇したことがある。
人間を食ったことがあるあいつらは餌を前にした猛獣のような目をする。
さっきのゴブリンにはそれがなかった。
装備も貧弱だから『人喰い』ではないだろう。
「黙れ! いいからさっさと次のゴブリンを見つけて倒してみろ! オレが『人喰い』をやったんだからお前らも『人喰い』を殺せるんだろうなあ!?」
ゴリ押しかい。
事実はともあれルヴェルたちが『人喰い』ゴブリンを仕留めないと納得しなさそうだな。
めんどくさ。
「……ねえ、ルヴェル」
「なんだ?」
「あの子っていつもあんな感じなの?」
「……覚えてない」
「うわー可愛そう。……なんとなく、あなたにご執心な理由がわかっちゃったかも」
ごめんよゼナヴィア。
うちのルヴェルは剣術にしか興味ないんだ。
「そんな態度だから余計……って、もう来ちゃった」
2人が武器を構える。
茂みから顔を出したのは3匹のゴブリンだ。
最初から数的不利の状況か。ルヴェルたちならやれないこともないとは思うけど奥の1匹が問題だ。
あれがリーダーか?
脇にいるゴブリンは勇者の初期装備みたいな木の棒と布切れしか装備してないのに……ゴブリンの世界にも格差社会や貧富の差があるなんて世知辛いねえ。それともこれからドラゴンを討伐して姫様でも救出に行くのだろうか。
「剣に盾、おまけに鎧まで奪ってるのか。似合わないな」
冗談は置いといて、ルヴェルの言葉通り不恰好なゴブリンが奥に控えていた。
あれが本物の『人喰い』だろう。脇のゴブリンはこっちを見て「敵か!?」みたいに警戒心を露わにしているけど、奥にいるやつは完全にこっちを餌だと認識している。
目つきがやばい。
あと、大きな口から涎とか垂れてるし、汚い。
「ひっ」
金魚の糞のようにバルドにくっついてきていたロイスが引き攣った悲鳴をあげた。
ビビるのも無理はない。
例えるなら小学生が人食い熊に遭遇するようなものだ。こっちの世界の子供には魔力やスキルがあるから対抗できるけど怖いものは怖い。
「ルヴェル」
「ん?」
お? さすがにゼナヴィアも怖くなっちゃったか。
まぁもしもの時は魔力霊体の僕が庇って致命傷は避けてあげるし、危険だと判断したら表にも出てゴブリンを排除するからさ。
挑戦してみるのも悪くは――
「あたしのスキルについて教えるね。スキル名『連携領域』。あたしが相棒だと判断した人とのコンビネーションを高めてくれるの」
どうやら無用な心配だったらしい。
この子、やる気だ……!
そしてスキルの説明がふわっとしててよくわからない!
「唐突だな」
「えへ、ごめんね。こんなに早く出会すとは思ってなかったから」
悪びれているように見えないがそれでいい。
笑っていられるということは余裕があるということだ。
彼女とルヴェルが普段通りに戦えるなら苦戦することはないだろう。
逆に『人喰い』は慎重だ。部下ゴブリンをけしかけてこないのはこっちが4人だからか。
実際に戦うのは2人だけなんて知る由もないだろうし、1匹すでに殺している――という実績も味方しているのだろう。
「俺はどうすればいいんだ?」
「好きに戦ってほしいな。あたしがスキルを発動しながらサポートする」
「わかった」
先手必勝。
ルヴェルが一気に駆け出し抜き打ちを放った。
鬼神流・戦技『根斬り』。
先手から相手の腕を切り落とすことを目的とした鬼神流の奇襲技だ。
「ガギャア――ッ!?」
部下ゴブリンの片腕が宙を舞う。
不意を突かれ、ゴブリンたちの反応がさらに鈍る。
そこに追い打ちをかけるようにルヴェルが畳み掛け、追従するようにゼナヴィアが短剣を振るった。
ゼナヴィアの動きはまるでルヴェルの次の行動を知っているかのような戦い方をしていた。
ルヴェルがゴブリンを切り付け、その隙を縫うように短剣を投げ牽制する。
もう1匹の無傷の部下ゴブリンがルヴェルに掴み掛かり取っ組み合いが始まる――が、次の瞬間にはもうゼナヴィアがゴブリンの背後に回って首に短剣を突き刺していた。
「グガッ!?」
血が吹き出したゴブリンをルヴェルが強引に振り回す。ちょうどそこにルヴェルを切りつけようとした『人食い』の剣が振り落とされた。
「ギャッ――」
同士討ちだ。
それはルヴェルからは死角の一撃だった。
そしてゼナヴィアからは丸見えの一撃でもあった。
相談したわけでもない、掛け声があったわけでも目と目で通じ合ったわけでもない。
もしかしてこれが彼女の能力の力なのだろうか。
「ギギグ!」
怒った『人喰い』がまた同じように剣を振る。
だがそれはルヴェルの戦技によって弾かれ、剣が手元から吹き飛んだ。
勢いに負け『人喰い』はたたらを踏むように後退すると、今度はその隙だらけの顔面に緑色の棒が飛来した。
「どんぴしゃ」
腕だ。
先ほどルヴェルが斬ったゴブリンの腕。
それをゼナヴィアがいつの間にか拾い、『人喰い』の顔面に投げ飛ばしたのだ。
千刃流は武器になるものであればなんでも使う。
例えそれが敵から切り落とした腕だろうが関係ない。
「血肉をぶつけて目潰しも兼ねてるのか……勉強になる」
「横投げで狙うのがコツかな」
ルヴェルがなんか冷静に分析してゼナヴィアがアドバイスしてる。
いいのだろうかこれで。
10代前半の子供が切り落とした腕の投げ方を語り合う光景。
色々間違っているような気がしなくもないけど「異世界だから」の一言で片付くんだよなぁ。
馴染んだねー僕も。
「最後はあたしから仕掛けるね」
付いて来てと言わんばかりにゼナヴィアが疾走した。
追従するルヴェル。
そして声に反応したのか『人喰い』ゴブリンはこちらに向けて盾を構えた。
どうやらまだ血を拭えていないらしい。
音を頼り動いている。
「ほら、こっちだよ、こっち!」
えっぐ……視覚を奪って聴覚を利用させて、それを踏まえたうえでゴブリンに声をかけてる。
しかもわざと盾を斬りつけながら回り込むように移動してる。あれではゼナヴィアの剣に釘付けにされて盾を封じられているようなものだ。
それはつまり、後続のルヴェルの攻撃を防ぐ術がゴブリンにはないということになる。
ゼナヴィア……恐ろしい子!
「はっ!」
鬼神流・戦技『斬拝』。
兜や鎧を着こんでいる敵に対してその隙間の喉を狙う突き技。
ゼナヴィアの術中にはまったゴブリンにはルヴェルの剣技を止める手立てはない。
「グカッ」
ごぽっとゴブリンの口から血が吐き出された。
ルヴェルが剣を引き抜くと、ゴブリンはバランスを失いゆっくりと地面へと倒れる。
盾を崩すなんて一言も話し合っていないのに、流れるような一撃だった。今日出会ったばかりのコンビネーションとは思えない。これもまた『連携領域』の力なのだろう。
「やったね、ルヴェル! いえーい!」
ゼナヴィアが駆け寄って片手を掲げた。
「お疲れ。……その手はなんだ?」
「ハイタッチだよ、ハイタッチ! あたしたちの初戦闘、初勝利を称えようよ」
「……まだ、終わってないだろ。それにまだ俺たちは森の中だ。油断しない方がいい」
「えーっ!? こんなのパンッて叩いて終わりなのに。ノリが悪いなー」
そうだぞルヴェル~ノリが悪いぞ~。
僕が見てきた中でも一番よく戦えてたし、従者騎士ってのも悪い話じゃないんじゃないか?
彼女と二人三脚で強くなることも一つの選択だと僕は思うよ。
あと、こういう時に大事なのはコミュニケーション能力だ。
恥ずかしがってないで付き合ってあげなよ、こんな風にね。
いえ~い。
「……? あれ?」
「どうした?」
「今、手のひらに感触が――」
あ、やべ。
魔力霊体の密度が濃すぎたか。
「気のせい、かな?」
「俺は触ってないぞ」
「それは見ればわかるよー……って、触るって、ルヴェルくん?」
「なんだよ。変なことは言ってないぞ」
「叩くじゃなくて、触るって認識なの? もしかして女の子に触れることに照れてる?」
正解! 鋭いじゃないかゼナヴィア。
うちの村には同年代の女の子が少ないからね。
しかもルヴェルは修行ばっかりしてるから触れ合う機会すら逃してるんだ。
「図星?」
「……うるさいな」
「あはっ! ルヴェルがむくれた! そんなところもあるんだ!」
「……」
可愛い可愛いと連呼するゼナヴィアにそっぽを向くルヴェル。
彼女のほうがお姉さんだもんな。上手なのはしょうがないさ。
でもなんだかんだ良いコンビになりそうじゃないか。
「オレたちのこと絶対忘れてるぞあいつら」
「もうどうでもよくなってきた……ボクは帰りたい」
バルドとロイスが呆れたように呟いている。
そういえばいたね君たち。僕も忘れてたよ。
どうやら2人はルヴェルとゼナヴィアのいちゃいちゃを見せつけられて毒気を抜かれたらしい。
もしくは馬鹿らしくなったという体で帰りたいだけなのかもしれない。
何しろ本来の目的であるゴブリン討伐をゼナヴィアとルヴェルは完遂したのだ。しかも『人喰い』を無傷で仕留めた。
バルドたちはもう認めるしかない。
ゼナヴィアと、そしてルヴェルの強さを。
でも、アレにはまだ通用しないかもね。
「がはっ!?」
突然、子供たちがいる場所に男が降ってきた。
「お、嬢……さま……」
彼はゼナヴィアの護衛だ。今までずっと物陰に隠れてその任を全うしていた。
ゼナヴィア本人はもちろん知っている。だが、血だらけで転がってくるとは思っていなかったのか「え? な、なんで? どうして――」と困惑を隠せないようだ。
ゴブリンと遭遇しても焦らなかった彼女だったがこのような事態は初めてらしい。
そして、
「お逃げ、ください……」
護衛の男は事切れた――ように気を失った。
「嘘、だよね?」
ゼナヴィアが冷静だったら気を失っただけだと判別できたかもしれないが、今は気が動転しているのか驚きで目を見開いている。
ルヴェルやバルドたちも状況がうまく飲み込めていないのか立ち止まったままだ。
そして次の瞬間、アレは姿を現した。
「ひっ――」
ロイスが悲鳴を押し殺したような声を漏らした。
「……オーガ?」
ルヴェルたちの目の前、彼らの身長の三倍はあるだろう鬼の魔物がこちらを睨みつけていた。