ゼナヴィアの戦い方
どうやら悪ガキ二人はゼナヴィアを追ってきたらしい。
僕たちのことは眼中になく、詰め寄るように彼女へと近づいた。
「『能無し』に声をかけるなんて間違っている! オレたちの方が明らかに優秀なのにどうして選ばないんだ!?」
「なんならボクたち二人まとめて貴女の騎士になってあげるよ」
そういえばリズリィだけじゃなくてこの二人も朝から呼ばれてたんだっけ?
今にして思えば領主の視察っていうのは建前で、本当は娘のゼナヴィアの従者騎士候補を探しに来たのかもしれないな。
「ゼナヴィア嬢のような可憐な方にはオレみたいな有望な男がふさわしい!」
「あんな『能無し』なんて無視して戻ろうよ」
それにしてもキモいな。
お前らリズリィのことが好きだったんじゃないのか? というか普通の騎士として入学するのと従者騎士として入学するのじゃ勝手が違うと思うけどそこんとこどうなのよ。
「最初に断ったよね? 自分の従者は自分で決めるって」
「だからってなんのスキルもない『能無し』を選んでどうする? あいつはオレより弱いぞ」
悔しいが一理ある。
ルヴェルはまだ弱い。自分の体の使い方と魔力の使い方を知らないからスキル持ちの相手には負けてしまう。
剣術では勝っていてもスキルの有無によってその差を超えられてしまうからだ。
あえてスキルなしを選ぶ理由はない。
ただ、逆を言えばスキルとは関係のないところでルヴェルを選ぼうとしてるってことにもなるんだけどね。
「このオレ、バルド・デントールが『能無し』に勝つところを見せてやる。そしてあいつが無様に負けるところを見ればゼナヴィア嬢の目も覚めるだろう?」
「ずるいよ、バルド。あれの相手ならボクにだってできるのに」
「うっせ! ロイスにはリズがいるだろ!」
いや、いないから。
何勝手にルヴェルのお姉ちゃんを譲ってんねん。しばくぞ?
というかこのクソガキ二人組はそんな名前だったね。
オールバックがバルド・デントールで、前髪ぱっつんがロイス・エネテス、だったかな?
ま、どうでもいいか。
「……強い人を従者騎士にしたいのなら、そもそもこの村から選ぶ必要なんてないよ。世界は広いからあなたより強い子供なんてたくさんいる」
「うっ――」
正論だ。
さすがのバルドも身の程は知っているのか言い返すことができない。
「あなたたちがルヴェルと戦っても意味がない。……でも、そうだね」
ん? なんだかゼナヴィアの様子が――
「あたしがルヴェルと戦えば納得してもらえるかな」
んん??
「え?」
「は?」
どうしてそうなるの?
あまりにも脈絡がなさ過ぎて当のルヴェルは目を丸くしてるし、バルドたちも怪訝な顔をしている。僕だって理解が追いつかなくて首を傾げる始末だ。
「うん。我ながらいい考えかも。ちょうどね、ルヴェルの実力も知りたかったんだー」
そんな僕たちの困惑を余所にゼナヴィアは話を進めてしまっている。
って、本当に戦うつもり?
こういう時ってルヴェルが悪ガキと試合して、そこで力に目覚めて――っていうのがお約束じゃない? 何故か勝っちゃうのが定石なんじゃないの!?
いや、実際問題スキルなしのルヴェルじゃバルドに勝てる見込みはないんだけどさ! それは相手がゼナヴィアでも言えることで――
「リズリィから聞いてるよ。摸擬戦では最初にスキルなしの剣術勝負。次にスキルを使ったなんでもありの実戦形式で戦うって」
「そうだけど……本当にやるのか?」
「もちろん。説明するより見せた方が早いし楽なんだもん」
百聞は一見に如かずってやつか。
いったい彼女は僕たちに何を見せるつもりなのだろう。
「ルヴェルはあたしと戦ってみたくない?」
「正直意味がわからないけど、俺は自分が強くなれるならその機会は逃したくないかな」
そう言ってルヴェルが木刀を構えた。
どうやらやる気らしい。
ルヴェルらしいっちゃらしいけど、流れは謎だ。
「ふふ、そういう貪欲なところ、好きだなー」
本気なのか冗談なのか。
ゼナヴィアはそう言って柵を超えバルディーク家の敷地に入りルヴェルと対峙した。
その手には先ほどまで腰に帯刀していた木刀が握られている。
「上着の内側」
「……え? すごい! 気づいたの?」
「仕込んでるのは短剣か? それも使っていいよ」
ルヴェルの提案にゼナヴィアは首を振った。
「これは護身用で刃も潰してないからダメ。危ないよ?」
「問題ない」
「公平じゃなくなっちゃうかも?」
「スキルの有無や能力の格差がある時点で戦いの世界に公平なんてないよ。不公平こそ世の常なんだから」
スキルなしで育ったおかげというか所為でたまに悟ったことを言い始めるんだよねルヴェルって。間違ってはいないと思うからいいけどさ。
「でも、あたしに勝つつもりだよね?」
「ああ」
「勝つのはあたし。短剣は使うまでもないかな」
「ぬかせよ、お嬢様」
なんか煽り始めたんですけどー!?
もしかして似た者同士なのか? 相性も良さげか?
「そこのオールバックの人、合図をお願い」
名前を覚えないところとか僕たちそっくり。
「オレはバルドだ! くそ! さっさと始めろっ!」
そう言ってバルドは腕を振り開始の合図を送ってきた。
律儀というよりは投げやりな感じだ。
「ふっ――」
息を吐き、ルヴェルが疾走する。
さて、ここで剣術の流派についておさらいしよう。
この世界には主流となる三つの流派が存在する。
鬼神流。
荒々しい名前とは裏腹に基本を大事にした剣術。
攻撃的ではありながら型や技の洗練さを重要視した流派であり、準備運動から整理運動にまで鬼神流のやり方が存在する。
それはストレッチをしている人を見て「あ、鬼神流だ」と見分けることができるほどの徹底ぶりだ。
どこかの詩人の句で例えるなら、「健全な剣術は健全な肉体に宿る」と教えているような流派と言えるだろう。
残神流。
攻めの剣術が鬼神流ならば、残神流は守りの剣術だ。
受け流しやカウンターを基盤とした剣術で、使い手によっては盾や短剣などを扱うこともある。
パリィなどで相手の体勢を崩し、そこから反撃に転じるような戦い方をする。
上位者にもなると魔力の載った拳で攻撃を弾けるらしい。
千刃流。
この流派は少し特別で剣術という枠に囚われない。
良く言えば臨機応変。悪く言えばなんでもあり。
武器になるモノであればなんでも振る。剣は当然槍も然り。斧、槌、短剣、刀など様々な武器を使用し、槍になるのであれば木の枝で突き刺し、槌になるのであれば石を振り下ろす。
香辛料は目潰しに、皿やフォークは投擲物。ロープがあれば鞭として。
ありとあらゆるものが武器である、と教えられる流派だ。
以上三つの流派を三神流派と呼び、さらに傍流である二つの流派を加えて五大流派と呼ぶこともある。
無神流。
鬼神流と残神流から派生した傍流。
攻撃的な鬼神流の一撃必殺の技と鞘などを用いた残神流の防御術を組み合わせた流派。
いつしかそれはこの世界での居合・抜刀術と呼ばれるようになっていたそうだ。
姉のリズリィは抜刀術に興味があるようで学園では無神流を専攻すると語っていた。
双神流。
千刃流から派生した傍流。
なんでもありではなくちゃんとした武器を使いこなそう――という教えから始まった二刀流の流派。
千刃流からの派生ということもあり、剣と剣の二刀流に止まらず剣と槍、槍と槍、鎌と槌など様々な武器種の二刀流を模索し続けている。
そしてこの世界で武器を握る人間ならば、そのほとんどがこの五大流派に属している。もちろん亜流や我流も存在はするが、騎士学校に入学を考えている人間ならばその例に漏れることはない。
つまり、ルヴェルの一太刀を受け流し、即座に反撃の突きを繰り出すことができるゼナヴィアは――
「残神流か」
突きを避け、距離を取る。
言い当てられたゼナヴィアがくすりと笑った。
「そういうルヴェルは鬼神流かな?」
「母が鬼神流の使い手なんだ」
ルヴェルが地面を蹴る。
さっきよりもずっと速い。
緩急をつけることで相手を翻弄する作戦だろう。相手によっては子供騙し程度の効果しかないだろうが、まさに相手は子供。
ゼナヴィアは一瞬だけ目を剥き、ルヴェルの剣を己の剣で受け止めた。
「ぅくっ――」
彼女も負けてはいない。
力で押し負けることを読んでいたのか威力を押し殺すことができる位置までステップで後退し、カウンターの回転斬りを放った。
「はああああ!」
「ふんっ」
ルヴェルはその剣をあえて避けず、弾くように打ち返す。
残神流・戦技『はねしぶき』。
「きゃっ」
小さな悲鳴とともにゼナヴィアの手元から木刀が弾き飛ばされた。
「父からは残神流の技も教わってる」
そして寸止めするように剣先を彼女に向けて模擬戦第一試合終了。
結果としてはルヴェルが勝ったのだが、本人は特に喜んではいない。それどころか負けたはずのゼナヴィアも悔しそうな態度は見せなかった。
まー様子見って感じかな。お互い全力を出していなかったみたいだし。
「手を抜きすぎじゃないか?」
「準備運動ならこんなものでしょ? それにここからが本番なのに手の内を見せたらつまらないよ」
ゼナヴィアが飛び退くように距離を取り剣を構える。
そしてルヴェルが彼女に向き直った瞬間――
「隙あり」
可愛らしい声と共にゼナヴィアが一瞬でルヴェルの懐に潜り込んできた。
開始の合図もなし。
ルヴェルは武器すら構えていない。
完全な不意打ちだった。
「くっ」
不意の一撃を仰け反るように躱す。
「おまけ」
今度は上着に仕込んでいた短剣を投物のように放ってきた。
そう、あの短剣だ。
刃を潰してないから危ないよ、と遠慮していたあの短剣。そういえば駄目とは言っていたけど使わないとは言ってなかった気がする。
なんというか……すごいな、この子。
なんなら使わないと宣言してても平気で切り付けてくる雰囲気すらある。
「くっ」
体勢が崩れていたルヴェルは避けることができずに木刀でガードする――が、追撃の手は止まない。ゼナヴィアの猛攻を捌くために後手へ後手へと回っていく。
僕はその光景を見て、少し興奮していた。
行儀のいい一戦目とは打って変わって勝ちに執着した泥臭い試合。
魔力霊体で第三者視点で観ることができて満足だ。一人称視点で臨場感を味わうよりも俯瞰するように眺めていた方が断然面白い。
今もゼナヴィアがルヴェルの死角を利用して地面の砂を掴み、目潰しのように撒いた。
可愛い顔して、やることがえげつないですよ!
「くそっ!」
ルヴェルが堪らず悪態を吐く。
僕は逆に歓声を上げた。
この子、めちゃくちゃだ! めちゃくちゃ勝利に貪欲だ!
視覚を奪った後も遠慮なしに肉薄して追いつめている。
一切の躊躇がない。
これが彼女の普段の戦い方なのだろう。
「勝負あり、だね」
「……」
ルヴェルを組み敷くように馬乗りになったゼナヴィアが勝利を宣言する。
完膚なきまでの敗北だ。
彼女の手数の多さに翻弄され、だまし討ちに隙を作られ、鋭い剣技に討たれた。
「……参った。俺の負けだ」
剣を手放し、ルヴェルが負けを認めた。
「それが千刃流か? 本当になんでもありなんだな」
「ルール無用すぎて相手にはよく嫌な顔をされるの。あたしはそれが好きなんだけどね」
ゼナヴィアがルヴェルから離れ、彼に手を伸ばす。
起き上がるのを手伝ってくれるらしい。
「嫌な顔をされるのが好きなのか?」
また珍しい。
ルヴェルが冗談を言うなんて。
「ちがいますー。常識にとらわれない自由な戦い方が――」
「つまりこんな?」
不意にゼナヴィアの手を掴み、そのまま体重を利用して寝技を仕掛けようとするルヴェル。
どうやら油断を誘うための冗談だったらしい。
意趣返しとしては完璧なタイミングだ。
しかし、
「……バレてたか」
「うん。バレバレだったね」
ゼナヴィアの手にはいつの間にか短剣が握られていた。このまま勢いに任せて技を掛けたらサクッとルヴェルの体を突き刺していたことだろう。
もちろん、そうならないように彼女なら直前で刃を寝かせただろうけど。
「わかった。今度こそ降参だ」
ゼナヴィアと一緒にルヴェルが立ち上がる。
負けたというのに表情は晴れやかだ。
というかゼナヴィアだけど、スキル使ってなくない?
「ところで一つ聞いていいか」
「ん? いいよ」
「どうしてスキルを使わなかったんだ?」
やっぱり使ってないよね。僕の勘違いじゃなかったか。
手加減をした――という訳ではないだろう。
ゼナヴィアは最初から最後まで全力だった。
それに彼女は千刃流の使い手だ。
あの手この手で勝利をもぎ取ろうとしていたのにスキルを使わないというのはおかしい。
使わなかった理由――もしくは使えない理由があったと考えるのが普通だろう。
「それが、あたしが従者騎士を探している理由でもあるんだ。実は――」
「おい! なんだ今の試合は!! ふざけているのか!」
バルドだ。
また奴が叫んでる。
横槍を入れるにしても後にしてほしい。
「ふざけてなんかいない。全力を出して負けただけだ。なんでお前がイライラしているんだ? 俺が負けて清々したんじゃないのか?」
「ああ! もちろんだ! お前が無様に負けてオレは満足している。だが……」
バルドはルヴェルを睨んだ後、ゼナヴィアにも険しい視線を送る。
「これは試合じゃない。騎士の戦いじゃない。汚い手を使って恥ずかしくないのか? 卑怯者」
お前が言うんかーい!
ルヴェルが指摘するならまだしもさー……てか、急に手の平を返したな。さっきまで「貴女にふさわしいのはオレだ!」って宣言していた坊やとは思えない。
「騎士なら、剣とスキルで堂々と戦え」
でも、そうか。
プライドの高いバルドだからこそ騎士道精神というもの大事にしているのかもしれない。ルヴェルに突っかかるのも『能無し』の親が駐屯騎士のトップという事実が受け入れられないからだろうし、彼なりのこだわりがあるのだろう。
「……ふふ」
ゼナヴィアが笑った。
苛立っているバルドをバカにするような笑い――ではなく、「あぁ、またこうなったか」という諦めを含んだため息まじりの笑顔だ。
「……ねぇ、ルヴェル。君もあたしを卑怯だと思う?」
バルドを無視し、そんな問いをゼナヴィアは投げかけてきた。
うちのルヴェルはなんて答えるのだろうか。
ちなみに僕は――
「卑怯だと思う」
「――っ」
……おっと?
僕と同意見か?
僕の場合は「卑怯でもいいじゃん。それがなに?」っていう開き直りに近いんだけど……ルヴェルは違うと思ったなー。
「そっかー……」
笑ってはいるが少し悲しそうだ。
「ここがルールに縛られた武闘会とかなら、そう思った」
と、どうやら続きがあったようだ。
ゼナヴィアも驚いたように顔を上げている。
「でも最初に確認し合っただろ? 二戦目はなんでもありの実戦形式で戦うって。それなら卑怯でもなんでもない。普通に、全力で、試合をしただけだ」
そういえば言ってたね。
一戦目は剣術のみ、二戦目はスキルも解禁して実戦を想定した試合をするって。
「『能無し』、お前は本気で言ってるのか?」
「負けて悔しくないのかよ」
バルドたちが野次を飛ばしてきた。
「悔しいに決まってるだろ。スキルすら使われずに負けたんだからな。でもそれは本気で戦ったからこそ悔しいんだ。俺たちは将来騎士になる。騎士の敵は騎士だけじゃない。魔物はもちろん賊なんかも相手にしないといけない。騎士のルールなんか通用しない相手だ」
「うぐっ」
騎士の敵。
駐屯騎士なら魔物や賊はもちろん、戦争となれば国に召集され敵国の兵士とも相対することになる。戦争にもルールはあるが、その中の個々の死合となればルールなどあってないようなものだ。
本番は生優しくなんかない。卑怯なことをされて悔しいのではなく、ただ負けたから悔しい。
ルヴェルはたぶんそういうことを言っているのだろう。
「ゼナヴィアの戦い方を「卑怯だ」なんて綺麗事が言えるのは……たぶん今だけ。大人になったら通用しなくなる。それが普通になる」
「……」
「ボクたちがガキだって言いたいのか!?」
バルドが黙り、ロイスが叫ぶ。
「さあね。ただ……負けた瞬間に相手のこと卑怯だと罵るなんて、みっともない真似は俺はしない」
「「……」」
今度こそバルドたちは何も言えなくなってしまった。
言い負かされて反論できないってのもあるだろうけど、珍しく饒舌なルヴェルに気圧されたのかもしれない。
長年の付き合いだから何となくわかる。
たぶんルヴェルは興奮してるんだ。
スキルも無しに自分に勝った相手に興味を抱いている。
「それよりゼナヴィア。千刃流について教えてよ。ゼナヴィアの何としてでも勝つっていう姿勢も見習いたい」
いや、言い方よ。
褒めてる――んだろうなぁ。口下手なりに。
「……あはっ、やっぱりだ。あたしの目の狂いはなかった」
当の本人はうんうんと頷くと目元を拭った。
もしかして泣き笑い? なぜ?
「ルヴェル」
「なんだ?」
「あたしの従者騎士になってよ」
そういえばそうだった。
ゼナヴィアの従者騎士に相応しいかどうかを確認するための試合だった。
展開は謎のままだけど。
「……俺は負けたのに?」
それな。
「重要なのは相性だと思うんだ。従者騎士――パートナーならあたしの戦い方を認めてくれる人じゃないと務まらない」
「そういうことか」
ルヴェルは合点がいったように頷き、僕もようやく彼女が言わんとする従者騎士の条件を理解した。
ゼナヴィアが得意とする流派は千刃流。
勝つためなら手段を選ばない彼女に対し、白い目を向ける者が今までにいたのだろう。
そう、バルドたちのような連中だ。
彼らは若い。というか幼い。
実戦を経験していない分、小さなプライドが邪魔をして小細工を弄することを忌避している。
あるいはそれは有用なスキルを持つ者の傲慢なのかもしれない。
スキルがあるからずるくなる必要がないんだ。
でもルヴェルは違う。
ルヴェルには最初からスキルなんて便利な能力はない。
スキルがないからありとあらゆる戦術を駆使して強くなるしかなかった。
もしかしたらゼナヴィアも似たような境遇なのかもしれないな。
騎士として、戦闘において有効な能力を得られなかった。だから千刃流という手段を選んだ。従者騎士というパートナーを探しているのはその延長線上にあるのかもしれない。
そして同年代で自分を理解してくれるのは同じ立場の人間。スキルに頼れない、もしくはルヴェルのようにスキルが無い無能力者だけだったのだろう。
「あたしが一つ上だから従者騎士になれば一年早く学園に入学できる。リズリィとも同じ学年になれるよ」
「それは別に……どうでもいいかな」
なんか営業が始まったぞ。
頑張れゼナヴィア。
うまくルヴェルを口説き落とすんだ!
「学園ではあたしと寮住まいだよ。きっと部屋が隣同士でずっと一緒」
「……大変そう」
「なんだと~こら〜」
棒読みで怒ってる。
心なしか二人とも楽しそうだ。
「……あ、あと、従者の学費はあたしのお父様が出してくれるって」
「よろしくお願います」
「もう! 現金なんだからっ!」
即決だった。
姉のリズリィは推薦状のおかげで学費が免除だったけど、ルヴェルは入学すら危うかったからね。素直になるのもわかる。
「そうだ! これからお父様に紹介するね」
ゼナヴィアがルヴェルの手を取って歩き出した。
「え? いま?」
即断即決の行動力のある彼女に早くもルヴェルは振り回されている。
こりゃあ将来は尻に惹かれるのは確定か?
「ちゃーんとルヴェルがあたしの従者騎士だよ、この子をパートナーにするよって宣言しておかないと変な子連れてくるんだもん。釘は刺しておかないと――っと、なにかな?」
二人の行方に立ち塞がるように影が差す。
「本当にその『能無し』を選ぶのか」
バルドだ。
「……誰のことかな?」
「そこの『能無し』のルヴェルを選ぶのかって聞いてるんだ」
「も〜う、しつこいなぁ。あたしが誰を選ぼうと勝手だよ。それに卑怯者のあたしの従者なんて本当は興味ないんでしょ?」
「ああ、そうだ」
「だったら――」
「だけどオレたちを差し置いて『能無し』が選ばれるのは我慢ならない」
「……」
バルドの言い分にさすがのゼナヴィアも黙ってしまった。面倒臭すぎて言葉で説得するのを諦めた顔をしている。
「だから証明しろ」
「……? どういうこと?」
「本当にお前たちの戦い方が実戦で有効なのかオレたちに証明しろ」
「おい、バルド。いい加減に――」
「お前は黙ってろ! 『能無し』!」
なんとも嫌な流れだ。
引くに引けなくなって暴走してないか? 無理難題言ってくるのかな。
「わかった」
ゼナヴィアが頷いてしまった。
「それで? あたしたちはどうすればいいのかな?」
「北の森に入る。最近になってゴブリンの群れが移動してきたって父さんたちが話してた。そいつらを討伐してみろ」
ゴブリンか。
どっかで聞いたような……とそうだ、昨日の夜だ。
吸血が終わった後の定期報告でキキョウが教えてくれたんだ。
どっかのゴブリンたちが移住して住み着いたって。
脅威にはならなそうだから放置することにしていたけど、まさかこんなところで聞くことになるとは。
「ゴブリン……北の森」
ゼナヴィアがあらぬ方向を見つめる。そこには何もないように見えるが実は男が一人隠れている。
おそらくゼナヴィアの護衛だ。
僕は気づいていたが子供たちは誰も気づいていない。
彼女が森に入るのであれば付かず離れずの距離を保ちながらその仕事を全うするだろう。
「いいよ。やってあげる」
「ゼナヴィア。無視してもいいんだぞ。バルドに認められたところでなんの意味もないんだから」
「んー? 意味ならあるよ。ルヴェルがすごい努力家で頑張ってて、そしてちゃんと強いんだってわからせることができる」
そう言ってゼナヴィアはルヴェルの手を改めて握りしめた。
稽古でたこだらけになっている手を、その努力を認めるように。
「言っても聞かなそうだ。……準備してくる」
照れた素振りを隠しながらルヴェルは家に入り自室へと戻った。
手に取ったのはいつぞやの誕生日に父から貰った真剣だ。
魔物を討伐するんだからそりゃあ木刀じゃ駄目だけど……。
はてさてどうなることやら。
両親はもちろんリズリィがいてくれればルヴェルたちを止めてくれただろうな。ゼナヴィアの護衛は放任主義なのか発言力がないのか口出ししてこなかったので当てにならない。
僕も無力だから流れに身を任せるしかない。干渉できないし。
「……やるぞ」
ルヴェルが決意を胸に駆け出した。
様になっている気はするけど……その剣はまだ彼の背丈には合ってないように見えた。