幼馴染との出会い
次の日。
いつも通りルヴェルが剣術の修行をしていると聞き慣れない声が僕たちの耳に届いた。
「ねー! キミがルヴェル?」
名前を呼ばれたルヴェルが剣を振るのをやめ、振り返る。ついでに僕もその視線を追った。
そこにいたのは……なんて表現すればいいんだろう。
一言で表すなら美少女。
二言目を足すなら絶世の美少女。
三言目をさらに付け加えるなら――ってくどいからやめよう。
アホっぽいし。
ただはっきりしているのは、言葉では言い表せないほど可憐な少女がそこにいた、という事実のみだ。
「あ、こっちを向いてくれた。ふふ」
藍白の長い髪。白磁のように白い肌。薄桃色の唇。
愛嬌のある屈託のない笑顔が眩しい。
そんな少女。
そんな彼女が敷地の外からルヴェルを見つめている。
「やっほー、こんにちは!」
彼女の目は青天のように青く、真っ直ぐな瞳をしていた。
この村の子供ではない。僕は初めてみるしルヴェルも心なしか戸惑っているような気配がある。
そりゃそうだ。
見ず知らずの美少女が自分のことを知っていて、自分は相手のことを知らないのだから。
ましてやこんな同年代の可愛い女の子。一度見たら忘れるわけがない。
……いや、待て。それを言ったらうちのキキョウとリシアだって超絶美少女だぞ?
出会ったタイミングが悪かっただけであの子たちも(物理的に)磨けば綺麗になったし、元々可愛いのでルヴェルの一人や二人ぐらい悩殺は余裕――ってなんで僕は張り合っているんだ? 親バカじゃあるまいし。
「君は誰?」
お、珍しい。さすがのルヴェルも興味ある感じ?
「あたしはゼナヴィア。ゼナヴィア・ラウンズロッド」
「俺はルヴェル・バルディーク」
そう言ってルヴェルはまた剣を振り始めた……って! 素っ気なっ! 嘘だろルヴェル! もっとあるだろ!?
「あはっ、リズリィから聞いていた通りなんだ」
ゼナヴィアと名乗った少女はからっとした顔でまた笑った。どうやら気を悪くはしていないようだ。
「姉さんを知ってるの?」
「うん!」
ルヴェル。
手を止めて相手の顔を見て話しなさい。
君をそんな子に育てた覚えはありませんよ?
――なんて、僕は身体を鍛えただけだけど。
「今朝会って友達になったばかりなの」
今日の朝だって? 予定では領主が村の視察に来ていたはず。ジンとセレナが駐屯騎士の代表兼案内役として出かけ、なぜかリズリィも付き添いとして付いて行ったのだ。
確かお守りもあるとかなんとかって――……あ。
「領主様の娘?」
ルヴェルの疑問は僕と同じ結論だ。
そしてその考察はどうやら当たっていたらしい。
「うん、そう。ラウンズロッド家の末娘、ゼナヴィア。名前で呼んでほしいな。あたしもルヴェルって呼びたいから」
「……」
無愛想なルヴェルに臆することなく、ゼナヴィアと名乗った少女はにぱっと笑った。
「今年で十二歳でリズリィと同い年なの。だからルヴェルより一つ上……に、なるのかな?」
どうやら彼女はルヴェルに興味津々なようで会話のとっかかりを模索しているようだ。
「お姉ちゃんって呼んでくれてもいいんだよ?」
唐突っ!
「遠慮しとく」
でしょうね。
「えぇー? ダメ? 欲しくない? あたしみたいなお姉ちゃん」
「姉は一人で間に合ってるから」
「そっかー……ふふ、お姉さんのこと大事にしてるんだね」
「……どうしてそうなる」
「だって、「いらない!」とか「邪魔!」とか言わなかったから。リズリィだけで満足してるってことでしょ?」
なるほど? そう解釈することもできる……のか?
「誇張しすぎ」
「そんなことないと思うけどなー。こう見えてあたしって人を見る目はあるんだよ」
自分で言うのか。
てか、あれだね。
ルヴェルがいつもより多弁だ。
ゼナヴィアが可愛い女の子だからってーあからさまなんだからー。
ルヴェルも男の子なんだねー……ってのは冗談で、彼女のペースに飲まれているだけなのかもしれない。
あとは彼女が領主の娘だからあまり無下にもできないという問題もあるのだろう。
ルヴェルもいい歳だ。
この機会に礼節を覚えるのも悪くない。
……ん? あ、僕は遠慮しておくよ。自由な生き方を目指している僕に堅苦しい作法なんていらないいらない。どうせ表舞台になんて出る予定なんてないし、面倒なモノは全部前世と一緒に捨ててやるさ。
「だから村に来て正解だったな〜。さっそく気になる子、見つけちゃった……!」
ん? なんの話だ? 聞き逃した?
「どういう意味だ?」
ルヴェルもわからない、と。どうやら知らない間に話が進んだわけじゃないようだ。
「あたしね。騎士を目指してるの」
ほう。
ルヴェルとリズリィと一緒か。
「王都の騎士学校。レナス聖騎士学園って知ってるでしょ? そこに入学する予定なの」
「……知ってる。父さんと母さんが卒業したところだから」
「だよね。リズリィから聞いてるよ。ルヴェルも目指すんだよね」
「……うん」
歯切れが悪いな。
たぶんルヴェルは不安なんだと思う。
彼が目指す学校には入学試験がある。それに受からなければ当然入学することはできない。
姉のリズリィは『雷』という始原スキルを持っているため推薦入学で試験はない
かたや自分は何のスキルも持たずに挑まなければならない。
ジンとセレナはそれでも熱心に指導しているので剣術の腕はそこそこにはなったが……状況は芳しくない。
そんな現実を理解しているからこそ、即答できないのだろう。
「あんたが――」
「ゼナヴィア」
「……君が」
「ゼ・ナ・ヴィ・ア」
食い気味だ。
有無を言わせず呼ばせるつもりだ。
「ん〜?」
目を細めて耳を澄ませている。
ほら、ルヴェルもちゃんと呼んであげた方がいいんじゃない?
「……ゼナヴィア」
「はい、よろしい!」
満足そうだ。
この子、意外と押しが強いな。
「で? なにかな?」
「別に大した話じゃないよ。ゼナヴィアが先に入学したら俺の先輩ってことになるだろうなって言いたかっただけ」
珍しい。
ルヴェルが世間話を続けるなんて。
まあ、でもまだ彼女から聞いてないしね。ルヴェルのことを「気になる子」って呼んだ意味を。
「そう考えるともう先輩って呼んだ方がよかった?」
「え? うーん……でも、そうならないかもしれないよ?」
「……」
どういう、意味だ……?
さっきから発言が意味深なんだよね、この子。
ルヴェルなんて深読みしすぎて黙っちゃったし。たぶん『キミが入学試験に落ちたら後輩にすらなれないよ! あはっ!』みたいに捉えたのかもしれない。
さすがにそれはないと思うけど……どうなんだ?
「あ、あれ? どうして黙っちゃうの?」
匂わせる態度とは裏腹にゼナヴィアが慌て始めた。
「――ぁ、ち、違うよ? そういう意味じゃなくて! あたしが言いたいのは、えっと……」
ルヴェルを勘違いさせたことに気づいたみたいだ。
慌てようでわかる。
でも、じゃあ何が言いたかったんだろう。
「だから、ね」
ゼナヴィアは一呼吸置き何かを決心したように頷くと、改めてルヴェルへと向き直った。
「あたしは騎士を目指してる」
さっき聞いたね。
なんて茶々は誰も入れない。
ルヴェルは次の言葉を待ってるし僕はそもそも魔力霊体なのでツッコミは空振りするだけだ。
「お父様にね。条件を出されたんだ。騎士学校への入学を認めるための条件。それはね、従者騎士を一人付けること」
「従者、騎士?」
なんだそれ?
僕もルヴェルも初めて聞く単語だ。
「お目付け役兼護衛みたいなものかな。レナス聖騎士学園は貴族の子供や時には王族も入学するような場所だから従者を何人か引き連れていいことになってるの」
「初めて知った」
「無関係だったからしょうがないよ。それでね、従者騎士として入学した生徒は主人である生徒と常に行動できるように学園側が配慮してくれるからクラスや寮も一緒になるの。あたしのお父様はちょっと……過保護というか心配性なところがあるから、その制度を利用しないなら学園には行かせないって言ってる」
ほうほう。
つまりは執事とかメイドのような立場の人間を側に置きたいと。
「――ただ、一つ問題があって……」
「問題?」
「うん。普通の従者騎士なら候補はいくらでも探せるんだ。でもあたしはスキルがちょっとだけ特殊だからそのスキルと相性のいい人を従者騎士にしたいの」
この話の流れってもしかしてあれか?
ゼナヴィアが言ってた「気になる子」って――
「もしかして……俺のこと?」
「あはは~、正解。ルヴェルは勘がいいね」
いや〜だいぶわかりやすい話でしたよ?
そんなバレちゃったか~みたいな誤魔化し笑いしても無駄だって。
ただ、
「理由がわからない。俺たちは出会ったばかりだし、それに俺は――」
「『能無し』をスカウトするなんておかしいだろ!?」
うわ、また出た。
叫び声を聞いて僕たちが振り返ると、そこには顔を真っ赤にしたオールバックの少年と前髪ぱっつんの少年が息を切らせて立っていた。