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前触れ

「――ふっ――ふっ」


 木刀で素振りをするルヴェルの息遣いだけが聞こえる。

 平日――といっても異世界の田舎に平日と休日の明確な違いなんてほとんどないけど、とりあえず平日の午前。

 あいも変わらず騎士の長男坊は自宅の庭で修行に精を出していた。


「――っ千! ……次だ」


 日課の千回の素振りを終えて今度は魔力を込めて仕切り直す。素振りがより速くなり、空気の斬れる音が鋭くなった。


(……でも、まだまだ扱いがお粗末だ)


 僕が異世界に転生して十年が経った。つまり表人格のルヴェルはもう十歳ということになる。

 スキルを持たないと宣告されて五年。

 彼は自暴自棄になるどころか、がむしゃらにその体と剣筋を鍛え上げる生活を続けていた。


 そのせいか彼は十歳に似つかわしくない精悍な顔つきをしていた。力強い切長の目。一文字に結ばれた薄い唇。そして白雪のような冷たい印象を放つ白い髪。ついでに無駄のない筋肉。


 ここからさらに五年も経てば相当な伊達男になることは想像に難くない。

 そんな将来性を感じさせる美少年に育っていた。


「おーい『能無し』! まーた無駄な努力をしてるのかぁ?」

「いい加減諦めて農夫でも目指したほうがいいんじゃないかい?」


 そんな見目麗しい村の騎士団長の息子は良くも悪くも悪目立ちしてしまうらしい。

 庭の柵の外からいつもの嘲笑が聞こえてきた。

 彼らの名は……えーっと、あの子たちの名前は――何だっけ? 忘れちゃった。


「……」


 ルヴェルも基本的に無視しちゃうから覚える機会がないんだよね。友達って訳でもないし。

 とりあえず髪型で判別しよう。オールバックと前髪ぱっつんだから……バックとパッツでいいか。


 二人はこの村にいる駐屯騎士の息子だ。つまりはルヴェルと同じ立場ってこと。

 歳は確か……バックが二つ上で、パッツが一つ上――だったかな?

 彼らはルヴェルを目の敵にしており何かと突っかかってくるのだ。


 理由は何となくわかる。

 ルヴェルの親が騎士団長であることが気に食わないから。自分の父親の方が強いのになんであいつの親が……と嫉妬しているのだ。

 まぁ、完全に身内贔屓の評価なので実際はジンとセレナがこの村で一番騎士として強いんだけどね。


 当の親同士はそんな子供の小さなプライドを知ってか知らずか普通に仲がいいんだけどな〜。こればっかりは彼らが大人になるしかない。

 ただ、もう一つ致命的な理由もある。


「おいおい『能無し』はお耳も悪いんですか〜?」

「『能無し』だから怖くて言い返せないのかもよ」


 この『能無し』という呼び名だ。

 もちろんこれはルヴェルの蔑称として使われている。

 一体誰が最初に呼んだのか、スキルが無い――つまり能力が無い――能無し、『能無し』のルヴェルと呼ばれるようになっていた。

 要はいじめの対象というわけだ。


 これに関してはこのガキどもを折檻してやりたいぐらいなのだが、ルヴェル本人が言い返そうとしないので僕としても黙るしかな……


「おい聞こえてんだろ! 何とか言えよ!」


 うるせー! 喚くなクソガキども!! 羽虫を打ち落としたようにお前らにも魔力弾を叩き込んだろか!?


「……」


 くそう……言われっぱなしは腹が立つ。腹が立つけどルヴェルが相手にしないのなら僕がでしゃばるわけにもいかない。

 たぶんこの子は受け入れているのだ。

 『能無し』という肩書きを。能力のない自分を。

 実際にスキルが無いのは事実だし、否定することができないから。


 そしてだからこそ彼らを相手にせず、修行の手を休めようとはしないのだ。『能無し』でもやれるところを見せつけ、騎士団長の息子だと胸を張れるように。


「いい加減に――」


 無視され続けてじれったくなったのか、バックが柵を越えようとしていた。

 その瞬間、


「うわあっ!」

「それ以上敷地に入ろうとしたら今度は当てますね」


 バチンという鋭い音と共に雷のような光が弾けた。

 発生源は庭の柵。

 ちょうどバックが手を掛けたところの近くだ。


「あ、危ないだろ! リズ!」


 驚いた拍子に尻餅をついたバックが“スキルの持ち主”を非難した。


「馴れ馴れしく愛称で呼ばないでください。私の可愛い弟くんをいじめる子は嫌いです」


 あ、姉御!

 じゃなかった、リズリィ!

 新芽のような透明感のある緑色の髪をなびかせ、姉のリズリィがルヴェルを守るように立ち塞がった。

 十一歳となった彼女もまたさらに女の子らしくなっていた。


 髪も伸びたし落ち着きも身につけている。弟好きのブラコンお姉ちゃんにでも成長してしまうのかと心配したが、そんなことはなく――とも言い切れないけど、家族思いの頼もしい子に育っていた。


「じょ、冗談だって、本気にするなよな」


 このガキ、たぶんリズリィのことが気になるんだろうな。顔が赤くなってるし、口も(ども)ってる。

 それなら彼女の弟であるルヴェルにちょっかいかけずに仲良くすればいいのに……面倒だな。これが子供心ってやつなのだろうか。僕にはもう縁遠い感性だ。


「帰ってもらえますか? これからベルくんと修業の時間なので、あなたたちがいると気が散ります」

「どうせ無駄だって。能無しがいくら剣を振ったところで――」


 バチン!

 とバッチの脇を稲妻が通り過ぎた。

 リズリィのスキル『雷』によって発動した電撃攻撃だ。


「次は当ててしまいますよ?」


 リズリィはそう言って掲げていた手を横にずらしながらバックたちに向けた。 

 穏やかな笑みを浮かべてるけど、あれは絶対ブチ切れてる。

 本気で当てかねない。


「わかったって! 今日は帰る。別に俺は“明日はよろしくな”ってお前に挨拶しにきただけだし」

「……そう。なら用は済んだでしょ? 満足したなら――」

「『能無し』は呼ばれなかった(・・・・・・・)けど任務頑張ろうなって――」


 バチバチバチ!

 威嚇するようにリズリィの全身から放電が発生すると、バックとパッツは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「……もう! 本当に性根が悪いんだから!」


 プンスカというオノマトペが可視化できそうなぐらいリズリィがプリプリしている。

 見る人によっては魔力でバチバチに放電する姿にビビってしまうかもしれないが、十年間姉弟を見守っていた僕としては可愛いの一言で終わりだ。


「ベルくん! 気にする必要はないからね。明日の任務っていっても名ばかりで、領主の娘さんの相手をするだけ。御守みたいなものなの。ベルくんが呼ばれなかったのはその子が私と同じ年齢で、年下の子供だと務まらないって――」

「大丈夫だよ姉さん。わかってるから。父さんからも同じこと聞いたし」

「それなら、いいけど……」

「そんなことより稽古に付き合ってよ」


 本っ当に剣術以外興味ないんだよね、ルヴェルって。

 最初から最後までバックたちのことは無視だし、さすがのリズリィも弟の無関心な態度には呆れ気味だ。


「もちろん付き合うけど……」


 もう少し周囲に目を向けてもいいんじゃない――なんて言葉はとうにお姉ちゃんも告げたことがあるので、今回は飲み込んだようだ。あの無礼コンビの後じゃ説得力も無いしいいと思う。

 ただ、彼女の心配もわかる。

 今はまだいいかもしれないが騎士学校に通うときになっても周囲に無関心の勤勉一匹狼では色々と不便なことが起こるだろう。円滑な世渡りをするためにも余計な敵を作らない立ち回りは覚えておきたい。


「実戦形式でいい?」

「お願いします。いつも通り最初はスキルなしで、段階的に解放してもらえると助かる」

「わかりました。お姉ちゃんがみっちり扱いてあげるね」


 返事の代わりに木刀を打ち合う音が響いた。

 剣術の腕は実はルヴェルの方が少し上。

 だから最初はリズリィが押され気味になってしまう。だけど、スキルを使用した瞬間から一気に立場が逆転する。


 近距離ではルヴェルの隙をついて彼の体に触れてスタンガンのように電撃を浴びせる。耐性がないルヴェルには一溜まりもない一撃だ。

 逆に距離をとろうとすると今度は遠距離用の稲妻が空中を奔りルヴェルの体を貫く。手足が痺れて戦闘の続行は不可能だ。

 しかも全部手加減をしてこれだ。


 リズリィが本気を出せばそもそも近距離も遠距離も関係なしに射程圏内なためスタンガンみたいに相手の体に触れる必要すらない。ルヴェルの実力に合わせてこれなのだ。


 持つ者と持たざる者。

 能有りと『能無し』。

 スキルの有無が残酷なまでに現実を突きつける。


(心に余裕が無くなるのも無理はないよな……ただ――)


 僕なら(・・・)リズリィの雷撃を受けても無傷でいられる。もちろん獣化に頼らずに、だ。

 僕はこの十年間、一睡もすることなく常時魔力の訓練を行なっている。攻撃面は言わずもがな、防御面でも魔力を使用することでほとんどの攻撃を無力化できる。


 つまり、ルヴェルの体は僕の体でもあるんだから今の僕と同程度の魔力操作ができれば今のリズリィの電撃攻撃は敵ではないのだ。


 やっぱり切っ掛けが必要なんだと思う。

 ルヴェルが自分()の身体の丈夫さに気がつくためのイベント。限界を突破しないといけないような状況が彼には必要なのかもしれない。


 そして自分にはそもそも“限界なんてない”って知ってもらわなければいけない。



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