仲間になりたそうにこちらを見ている
翌日、いつも通りルヴェルの身体を乗っ取り、隠れ家の洞窟へと顔を出すと、
「……!」
「オオカミさん!」
干し肉を齧っていた猫姉妹の二人が立ち上がり、僕を迎え入れた。
姉猫は少し気まずそうに会釈し、妹猫は何を思ったのか僕に抱きついてきた。
もしかして懐かれた?
餌付けぐらいしかしてない気がするけど……頼れる相手として認定されたか?
とりあえず、
「隠さなくていい。それは食べてもらうために置いといた食料だから。遠慮する必要はない」
「……はい」
姉猫は干し肉を後ろ手に隠していた。
勝手に食べたことを怒られるかもしれないと考えたのかもしれないが、僕にとっては予定通りだったので特に問題はない。
「さて、それじゃあ今日は君たちのことを教えてもらおうかな」
こくり、と姉猫が頷きぽつぽつと語り出した。
二人は双子の姉妹らしく、姉はミヤ、妹はシアと名乗った。ミャーム族という猫の獣人で、部族には名字という概念がなく、名乗る時は「〇〇の子、ミヤ」と親の名を上げるそうだ。
辺境の村に住んでいた彼女たちは、今から十日ほど前に攫われた。
家の手伝いのために姉妹で水汲みをしていたところ、三人の賊に捕まりそのまま連れ去られてしまったそうだ。
抵抗する間も無く攫われ訳のわからないうちに奴隷商人に売られたことから、獣人専門の人攫いに目をつけられていたのかも、とミヤは語る。
確かに計画的な犯行だ。
奴隷商人にすぐ売り捌いてるところからも賊と商人がグルで最初からミヤとシアを攫うつもりだったのが伺える。
何事もなければそのままどこかの街で卸すつもりだったのだろう。
だが、誤算が生じた。
昨日、つまり僕が彼女たちを保護した当日の昼の話である。
奴隷商人の馬車が盗賊に襲われたのだ。
もちろん馬車には護衛を連れていたが地の利がある盗賊たちが一枚上手だったようで彼らは一瞬で壊滅。まさに因果応報みたいな結末になってしまったそうだ。
そうして戦利品の中に可愛らしい獣人姉妹を発見した盗賊たちは商人の代わりに売ることを考え、根城にしていた廃村へと馬車を引いた。
この時、二人は生きた心地がしなかったそうだ。
それまで商人たちはミヤとシアのことをずっと商品として扱っていた。傷つけるようなことはせずに最低限の食べ物だけを与えて弱らせ逃げられなくし、手を出さずに付加価値だけを残す。
その境遇は過酷ながらもまだ安全といえた。
しかし盗賊たちは違った。
檻の外からこちらを見るギラついた目。それは商品を見る売人の目ではなく、メスを見るオスの目をしていたそうだ。
たぶん襲われて慰み者にされるのだと、子供心ながら悟ったと、ミヤは震える声で語る。
ちなみにミヤとシアは十一歳だって。
もっと痛めつけてから殺ればよかったかな? 勿体無いことをした。今度からはあえて殺さない戦い方も覚えておいた方がいいかもしれない。
「夜になり、馬車が止まり、目的地に着いてしまって、もうダメだと、思いました。でも――」
「急に怒鳴り声が聞こえてきたの!」
ミヤの言葉を補足するようにシアがその時の感想を口にする。
さっきから彼女はこんな感じだ。
攫われた時も「急に暗くなって怖かった!」とか商人から与えられたご飯に関しても「不味いし少ないしずっとお腹ぺこぺこ」とか教えてくれた。盗賊のことなんて「目がねっとりしてて気持ち悪い。里にいた幼馴染もあんな目をしてた」とか言い出す始末だ。
盗賊と同類扱いされる幼馴染くん……にはなんとも言えない感情を覚える。
無邪気に感想を教えてくれるのは助かったけどね。あまり暗い雰囲気にならずに済んだし、二人の今の感情もよくわかる。
救われたと思っているから明るく振る舞えるんだ。
「すぐに盗賊たちの悲鳴が聞こえてきて、私たちは怖くなって震えていました。あとは、その……ご存知のとおり、です」
何かを思い出したのかミヤが顔を赤くしている。
気づかないふり気づかないふり。
「で、オオカミの魔物の僕が現れたってわけだ」
「いえ、その……」
冗談を口にしたつもりだったけどミヤを困らせただけだった。反省。
「すっごく怖かった! 食べられるかと思った!」
「そうか! 怖かったか!」
シアの素直すぎる感想に思わず笑ってしまう。
ミヤはそんな妹に対して「こ、こら……!」と叱っていたが、妹の無邪気さに毒気を抜かれたのか少しだけ頬が緩んでいた。
和やかな空気だ。
せっかく良い雰囲気になりそうだったのに、これから壊さないといけないと思うと気が引ける。
「それで? これからどうする?」
現実的なこれからの話をしなければならない。
二人は黙ってしまったが実際、深刻な問題だ。
まず、
「僕はこれ以上の環境は提供できない。僕は夜しか活動しないから君たちの相手をできる時間はほとんどない。二人だけで自分たちの村に帰れる?」
姉妹は首を振った。
それもそうだ。彼女たちは読み書きもできなければ地図もわからない。自分たちが住んでいた村の場所さえわからない状態だ。つまり帰り道さえわからないということである。
ただこれは僕が調べてあげればすぐに解決しそうではある。それしかしてあげられないことに変わりはないけどね。
馬車で十日程度の距離なら僕が本気で飛べば二刻はかからないだろう。彼女たちを抱き抱えても同じだ。でも、彼女たち自身の身が持たなければ意味がない。たぶん空気抵抗やらなんやらで死んじゃう。
「ここから帰るのは現実的じゃない、です。お金も無いから人も雇えません」
そもそも子供の二人旅なんてこの世界では不可能なのだ。日本のように治安がいいわけじゃないし、交通機関だって馬車が関の山。電話なんて便利な連絡手段もない。
生きるすべのない子供は淘汰される。それでも生きたいなら手段を選ばないことを選ぶしかない。
「……お願いします」
ミヤが姿勢を正し、僕をまっすぐ見つめてきた。
「なんでもします」
ん? なんてふざけてる場合じゃないか。
「色々覚えます。料理も、家事も、暗殺に、房中術だってできるようになります」
「……」
めちゃくちゃっツッコミを入れたかったけど我慢した。彼女は決意を口にしてるから邪魔をしたくなかった。でも、暗殺に房中術って……どこから出てきたんだその不穏な言葉は。絶対、家事の次に挙げる言葉じゃないでしょ。
「奴隷のように扱ってもらってもかまいません。だからどうか妹のシアだけでも無事に里に帰れるようにしていただけませんか?」
「姉さま!?」
自分の名前が出てくるとは思わなかったのかシアが驚いた顔をして姉を見た。
ミヤはそんな妹を無視して、膝立ちをしている股下に尻尾を潜らせた。そして招き猫のように両手を上げて耳は逆にペタンと伏せた。
可愛い……じゃなくて!
「……そのポーズは何?」
「服従の証です。全てを捧げる相手にしか見せません」
猫獣人は尻尾が弱点だからそれを差し出すことで忠誠心を示し、爪を隠しながら両手を上げることで敵意が無いことを表現してるのだとか。なるほど、勉強になったよ。
「姉さまだけずるい!」
妹が手の代わりによくわからない抗議の声を上げている。
何がずるいのかよくわからないけど空気読んでね? お姉さんは君のために身を捧げようとしてるんだよ?
そう。これは交渉だ。
何も取り柄がない子供ができる精一杯の交渉だ。
僕に助けを乞わなければ妹すら生きていけないとミヤは結論付けたのだ。
困ったね。
本当は彼女たちが自力でこの状況を打開できること期待したんだけど、どうやら何もなかったらしい。
でも、そうなると取引には代償がいる。
姉のミヤは僕に全てを捧げる覚悟がある――みたいな姿勢を見せてくれたけど、それがどういう意味なのか彼女は本当に理解しているのだろうか?
いいや、理解していない。絶対に彼女はわかっていない。
「僕が魔物じゃないって話はしたよね?」
「え? あ、はい……」
突然の話題の転換についていけないのかミヤは困惑気味だ。
頑なにポーズをやめないのはちょっと微笑ましい。
「これは嘘じゃないし君たちを騙してない――って言ったら信じる?」
一瞬、迷ったように固まったけどすぐにミヤがこくこくと頷いた。
ま、よしとしましょう。
「でも、だったら僕の正体はなんだと思う?」
僕の問いかけにミヤは頷くことをやめた。
隣にいるシアは不安そうにしている。
戸惑い気味にミヤが口を開いた。
「わ、わかりません」
「そう、それが正解だ」
「……え?」
「よく考えるんだ。君は今、正体もわからない怪物……いや、あえて怪人と名乗ろうか。正体不明の怪人と交渉し、身を捧げようとしている。それがどういう意味なのか本当に理解しているかい?」
「……」
これは脅しだ。
「僕は今まで目撃者を全員殺してきた。だから誰も僕の存在を知らないし、正体もわからない。君たちは人攫いに遭って、商人に売られて、盗賊に襲われて……そして僕に捕まった。取引する相手を間違え――」
「でも私たちは死んでませんよ?」
……あれ? 論破された?
「美味しい食事を用意してくれて暖かい寝床もくれました。オオカミ様は優しい方です。人よりもずっと」
僕の渾身の凄みを一撃で看破しただけでは飽き足りないのか、ミヤが褒めちぎってきた。
これには僕もたじたじだ。
あっれー? おかしいな。
やっぱりやめます考え直させてください。みたいな展開を期待して一週間ぐらいの猶予をあげようと思っていたのに当てが外れた。
「私を諭そうとする態度を見て確信しました。貴方は優しい。だからその優しさにつけ込んでお願いすることしか私にはできません」
つけ込むて……めっちゃ正直やん。
たぶんそんな風に言っても僕が気を悪くしないことは織り込み済みということなのだろう。
もしかしてこのミヤって子、頭いいのかな? この子を鍛え上げて育てれば、僕が活動できない日中に優秀な駒として活動してくれるんじゃないか?
……は! いかんいかん、つい欲が出てしまった。
「オオカミ様の庇護がなければ、私たちは野垂れ死ぬか……体を売って生きていくしかありません」
「う……」
今度は情に訴えかけてきた! だいぶ強かだぞこの子!
でも、いや……う~ん――
「じょ、条件がある」
「はい、何なりと」
もうここまできたら無理難題というか最初に脳裏をよぎった妙案に一枚噛ませてみるか。
「僕の能力で【吸血鬼】の眷属になるなら君たちを庇護下におこう」
「きゅーけつき……?」
「けんぞく? ってなんですか?」
妹と姉が首を傾げたので、僕は懐からスキルスクロールを取り出した。
スクロールを広げると文字が浮かび上がる。最初の頃とは比べ物にならないほどの量だ。主に獣化先の獣の名前やその能力についての説明とかが増えている。
しかも勝手に文字が移動したり消えたりして年々最適化されていく。操作方法なんてタッチパネル式だ。
今も獣化先の【吸血鬼】の文字をタップしたことで吸血鬼の能力に関する項目がずらっと並んだ。
能力は色々ある。
吸血:相手の血を吸う行為。食欲を満たし魔力を回復する。
蝙蝠化:大量の蝙蝠に分裂する。
血の刃:己の血を操作して武器にすることができる。使いすぎると貧血を起こすので注意が必要。
などが主な能力だ。
ちなみに最近気づいたんだけどこの説明文。たぶん僕の思考に引っ張られた文章になっている。
血の刃を試すまで「貧血に注意してね」みたいな文言なかったからね。もはやメモ帳みたいなものだ。
で、今回使用する能力は――
「眷属化:眷属にしたい対象を吸血し、味と魔力を覚える。その後、対象に主人の血を飲ませる――つまり僕がミヤの血を飲んだ後、僕の血をミヤに飲ませる。そうすることで君は僕の眷属となる」
「血を……」
ミヤたちが僕のスキルスクロールを覗くが、当然彼女たちには見えないので真偽は確かめようもない。表人格のルヴェルですら僕のスキルスクロールの文字を読めなかったんだ。無理もない。
「眷属になると、どうなるんですか?」
「いい質問だ。眷属:付き従う者。主人に傅き従属することを誓った配下。主人からの強い命令には絶対服従であり、主人の死と共にその生を終える。ようは……」
少しだけどう表現しようか迷った。でも聞こえのいい言葉で飾っても意味がないので、
「奴隷だ」
正確には全然違うけどね。眷属は眷属だよ。それ以上でもそれ以下でもない。
僕はあえて彼女たちが一番忌避するであろう単語を口にした。
奴隷にするために連れ去られた自分たちが今もまた奴隷にされようとしている。受け入れ難いはずだ。
現に二人とも目を丸くして少しだけ表情が暗くなった。
ここが分水嶺だよ。引き返すなら今しかない。
「……オオカミ様」
「ん? どうしたミヤ。諦めても僕は何も――」
「眷属になるとどんなことができるようになるんですか?」
まだ諦めないか。
「僕も誰かを眷属にするのは初めてのことだから全てを把握できている訳ではないけど……」
スクロールに目を落としながら言葉をかみ砕く。
「特徴としては不老不死になる。歳をとらないから体の成長も止まる。そして主人である僕が死なない限り死ぬこともなくなる。これはメリットでもありデメリットとも捉えることができる。他には魔力が跳ね上がり身体能力が向上する。太陽の下を歩いても灰になったりはしない。後は……定期的に主人から血を摂取しないと活動できなくなる、らしい」
「不老、不死……」
「オオカミさんは仙人なの?」
「そんな大層なものじゃないよ。僕はただの人さ」
僕の答えにシアが「……え?」と目を丸くしたがとりあえず今は放置。
「僕はまだ表舞台に立つつもりはない。必要なのは絶対に裏切らない従僕。僕の秘密を漏らさない忠実な眷属だ」
自由に生きていれば、いずれは何かしらの障害が僕を待ち受けているだろう。
その時に周囲に頼もしい仲間がいるのか裏切り者がいるのかでは当然話が違ってくる。
昔助けた子供が僕の弱点や正体を知ってて……なんて展開は極力避けたい。
ただ、
「さっきも言ったけどこの能力を使うのは初めてだ。初めてということはこれは実験ということにもなる。成功する保証も成功した後の反動や副作用も誰もわからない。それでもやるなら、僕の近くに来なさい」
「……なります。オオカミ様の眷属に」
「後悔しないと?」
「はい」
僕を見上げるミヤの瞳は決意に満ちていた。
自暴自棄ではない。それは妹を守ろうとする姉の目だった。
その証拠に「ただ、実験ということであれば、まず私だけを眷属にしてもらえませんか?」とミヤが進言してきた。
「え!? ずるいずるい! 姉さまだけなんて勝手だよ!」
妹には伝わってないみたいだけどね。
この子、ちゃんと話を聞いていたのかな……不安だ。
「少し、失礼します。……シア、ちょっとこっちに来なさい」
「え、なになに?」
こそこそと姉妹が洞窟の奥へと隠れ、すぐに「――に……ふろう……聞いた……。だから……か――が成長……眷属に――」というミヤの内緒話の断片が聞こえてきた。獣化中なので聞き耳を立てれば鮮明に盗み聞くことはできるけどそこはプライベート。僕は彼女たちの相談結果を待つことにした。
「お待たせして、申し訳ありません」
「話し合いは済んだかな?」
戻ってきたミヤとシアが丁寧に頭を下げる。
眷属になると決めてから、ミヤは己の言動に気を使うようになっていた。
もっと気安くてもいいと個人的には思うけど、それでは示しがつかないのも事実。
少々背中がむず痒いけど受け入れることにした。
「はい。問題はありません。それで……妹のことなんですが」
「ああ、提案に乗るよ」
「ありがとうございます。シアが眷属でない間は私も言い聞かせます。もしくは人質と思ってください」
隣にいたシアがこくこくと頷く。
ちなみに彼女は姉から黙っているように念押しされているのか、両手で自分の口を塞いで声を漏らさないようにしていた。
「……そうか」
なんだかんだ言って僕は彼女たちの覚悟を見極めたかっただけなのかもしれない。
姉に対してはシアを、妹に対してはミヤを、人質の相互関係になっている。そう認識してくれと言われてしまったらもう黙るしかない。
「いいだろう。じゃあ一週間後にミヤを僕の眷属にしよう」
「一週間後、ですか?」
「血を吸うことになるからな。もう少し体力が回復した時の方がいいだろう?」
「……私たちは獣人なので体は丈夫です。食事もいただいたので体力も戻ってます」
「ふむ」
なんだろう。控えめながら催促されてるような……? 一週間も待ってられない理由でもあるのかな?
「それに、その……勢いといいますか……」
なるほど。覚悟が決まってる今、そのままの勢いで済ませておきたいと、そういうことか。
緊張を先延ばしにされるのも辛いか。
「わかった。じゃあ今からやってみよう。ミヤ、おいで」
「……! は、はい!」
緊張のためか声が上擦っている。動きも不自然でおっかなびっくりといった感じだ。
その視線の先には僕の口がある。大きな牙に視線が注がれ、これに噛まれてしまうのかと血の気が引いて……って、そっか。
「大事なことを忘れていた」
「「?」」
姉妹がまた仲良くシンクロして首を傾げる。
「安心してくれ。別にこの狼の姿で吸血するわけじゃない。ちゃんとヴァンパイアになって血を吸うだけだから。チクッとするだけだよ」
「それは……どういう……」
「言っただろ? 僕は魔物じゃなくて人だって。スキルで獣に『獣化』しているだけなんだ」
「獣化……スキル……? え? スキルだったんですか?」
答える代わりに獣化を解く。正確には【狼】から【吸血鬼】へと獣化する。
全身を覆っていたオオカミの体毛が消え、視点もどんどん低くなる。最初は姉妹を見下ろすぐらいの身長差があったのに、最終的には目線が同じ高さになってしまった。
いや、むしろ僕の方が低いか?
実年齢七歳で吸血鬼に獣化すると十歳ぐらいに見えるようにはしている。ルヴェルはまだ成長期で姉のリズリィより身長も低い。
僕が精神年齢おっさんなだけで実際はこの子達の方が年上なんだよね。忘れがちだけど。
「………………」
目の前で起きた変身に言葉がないのかミヤは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。なぜか頬を上気させて身体も震えている。
緊張してるのかな?
隣ではそんな姉の姿に危機感を覚えたのか「あ、やば……」とシアが気まずそうにしていた。
どうしたんだ? なんか様子が変じゃないか?
「驚くのも無理はないけど、これが僕のスキルだ。この力で獣の姿を借りて色々な能力を使うことができる。この姿もその一つで本当はもう少し幼いんだけど、それは今更――言っても……」
「………………」
「しょうがない――って、なに? どう、したの?」
解説をしている間にジリジリとミヤが僕に近寄ってきていた。彼女の方が身長が高いので少しだけ見上げる形だ。
な、なんだろう? 目力が強いような……? それになんだか鼻息も荒い気がする。
「年齢を聞いてもいいですか?」
「え?」
なんで? 年上じゃないと眷属になりたくない、とか?
「普段は七歳かな。この姿に獣化するときは十歳ぐらいに見えるようにしてるけど」
「な、ななしゃい……!」
え、こわ。
相手は十一歳の女の子なのになぜか狂気じみたものを感じる。
てか、さっきと全然雰囲気が違うけど同一人物か?
「お名前を聞いてもいいですか?」
「え……っと」
口調も変わった!
丁寧なのは一緒だけど今はなんか年下の子どもに語りかけるような感じだ。
もしかして年下だから侮られてるとか? いや、でもそんな態度ではない気がするし、彼女の性格的にもそういったことはしない気がする。
なんなんだいったい!?
「僕に名前はない。今まで必要だと感じなかったから」
「そんな……!」
そんな! 可哀想に! みたいな不憫な目を向けられた。
言い方が不味かったかな……別に大した問題でもないから気にしないで欲しいんだけど。あーでもこれから彼女たちと接触していく上で必要にはなるか。
どうしよう……なにかしら呼びやすい名前を用意しておいた方がいいかな。
「では、若様と読んでもいいですか?」
「……ん?」
なんて?
「ごめん聞こえなかった。もう一回言ってくれる?」
聞き慣れない呼び方だったから本当に聞こえなかっただけだったんだけど、ミヤは何を勘違いしたのかものすごく嬉しそうな笑顔でまた僕を呼んだ。
「はい! 若様!」
「……」
わか、さま……?
…………
……
「若様……?」
「はい!」
「……え? なんで?」
「私が眷属になるということは若様が私のご主人様になるからです!」
「え、じゃあご主人様で――」
よくない? と言おうとしてやめた。
ご主人様と呼ばせようとするのもそれはそれで色々とアレだ。恥ずかしい。この異世界の基準でアウトではなかったとしても躊躇はする。
でも、なんで急にこんな積極的になったんだ?
「ダメ、ですか?」
そこまで悲しそうな顔しなくてもよくない?
猫耳も尻尾も垂れ下がってしまって心底残念がっているのがわかってしまう。
「とりあえず、後で呼びやすい名を決めるから、それまでは……好きに呼んでいいよ」
「……! はい! ありがとうございます!」
もしかしてもしかしなくてもこれは……好感度が、上がってる?
そりゃあデカい狼男より同年代の男の子の方が親近感も湧きやすいだろうけどここまであからさまなのは――
「姉さまは年下が好き。可愛ければなおよし」
「シア? 変なことを吹き込んではダメですよ」
凄みのある笑顔だ。
耳打ちしてきたシアが「ご、ごめんなさい」とすごすごと引き下がってしまう。
「あー……」
でも、そっか。
年下好きか。
まだミヤも十一歳だから別にいいと思うけど……下手に拗らせたらショタコンまっしぐらかもしれないなぁ。僕の嗅覚が警告してるもん。この子を放置したらまずいって。
「あの! 血はどこから吸いますか!? 腕ですか? それとも足?」
「いや、定番の首筋あたりにしようかな」
「く、くび!? あぁ! そんな近くにお顔を寄せてしまうなんて……!」
「……なんか吸いたくなくなってきた」
「そんな! どうしてですか!?」
さっきまでいた落ち着いた物腰のお嬢さんはどこへ行ってしまったんだろう。
「いつもこうなの?」
「ここまで暴走してるのは初めてかも」
つまりは小規模な暴走は起こしていた、と。シアも苦労人だね。
先が思いやられるけど僕も男だ。男に二言はない。
腹を括ろう。
「冗談だよ。この姿を見た以上、絶対に眷属にはなってもらうから覚悟して」
「はい!!」
今までで一番いい返事だった。
僕の姿を見て驚いた時も、鳩が豆鉄砲を食らったわけではなくハートが矢で射抜かれたってか? やかましい。
その後、眷属化の吸血は滞りなく進んだ――とは言い難いけど無事に成功した。吸血中にミヤが興奮して喘いだり、切った指から吸血させているときも必要以上に舐めまわされたりしたけど……うん、問題ない。ちょっとだけ彼女の将来が心配になっただけで、なんの問題もない。
問題ない……よね?