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プロローグ ○●を求めて

 僕は悪に憧れている。

 

 一つ断っておくと犯罪者になりたいわけじゃない。警察に捕まるのは嫌だし、他人に縛られるのも御免だ。あくまで僕は悪に強い羨望を抱いているのであって、罪を犯したいわけじゃない。


 より正確に言葉にするなら、そう――悪役に憧れているのだ。


 子供の頃、よく特撮番組を見ていた。

 正義のヒーロー戦隊や仮面のライダーが敵の怪人たちと戦うテレビ番組。僕は休日にもかかわらず早起きをしてそれを食い入るように見続けた。


 僕はそこで英雄(ヒーロー)ではなく悪役(ヴィラン)を好きになってしまったのだ。

 人間に擬態して暗躍し、ヒーローたちの前で控えめなエフェクトを放ちながら正体を表す異形の怪人たち。


 カッコイイ。


 その一言に尽きる。

 ヒーローたちが派手な演出でなんたらフォームにバージョンアップしたり、カードやベルトでシャンシャンガチャガチャとけたたましい効果音を放ちながら必殺技の準備をするのもいいとは思う。


 だけど僕が惹かれたのはそういった派手なところがほとんどない悪役の方だった。あの慎ましさが好きなのだ。いかにも「実は俺が敵だったんだよ」という黒幕感がいいのだ。

 

 自分の趣味嗜好に疑問を抱いたこともある。


 悪と言ってもフィクションでは様々な描かれ方をしているし現実の悪はただの罪を犯した愚か者に過ぎない。

 何より悪は正義に負けてしまう。

 よく「正義は必ず勝つ!」なんて言葉を見聞きするくらい悪というものは負けるようにできていた。


 じゃあ、僕はなんでそれでも悪が好きなのだろう。


 中学生時代、教室の片隅でそんなことを真剣に悩んだことがある。

 いわゆる厨二病というやつなのかもしれないが、僕は真剣だった。そこに自分自身が本当に求めている生き方が隠れている……いや、厨二病的な言葉で表すなら“眠っている”気がしたからだ。


 答えは意外とすんなり導くことができた。

 それはたった一つの自問自答に僕自身を納得させる解答と理由を用意できたからだ。


 僕が抱いた自問は『正義と悪、どちらが強いのか』というシンプルな問いだ。特撮のような物語では、基本的にはヒーロー側が勝つし、悪役の敵は所詮引き立て役でしかない。現実の悪なんて犯罪者と認識された時点で逮捕されることは確定なのだから負け確みたいなものだ。


 どう考えても正義が強く、悪が弱かった。

 

 でも、僕の答えは違った。

 僕が出した自答は『悪が強い』という絶対的な確信だ。

 理由は単純だ。

 正義は悪事を働けないが悪は悪事も善事も働くことができるから。

 良い行いしかできない存在が正義ならば、悪い行いをしながら良い行いもしていい存在。それが悪なのだ。


 正義には枷があり、悪は自由だった。


 そうだ。僕にとって悪とは自由だったのだ。


 この答えに辿り着き、悪が強いという結論に至った時、僕は自分の内に秘められた欲求を知ることができた。表では善人面をしながら裏では悪行のために暗躍する。善行を積みながら悪事を働いても咎められない存在、もしくは悪でありながら人助けをしてしまうような奔放な生き方――海賊でありながら人助けをしながら旅をするとかそんな感じ。


 ま、御託を並べて前置きが長くなってしまったけど、要は“好き放題して生きてぇなあ”ってことだ。


 自分の欲望に忠実に、好き勝手しても咎められず、思うままの自由な生き方を、僕はしてみたい。


 して、みたかったんだ。


 ⚪︎⚫︎


「バカみたいだよなぁ……」


 意識が朦朧とする。

 体が熱い、床が冷たい。

 走馬灯を見ていた気がする。齧り付くようにテレビを観てニチアサを満喫していた幼い自分。教室の窓から外を眺めながら将来を憂いていた学生時代。社会人になって夢も希望も忘れて十数年。あぁ、両親の葬式をしたのはもう何年前だったかな。


 周りがうるさい。

 悲鳴や怒号が聞こえる。

 どうして僕は倒れているんだろう?

 たしか今日は仕事終わりに夕食でも買おうかとデパートに寄ったんだ。

 適当にぶらついて、いつものように安い弁当を探す。でもその前に欲しい漫画が今日発売だったことを思い出した。


 あーそうだ。思い出した。

 上の階に珍しく寄ったんだ。

 そして適当にぶらついてから帰ろうとして……通り魔に刺されたんだ。


 顔を上げると僕を刺した男がまだ近くにいた。

 どうやら彼は最初に元カノを刺したらしい。そのついでに周囲にいた通行人も刺して回っているようだ。

 なんて傍迷惑な話だ。痴情のもつれに巻き込まれて僕は死ぬのか。


「……バカだねぇ」


 こんなことをしても警察に捕まって終わるだけなのに。

 自暴自棄というやつなのかな。

 でもそんなんじゃ自由にはなれないよ。

 もっと計画的に、目立たず、慎重に、冒さなければその悪は断罪されて終わるだけなんだ。


 立ち上がると近くの通行人が僕の身を案じてそのまま伏せてたほうがいいと声を掛けてくれた。良い人だ。だけどその助言を聞くつもりはない。


 出血が多い。

 たぶん僕はもう助からないし、どうせなら最後くらい自由を手に入れてみたい。


 僕は痛みを忘れるように走り出した。


 通り魔の彼は自分を守るように包丁を構えていた。そして若いカップル――制服を着ているから高校生のカップルかな? その二人を見て、何か思うところがあったのかジリジリと距離を詰めている。どうせ仲睦まじい若いカップルと破局した自分を比べて惨めになったから、とかそんなくだらない理由で襲うつもりなんだろう。


 女の子は足がすくんで動けなくなってしまったのか腰を抜かしてしまったのかその場に座り込んでしまっていた。そしてそんな彼女を守るように男の子が彼女の前に立っている。

 勇敢だなぁ、僕は憧れなかったけど正義のヒーローみたいでかっこいいじゃないか。


「僕も、負けられないな」

「は? なん――」


 通り魔の男が突然タックルをしてきたおっさんに驚きバランスを崩した。

 タックルをかましたおっさんとはもちろん僕のことだ。

 

「くそ! 離せ馬鹿野郎!!」


 包丁がまた僕に刺さった。今度は腕だ。熱い、痛みがよくわからない……アドレナリンのせいなのか痛覚が麻痺しているのかもしれないが……どうでもよかった。


 通り魔の腰にしがみ付き、さらに足に力を入れる。

 ちなみにこのデパートは3階建ての吹き抜け構造になっていてここは最上階だ。そして近くには下の階を見渡せる転落防止のガラス製の手すりがある。

 だから僕はそこを目掛けて通り魔の男と一緒に突っ込んだ。


 ガラスの割れる音と共に通り魔の「落ち――」という情けない声が聞こえた。

 一瞬の浮遊感、すぐ訪れた落下の感覚。

 そして――


 僕は通り魔と仲良く落下死した。

 一階のオブジェクトの上に体を打ち付け、骨が砕ける感覚を最後に、僕はこの世界での生を終えたのだった。



 ⚪︎⚫︎



 で、僕が生まれたってわけ。

 いやービックリしたね。輪廻転生って本当にあるんだ?


 決死の覚悟で3階からダイブして死んだと思ったのに、覚醒した瞬間にはもう生後数週間の男児として生まれ変わっていた。


 急展開だ。誰かに説明して欲しいくらいだよ。


 でも残念ながら神様とか世界の管理者とかそういう超常的な存在には途中で会えなかった。まあ存在するのかもわからないし、いたとしてもそこまで暇じゃないのだろう。

 僕1人を気にかける理由もないだろうしね。


 とりあえず、僕は転生した。

 まだ赤ん坊だからか体もうまく動かせないし、自分の意に反してぐずったり夜泣きをしてしまうが、赤ん坊とはそういうものなのだろうと納得した。


 もう一つ懸念点を上げると、なぜかは知らないが体が眠っても意識は覚醒したままで転生してから一睡もできていない。ちょっとどころかだいぶ異常だ。僕が前世の記憶を持っているからそこらへんが悪さをしているのかもしれないが……答えなんてわかるわけがない。

 しょうがないよね、赤ちゃんなんだから。


 周囲の――おそらく僕の両親である若い男女が話す言葉がまったく聞き慣れない言語を喋っていることなんて、僕が直面している謎に比べたら瑣末な問題でしかない。


 まさか外国の民家の子供に転生するとは思っていなかったけど、虫とか草食動物みたいな過酷な食物連鎖の環境に転生させられたら目も当てられないので、ここは理想の転生先ではある。


 よく目を凝らすと両親からオーラが出ていたり自分からも両親と似たような力の波を感じることがある。

 なんとも表現に困る未知の感覚だ。これが第六感というやつなのだろうか?


 とにかく転生してからは五感とは別の感知能力まで働いている気がするが……これも追い追いわかるようになるだろう。


 考えれば考えるほど不思議なことばかりなような気がしないでもないけど、とりあえず今は両親の言葉を聞いて言語を覚えたいね。そうすれば謎も少しずつ解けていくだろうからさ。


 そもそも前世の記憶を持ったまま転生している時点で奇跡みたいな体験をしているんだ。この先どんなことが起こっても不思議じゃないのかもしれない。


 なるようになる。

 そんな風に楽観視していなければ正直やっていられない。


 せめてハイハイできるようになれば僕が今どこに住んでいるのかわかるし、世界が広がるんだけど。

 いや、そもそもハイハイどころか手足がまともに動かないからそれをどうにかする方が先か。


 ホント、なんで勝手に動くんだ?


 力の波を心の中でこねくり回し、僕は今日も暇な時間を浪費する。

 勝手に泣き出した口の閉じ方すらわからないのに謎の力は使い方はわかるようになってきた。


 ほら、今も僕に近づく羽虫を打ち落とせた。

 ……これってもしかして魔ほ――なんてのはさすがに中二病を拗らせすぎか。


 いや、まさか、ね?


 でも、

 もしこれが本当にそうなら、


 あぁ、早く自由に動けるようになりたいなぁ。

 

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