第54話 クロの不安
〔これまでのあらすじ〕
黙示録の獣を撃破したシロとクロ。しかし仲間と離れ離れになってしまう。一方、遭遇したバンゲラに敗北を喫したパウクとイグニスはヴィトラとミヅイゥを置いて単独での行動を始めてしまう。
〈神判の日〉まで、1年の半分が終わろうとしていた。
トプロステンにて騎士団に図られたクロは突如暴走。それを止めたのは魚人族の王女にして三叉戟を操る少女、アミラルネだった。
「2人とも酷い怪我ですわ。早く治療しないといけなくて」
アミラルネは三叉戟の先をシロとクロに向ける。
「〈完全治癒〉」
魔法の効果により傷がみるみる癒えていく。蓄積した疲労から解放され、身体が軽くなる。
「服も必要ですわね」
アミラルネはシロの上着が被せられただけのクロの裸体を一瞥すると、懐から2枚の正六角形の板を取り出した。
シロとクロは投げ渡された板を身体に当てるとナノマシンの集合体であった板は離散して2人の身体を覆うスーツを形成した。
「アミラルネ、足が。いやそれよりも、どうしてここに?」
シロは改めて尋ねる。
「陸上用ユニットを新造してもらいましたの。…あまり時間がありませんわ。詳しくは向かいながらお話しいたします。行きましょう」
「どこへ?」
「水渧宮。父上が呼んでいますわ」
アミラルネはクロの目を見る。
「クロ様、あなたをね」
アミラルネの運転するスピーダーが人界を横断していく。その背にはシロとクロが乗る。
「アミラルネ。それで、話って?」
「妾も詳しくは分からないんですの。ですけど父上がクロを呼べと強く言い始めて」
「ゲガンゲンさんが私を?どうして私なんかを」
「それは妾にも教えてくださらず…。実は、あの一件以来人を信じることができなくなっているのです。時には娘である妾すらも。ですので直接会って話を聞きましょう。飛ばしますわよ!」
アミラルネはさらにエンジンの回転数を上げた。
「来た理由はわかったけど、どうして私たちの居場所が分かったの?」
「実は…妾にはもう一つの目的があるんですの。それは、【失われた神器】の収集」
クロの背中に震えが走る。
「父上が回復されてから、私はまず三叉戟の研究を始めました」
魚人族に伝わる全ての情報を記録したデータストレージによれば、我々の時代区分で1532年前。当時の大王が魔王に謀反を起こし、魔王城にて保管されていた弐天鉾を強奪しました。きっかけは上族会での決定。それは魚人族の意向とは相容れないものでした。激昂した大王はその場から退出し、二度と戻ることはありませんでした。彼らは弍天鉾を使って魚人族を制圧しようとしました。日々進歩する我らの技術に加え、水中に潜む不透明さが反感を買ったのでしょう。しかしそんなことは関係ありません。上族会は魚人族を葬り去ろうとしたのです。
その後大王は弍天鉾を改造し、魚人族を制する鉾から革新を促す戟、三叉戟を造り出しました。やがて三叉戟は魚人族を象徴する武具となり、魚人族の内部分裂―――チニォユ族とアドフ族の争い―――を経て、今や私の手の中にある。妾はそのことを誇りに思いますわ。
「それで、アミラルネは【失われた神器】を集めていると言ったわね?」
「そうですわ」
「それは何故?」
「ある時、妾はヴィジョンを見ました。それは分厚い雲に覆われた雪の降る日でした」
分厚い雲に覆われた雪の降る日、一匹の龍が姿を現しました。妾は"声"を聞きました。"声"は言いました。あの龍は世界を終末に導くもの。必ずや止めなければならないもの、と。そしてこうも言いました。あの龍を止めるには【失われた神器】を集める必要がある。合わせて6つあるそれは、様々な要因によって魔王のもとを離れ、歴史の闇に封じられてしまった武具である。最後に"声"は言いました。【失われた神器】を集めることができるのは、妾だけだと。
「つまりアミラルネさんだけが、世界の終末を止められる…」
シロのその言葉にクロはハッとした。
「まさかアミラルネ。あなたが3人目のオシリスの羊…?」
「でもクロ、以前水渧宮に行った時はミヅイゥもいたけれど、なにも起きなかったじゃないですか」
「確かに。やっぱり違うのかしら」
――でも、"冬"、"終末"、"止められるのはアミラルネだけ"……。"声"の言葉はまるでオシリスの羊を形容しているかのよう。まさか、神に願いを届けるには3人の羊が揃うだけではダメだと言うの?
「シロ、アミラルネの言う"声"に聞き覚えは?」
シロはしばらく思考を巡らせる。
――キュビネ…。
しかしその羊のぬいぐるみは"声"と呼称するよりもシロの前に実在として何度も現れていた。そして今なおシロのポシェットの中には、その羊のぬいぐるみが入っている。
「ありません」シロは首を振った。
「そう…」
クロは少し考えてから顔を上げた。
「ごめんなさい、話が逸れたわね。【失われた神器】のことでしたっけ」
「【失われた神器】を手にする者同士は惹かれ合う。魚人族のデータベースにはそのような記載がありましたの」
「【失われた神器】を手にする者同士は惹かれ合う……」
クロはアミラルネの言葉を反芻した。
「私が参幵剣を持っているから、というわけね」
アミラルネは前を向いたまま静かに頷いた。そして尋ねる。
「あの剣はどちらで?」
「所持していたのは私の弟、アデル・サタナス。私を捕えようと襲ってきた彼と交戦し、服従の首輪にて首を落とされて死んだ。私は参幵剣を彼の亡骸に突き刺した。でも気づけば、私はそれを手にしていた」
「参幵剣は所有者を選びますわ。そして所有者が死ぬまで、その人のもとを離れることはないと言われていますの」
「つまり私は、参幵剣に選ばれた」
「そうなりますわ。クロ様、然るべき時が来ましたら、妾にその剣をお譲りください」
「渡すことは構わないけれど。でも今の持ち主は私じゃない。どうすれば譲渡することができるの?」
「それは妾にもまだ分かりませんわ。ですが妾は【失われた神器】を全て揃えなければならない」
「分かった。ならこの世界の終末まで、私達と一緒に来てくれる?」
「もちろんですわ。こんなにも心強い味方はいませんもの」
「ありがとう。じゃあ急ぎましょう。水渧宮まで」
「掴まっていてくださいまし!」
アミラルネはグリップを捻るとスピーダーをさらに加速させた。
3人は海岸線に辿り着くと、アミラルネがスピーダーを折り畳むのを待ってから亀の甲羅に乗って海の底へと向かった。
アミラルネに渡されたスーツを身につけていたシロとクロは濡れることなく水渧宮に到着した。
長い廊下を進み、大王のいるの食卓の間の扉を開けた。
「父上、シロ様とクロ様をお連れいたしましたわ」
大王は長テーブルの奥に座っていた。
「これはこれは。お待ちしておりました。お変わりのないようで。どうぞお座りください」
3人は大王を中心に右手にアミラルネ、左手にクロ、シロの順に座った。大王の背後の一面ガラス張りの窓の奥では大小様々な魚が行き交っていた。
「長旅でお疲れのことでしょう。まずは食事にしましょう」
大王がそう言うと、すぐさま目の前に豪勢な魚料理の数々が並んだ。
「魚類は友ではあるが異種ですからな」大王はガハハと笑った。
「して……そろそろ本題に入りましょうか」
デザートが終わり全ての皿が片づけられると、大王はいよいよ口を開いた。
それまでの魚人族と水渧宮の復興の話や、シロとクロの動向の話とは一転して場の空気が変わった。
「はい。そうしましょうか。アミラルネさんからは私に言伝があるとお聞きしました。大王ゲガンゲン、一体私に何を伝えたいのでしょうか?」
大王は一度天井を仰ぐと左手前に座るクロの目を見て口を開いた。
「それは数日前…地上の時間では一か月ほど経過しましたでしょうか。魔王様から通達がありました。近々、人界への大規模侵攻を計画していると」
「大規模侵攻!?」
クロはテーブルに両手をついて立ち上がりながら声を上げた。
大王はゆっくりと頷く。
「そしてその偵察として斥候を送り込むと」
クロは思考を巡らせる。そして呟く。「アデル…」
姉は亡き弟を想いながら力なく座り込んだ。
「父上を止めないと…」
「はっきり言って無理ですわ。今頃魔王軍は魔界内の進行を始めているはず」
「……。そしたら一刻も早く知らせないと。魔王軍の侵攻を。人族に」
「クロ様、一度落ち着きなって。お二人ともお疲れでしょう。今日はここで休まれるといい」ゲガンゲンは言う。
「そんな暇は!」
「スーツからお二人の身体情報を確認しましたが、既にボロボロではありませんか。そのお身体のまま出発されるのはあまりにも無茶ですわ!」と、クロの言葉を遮るアミラルネ。
「それは…そうだけど…」
クロは左隣に座るシロの顔を覗いた。
「私はクロに任せます」シロはそう言って微笑んでみせた。
――ああ言った手前、シロも私同様無理をしているのは間違いない。この先で潰れる方がよくないか…。
「分かった。一晩だけ、御厄介になります」
クロの言葉にアミラルネもゲガンゲンも微笑んだ。
「そうときたら最上級のおもてなしをさせていただきますわ。チニォユ族の英雄様!」
シロとクロは泡風呂の泡の中にいた。
「ふぅ、やっぱり風呂はいいわね」
休息することを決めたクロは大きく伸びをする。
「割り切らないとダメよね。せっかくの厚意なんだから満喫しないと」
「ですね」
クロが自らに言い聞かせた言葉にシロも同意する。
「シロ…身体は大丈夫?」
尋ねる声は沈んでいた。
「大丈夫ですよ!アミラルネの〈完全治癒〉のおかげで怪我は癒えていますし!」
「本当にごめんなさい。どうして私、あんなことを…」
「騎士隊の本部で何があったんですか?」
「それが…よく思い出せなくて」
「きっと酷いことをされたんですよ。それで力が暴発して…。でもよかったですよね、誰も殺さないで済んだんですから!命を奪うことはなかったんですもんね」
シロは明るく言ってみせた。
「そうね…」
時折り、夢を見る。まるで空を飛んでいるような夢だ。気づけば私は雲の中を泳いでいる。翼を動かし、空を我が物にしている。陽の光は温かく、流れる風は心地よい。目覚めたくないと感じるほどの夢。何の心配も苦悩もない場所。
私は今日もそこにいた。
しかし翼は突如としてもぎ取られ、私は真っ暗な闇の中に落ちていった。
――本当に人を殺していないの?
「そうよ」
――本当に何も覚えていないの?
「それは…分からない」
闇の中で聞こえる声に自問自答を繰り返す。
――では、手に残る臓器を潰す感覚は何?
――腕や脚をもぎ取るような、顔面を切り裂くような感覚は何?
「分からない」
――これは妄想?
「知らない」
――それとも…。
「いや。やめて。違うわ」
――本当に…。
「違う。やめて」
――人を…。
「そんなはずない。私は知らない」
――殺したの?
「いやあああああああ!」
私は頭を抱えて叫ぶ。その手は黒く厚かった。まるで人間の手ではなかった。
「嘘…。嘘よ…。こんなの嘘」
クロは深い闇の中でハッとする。
「そうよ。これは嘘だわ。知っているのよ。あなたは私ではないことくらい」
――?
「あなた、本当は獣なんでしょ?」
――獣って?
「黙示録の獣」
――違うわ。
「思い出したのよ。ウプ・レンピットで何があったか。私の頭に入り込んだ黙示録の獣は、シロの〈完全忘却〉によって私の記憶と共に消滅した。でも完全には消え去っていなかった。私の記憶と同じようにね。頭の奥底に残っていたのよ。そうなんでしょ?」
――違ウ。
「では、あなたは誰?」
――私ハ、クロ。クロ・オシリス。
クロは目を覚ました。隣ではシロが寝息を小さく立てていた。
「今のは夢…。あれ、何の夢を見ていたんだっけ…」
「クロ…」
シロは眠ったままクロに身を寄せる。
「まあ、いいか」
シロの頭を撫でるとクロも再び眠りについた。
そして闇の中に囚われた者がもう一人。
「ここは一体どこですの…?」
アミラルネだった。両手が手枷で繋がれており鎖の先は遥か頭上に繋がれていた。
「誰か!いらっしゃいまして?シロ様!クロ様!お父様!」
両足首も足枷により固定されている。アミラルネは身動きが取れないでいた。
――グシャッ
突如、アミラルネの胸を槍が貫く。
――これは…三又戟…?
「ガハッ!」
アミラルネは込み上げる血を吐き出した。
「な…ぜ…」
『君は6人目だからね、自由に出入りできるさ』
アミラルネの目の前に二つの影があった。
「あなたは…」
『ボクはキュビネ。神の遣いさ』
影の一つは羊のぬいぐるみであった。
「か…み…?」
『そう。魚人族は知らないんだっけ。369年前、君達の時間で言うと30年くらい前かな?…魔族と人族の最終戦争の最中、全ての存在の前に降臨した存在。そして世界の行く末を決める者』
「それが…どうして…妾に…」
『これは神の意思ではない。これはボクと、彼女の意思だ』
キュビネの横にある影は一人の少女のものだった。
『アミラルネ・チニォユ、君に【失われた神器】の使命を託したのは世界の復元力だ。神に逆らう意思だ。【失われた神器】は本来、神を殺すための武具。だから存在を抹消させた。これは警告だ。君がこのまま【失われた神器】を集め続けるかどうかは自由だ。だがこのまま神の意思に叛逆し続けるなら、ボク達はそれを許さない。必ずや君の前に立ち塞がるだろう。如何なる手を使ってでもね』
アミラルネは夢の中で気絶した。このまま時間が経てばやがて目覚めるであろう。
『ありがとうロジェ。このタイミングで警告できてよかった』
『ええ』
キュビネの隣の少女はそれだけ答えた。
『世界は復元させない。この世界はボク達のモノだ』
翌朝、シロ、クロ、アミラルネの3人は水渧宮を振り返った。
「本当に行かれるのですか?」
ヒナがアミラルネに尋ねる。
「妾がやらなければいけないことですわ」
アミラルネは優しく言った。
「クロ様、地上を頼みます」
大王ゲガンゲンはクロの目を真っ直ぐ見つめていた。
「はい。任せてください。ありがとうございました」
クロも大王をしっかりと見据える。
「それでは、また」
3人はカメの甲羅に乗り込む。カメは水渧宮からゆっくりと発進した。
カメは砂浜に乗り上げると3人を下ろし、海底へと沈んでいった。
シロはポシェットから地図を取り出して広げる。3人は現在、リュポクスから海岸線を東に進んだ場所にいた。
「アミラルネ、スピーダーは?」
「あの時は一つずつ【失われた神器】を回収するつもりだったので持ってきていましたが、旅に出る以上置いてきましたわ。地上では燃料を補給できませんから」
「そう。それじゃあ行きましょうか」
シロは地図から顔を上げる。
「王都アミールへ」
〈神判の日〉まで残り172日
この話はフィクションです。実在する個人、団体、出来事などとは一切関係ありません。
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