第52話 クロ vs トプロステン
〔これまでのあらすじ〕
黙示録の獣を撃破したシロとクロ。しかし仲間と離れ離れになってしまう。一方、遭遇したバンゲラに敗北を喫したパウクとイグニスはヴィトラとミヅイゥを置いて単独での行動を始める。
〈神判の日〉まで、1年の半分が終わろうとしていた。
クラードの街の強襲を撃退し、トプロステンにて落ち合ったクロと人界騎士団副団長デフテロ・セグド。
そこでクロは衝撃の言葉を宣告される。
「勇敢なる魔界の英雄達よ。弱き人界の人々のために死んでくれ」
デフテロ・セグドは俯きながら命じる。
「総員、魔女を二名を捕らえよ」
窓が、扉が、クロの背後の壁が、同時に爆破する。
三方から放たれる無数の矢がクロの体に突き刺さる。
そして十数人の騎士がクロに剣先を向けて取り囲む。
「デフテロ・セグド…ッ!」
全身から血を流すクロは正面の男の名を叫ぶ。
「すまない」
その瞬間、クロの肉体が爆発した。
「警戒態勢!状況を確認しろ」
舞い散る粉塵の中からクロの声がする。
「思い出したゼェ。力の出し方をナァ!」
――ドォォォォン
地下からの爆発。
クロの肉体はトプロステン騎士隊本部施設から投げ飛ばされる。
「緊急警報!」
街中に鐘の音が鳴り響く。
人魔境界線のレニカ・クラード前線が破られた際の内地防衛の要となる都市、トプロステン。そこは騎士だけの街。
「もう一人の魔女は宿に向かったそうだ。しらみ潰しに探し出せ」
「「「了解」」」
警報を耳にした騎士らは各々の配置に付く。彼らはいつか来るかもしれない"その日"のために備えていたのである。そしてついに、今日が"その日"となった。
クロは騎士隊本部施設近くの建物の前に倒れていた。その体からは下半身が吹き飛んでおり、上半身だけが仰向けの状態で寝ていた。
「魔女を発見。拘束する」
騎士がクロの体に触れようとした瞬間、突如としてクロの両脚が再生した。
クロは目を見開く。そしてそばにいた騎士の顎を蹴り上げた。
再生した両脚は真っ黒な硬い鱗に覆われていた。
――ドンッ
再びの爆発。壁上の砲台はしっかりとクロに狙いを定めていた。
「命中」
「続けて第二射用意」
クロがいた場所は削り取られて窪んでいた。爆風で巻き上げられた塵芥がクロを包む。
「目標を識別できません」
「位置そのまま。いつでも発射できるようにしておけ」
「「「了解」」」
――ボンッ
壁上で爆発が起こる。
砲弾が放たれる前に炸裂したのだろう。砲台は跡形もなく崩れていた。
そしてそこにはクロがいた。
後頭部には2本の角を携え、翼と尾を具えている。
黒い鱗は全身を覆い、両手の長い爪は人の赤い血に染まっている。
「…ふぅ」
クロは一息つくと壁上を蹴り、トプロステンの空へと飛び上がる。
それと同時に周囲が赤色の煙に包まれる。
「撃ち落とさなくていい。奴の視界を遮ることだけを考えろ。壁上射撃開始!」
警戒弾が撃ち込まれる。
「続けて弓兵部隊、投射開始!」
「「「炸裂炎矢!」」」
「「「炸裂炎矢!」」」
「「「炸裂炎矢!」」」
トプロステン上空に漂う赤色の煙霧を目掛けて壁上から無数の矢が放たれる。
矢はすぐさま破裂する。騎士達の頭上で爆発が連鎖する。
そして煙霧の中から黒色の物体が落下する。
「刀刃兵は落下予測地点に集結せよ」
――ドォォォォン
地響きと共に轟音が鳴り響く。
窪んだ穴の中で、クロは立っていた。
「雷轟大剣」
「烈火大剣」
「氷結大剣」
「水流大剣」
「土石大剣」
「疾風大剣」
落下地点に到達した騎士らは、クロを取り囲むようにして六つの型の剣戟を繰り出す。
しかしそれらはクロの尾によって弾かれ、一掃されてしまう。
背中に具えていた両翼は落下の衝撃によってもがれていた。
「白兵戦用意!」
クロに近く騎士たちは彼女の尾により一方的に叩き潰される。それでも尾を掻い潜ったとしても、両手に長く伸びた爪により鎧もろとも切り裂かれてしまう。
クロはその場から一歩も動かずにして、迫り来る騎士らを跳ね除けていた。
「白明発光」
突如、クロのそばの騎士が光を放った。
――ボンッ、ボンッ、ボンッ、ボンッ、ボンッ
夜の闇の中、目印を頼りに壁上の大砲が火を噴く。
この日、トプロステンで最も大きな爆発が起こる。
クロが地面を蹴る衝撃音が響いた時には、壁上の砲台の一つが爆発していた。
クロはゆっくり壁上を歩いていく。立ち塞がる砲台を一つずつ破壊しながら。
「―――という現状です、セグド副団長」
クロを取り囲んだ際の爆発に加えて、クロの覚醒の衝撃で騎士隊本部は大きく損傷し、わずかに離れた宿舎にて対策を講じていた。
「ついにクロの、化けの皮が剥がれたか。できるだけ生け取りにしたいところだが、最悪死体でも、あの姿ならば民衆は納得できるだろう。問題はもう一人…。シロはどこにいる?」
そこへ宿の確認に走っていた二等兵がやって来て報告する。
「副団長、シロという名の宿泊客はおろか、騎士以外の人間ははどこにも確認できませんでした。現在も所在不明です」
「なんだと?」
デフテロは騎士隊本部でのクロとの会話を回想する。
『シロはどうした?』
『全身を覆った騎士と先に宿に向かっているわ。あなたの命令でしょ?』
『……そうだな』
――誰のことだ?誰がシロを拐った?
その時、再びドアが開き、全身を黒い鎧で覆った騎士が現れた。
――バタン
と、ドアが勢いよく閉まる音が室内に響く。
「外してもらえるかな」
黒い騎士はそれだけ言った。
デフテロ・セグドを残し、他の騎士がすぐさま部屋を去る。
「貴様か、シロを拐ったのは」
デフテロは口を開く。
「そうだ」
黒い騎士が答える。
「どこにやった?」
「壁の外側」
「何のために?」
「私はシャンティーサ・フィコの命令で瞬間移動のスキルを使う少女を探している」
「貴様、シャンティーサ・フィコの使いか」
「人の話を遮る真似は感心しないぞ、デフテロ・セグド」
「………」
「今のシロとクロとはどうやら一緒にいないようだ。彼女らも行方をくらましているらしい。何か分かれば、シャンティーサ・フィコに伝えろ」
「ここのところ大事ずくめで忘れかけていたが、私は数日前に崩壊したレニカの街の跡地でシャンティーサ・フィコと相対している。奴は何を企んでいる?何をするつもりなんだ?」
「何も言っていなかったのか?」
「…魔族の殲滅と恒久の平和とだけ」
「ならばその通りだろう」
「そうだ、こうも言っていた。最終兵器オシリス」
「最終兵器オシリスだと?」
「聞いていないのか?」
「知らないな」
「お前…一体何者だ?シャンティーサに従っているようだが、傀儡のようには見えない」
「俺にも目的がある。今はそのために協力しているに過ぎない」
「お前の目的は?」
「教える必要があるか?」
「それもそうだな」
沈黙が流れる。そしてそれを破ったのは黒騎士だった。
「クロからは手を引け。騎士団に今の状態の彼女を止めることはできない」
「あれを放っておけと?世界が滅ぶぞ」
「これまで何を学んできたのだ?そうは言ってない。あれを止められるのはシロだけだ」
「シロはお前がどこかに隠したのだろう?」
「ここまでのことは想定していなかった。私のミスだ。代わりと言ってはなんだが、今からクロにちょっかいをかけてくるよ」
「やめろ。死ぬぞ?」
「言うな。最近になって体が軽いんだ。好きにさせてくれ。シロを見つけるくらいの時間は稼げるだろう」
そう言うと黒騎士は部屋を後にした。
――バタン
と、扉が勢いよく閉まった。
クロは壁上を砲台を一つずつ破壊しながら進んでいた。
黒騎士はクロを見つめている。
「見せてもらおうか、人を捨てた者の力を」
爆炎の中から、クロが飛び出した。
その瞬間、黒騎士は地面を強く踏んだ。
黒騎士の剣がクロの腹を貫く。
「ガアッッッ!」
しかし黒騎士が剣を引き抜こうとした時には、すでに背中に激痛が走っていた。黒騎士は街を囲う壁に叩きつけられていた。
そして正面からクロが迫って来るのが見えた。黒騎士は迷わず落下を選んだ。
クロは壁に激突する寸前に翼を使って飛び上がった。
黒騎士は大の字のまま地面に激突した。そしてすぐさま身体を起こす。
「なるほど、悪くない」
――思い切りじゃダメだ。8…いや、7割の力で…。
立ち上がると再び地面を蹴って壁上に着地する。
見上げると、月を背後に立つクロの姿があった。
――厄介なのはあの翼だ。肩甲骨の辺りから生えたコウモリのような大きなあの両翼だ。
「まずはあの翼を引き剥がす」
迫り来るクロを黒騎士は正面から見据え、その場で後方に宙返りをする。黒騎士の天地が逆転した瞬間、彼は剣を二度振った。
黒騎士が着地し振り返ると、壁上の向かいの縁に翼を切り取られたクロが激突して横たわっていた。黒騎士は近づくとクロを地面へと蹴り飛ばす。
動けなくなっていたクロは抵抗することもなく地面に落下する。血が噴き出し、全身の骨が砕けた。
黒騎士は壁に手を擦り勢いを減らしながらクロのもとへと着地する。
「死んだか?」
地平線の向こうから突如として地面と平行に飛来した一本の剣が黒騎士を貫こうとする。
黒騎士は刃を横に向け、平らな面で剣先を受け止める。飛来した剣は黒騎士の剣に突き刺さり静止したものの、突き刺さった一点から刃全体にヒビが入り、やがて粉々に砕けた。
飛来した剣は上昇し、続いて黒騎士の脳天を狙う。
黒騎士は地面を蹴ると肉塊となったクロを飛び越えて着地する。
剣は黒騎士のいた場所に突き刺さり、すぐさま起き上がったクロの手に収まる。
参幵剣は次なる所有者を選んだ。
黒騎士は三本目の剣を抜く。
「これで最後なんだ。丁重に手合わせ願おうか」
クロは参幵剣を振り回しながら黒騎士に接近する。
クロの力任せな攻撃を黒騎士は一撃一撃丁寧に自らの剣で受け止めていく。辺りを見回しながら、少しずつ後退していく。
――見つけた。
そしてシロは喧騒に目を覚ます。満天の星空。そこに剣が擦れる音が響いていた。
シロははっとして身体を起こす。
少し先でクロと黒騎士の切り合いが見えた。
「クロ!」
シロはその場に駆け寄る。右手をポシェットの中に突っ込んで鉛筆を取り出す。
「シロか!加勢しろ。クロを止めるんだ」
黒騎士が叫ぶ。
「何を言って…あなたは私を襲ったじゃないですか!」
「そのことは謝る。すまなかった。だが今の彼女をよく見ろ。コイツは正気を失っている。平気で人を殺すぞ!」
「そんな…クロが人を殺すわけないっっ!!」
シロはクロを見る。
「クロ!そうだよね!?」
クロはシロを見る素振りもせずにただ剣を振り続ける。
「どうしちゃったのクロ!答えてよ!」
「今のクロには無理だ!剣を抜け!シロ!」
シロはその場で立ち尽くしながらクロと黒騎士を交互に目で追う。
「そんな…。こんなの…こんなのおかしい!」
シロは鉛筆を握り締める。
「〈轟斬撃剣〉ッ!」
虹彩の縁が真っ赤に染まる。
「私がクロをっ!元に戻しますッッ!」
〈神判の日〉まで残り174日




