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オシリスの羊たち  作者: 白黒羊
第3章 秋

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第51話 人界の魔女

〔これまでのあらすじ〕

黙示録の獣を撃破したシロとクロ。しかし仲間と離れ離れになってしまう。一方、遭遇したバンゲラに敗北を喫したパウクとイグニスはヴィトラとミヅイゥを置いて単独での行動を始めてしまう。

〈神判の日〉まで、1年の半分が終わろうとしていた。

クロを捕えるため送り込まれた第6王子アデルはガーゴイルの群れを引き連れてクラードの街を強襲。シロとクロに敗北を喫したアデルであったが、その頃クラードの街は火の海と化していた。


クラードの街に向かう途中のシロとクロの前に5人の騎士が立ちはだかっていた。

「あなた…名前は…?」

「……マルセス。マルセス・マルサス」

「そう。マルセス。私はクロ。この子はシロ。お願いだから信じて。あなた達も。私たちは何もしないわ」

マルセス以外の4人の騎士はお互いに目配せをし合う。

「チクショウ…チクショウ……チクショウ…」

マルセスは呟く。その拳は硬く握り締められていた。

「ああ。そうだな。それはできねぇよな。…サディークス」

マルセスは隣の騎士を殴りつけると弓を取り返す。

シロはポシェットからマギアスを取り出す。

「シロ!」

「大丈夫です、クロ。今度は間違えませんから」

シロはマギアスのページをめくる。

「紡がれるは蜘蛛の糸よ。主たる想景を結び顕現せよ。蜘蛛綾取(ファデラーノ)!」

虹彩の縁が赤く染まる。

シロは騎士達を指差す。指先から放たれた透明な糸は5人の騎士を縛り付け、地に伏せさせた。

「クソッ、なんだこれは。糸がベタついて引き剥がさない…!」

「なんちゅうスキルだ。初めて見たぞ」

「ありがとう。上出来ね。シロ」

クロは感心している。

「まさかパウクの蜘蛛綾取まで使えてしまうとはね」

「はい!威力は弱いですが」

「十分よ。行きましょう、シロ」

「はい」

シロとクロはその場を後にしようとする。

「待て」

2人の背中に一人の騎士が声を掛けた。

「お前ら、シロとクロとか言ったな。手配書に載っていた奴らだ」

2人の足が止まる。

「だったら何?」そうクロが答える。

「絶対に許さない」「覚えておけ」「お前らの好きにはさせない」「必ず捕まえてやる」

騎士は口々に2人を罵る。

クロはシロの手を取ると走り出した。


「はぁ、はぁ、はぁ。ここまで来れば、大丈夫でしょう」

シロとクロはマロゴコの丘の下に広がる森に入っていた。

「正直しんどいわね。ここで少し休みましょう」

「クロは寝ていて下さい。私が辺りを警戒しておきます」

「大丈夫よシロ。あなたが休みなさい」

「そんな…。クロはもう限界じゃないですか」

アデルとの戦闘での力の解放に続いて騎士からの逃走。クロが肩で息をしていることは一目瞭然であった。

「そうね…。パウクハウスでもあればよかったのに」

クロは半ば投げやり気味にそう吐き出した。

「…ですね。パウクさん、それにイグニスさん、ヴィトラさん、ミヅイゥ……。大丈夫でしょうか」

「そのことなんだけど、考えていたことがあるの」

クロは木の根元に座り込んで話し始めた。

「シロ、トプロステンでデフテロ・セグドと落ち合った後、私達は内地に行きましょう」

「内地。さらに東へ向かうってことですね」

「そうよ。おばあちゃんは魔界でオシリスの羊を見つけられなかった。だから人界にいると踏んで私は旅を始めた。だから本来ならば、3人目は人界の奥にいるはずなのよ」

「なるほど。分かりました」

「ええ。そして3人目のオシリスの羊を探しながらみんなのことも探す。特にミヅイゥは、ね」

シロは頷く。

「最悪のケースは、みんなが魔界に飛ばされた可能性…」

「そうね。それに関しては運に頼るしかないわね。でももう時間がない。まずは3人目のオシリスの羊を見つけることから始めましょう。みんなが人界の奥に飛ばされている可能性もあるからね。途中で見つけられるかもしれない」

「分かりました。行きましょう。内地へ」


そして日が暮れて夜がやってきた。

「唯一の万物に新たな浮行能を与えん。箒浮航行ジェットストリーム

シロは握り締めた木の枝に術をかける。枝を水平に倒すと、地面から少しだけ浮き上がったまま静止した。

シロとクロは枝に跨る。

「行きます!」

シロが地面を蹴ると枝は人の頭の高さほどまで浮かび上がった。

そして握りしめている枝先を下に僅かに傾けると枝は前へと動き出した。

クロはシロの腹に手を回して背中に体をくっつける。

枝が加速する。

木々の間を飛んで森を抜けると、目の前に崖が迫った。

シロは枝の先を崖に沿わせるようにゆっくりと上向きに傾ける。

枝の動きは先端を中心に反り始め、崖と平行に勢いよく進んだ。

崖を越えるとそのまま空高く飛び上がった。

背後には大きな月と数多の星が、目下には広大な草原が広がっていた。

シロは枝の先を水平に戻す。2人は星空の下で止まった。

草原の先に街の明かりが見えた。

「あれがデフテロ・セグドの言っていたトプロステンね。早速向かいましょう」

「はい」

シロは枝の先を下に倒す。枝は下降すると草原の上をトプロステン目指して進んだ。


トプロステンの城壁が見えてきたところで2人は枝から降りた。

「そこの2人、止まりたまえ」

城門へと続く舗装された道を歩いていると背後から男の声がした。

逃げれば余計に怪しまれる。2人は従うほかなかった。

シロとクロはゆっくりと背後を振り返る。

そこには全身に甲冑を纏った騎士がいた。

その姿は人界の騎士にしては明らかに異様であった。しかしパウクとは甲冑の形状が異なっていた。

「クロとシロだな。デフテロ・セグドに引き渡しを命じられている。同行願おうか」

シロとクロがトプロステンでデフテロと落ち合う話は3人と、たまたまその場にいた連絡係の騎士だけ知りうることであった。

――つまりこの騎士は、本当にデフテロから依頼されている。

クロはそう判断した。

「助かります。よろしくお願いします」

騎士はスタスタと2人に迫り、シロとクロの間を通り過ぎると脇目も振らずに城門へと向かって歩き始めた。

シロとクロは静かに騎士の後へと続いた。


城門が近づくと騎士は突然立ち止まった。

「クロ、これを門兵に見せるんだ」

そう言って騎士は一つの巻物をクロに差し出した。

「これは?」

「通行許可証。トプロステンにはこれがないと入れない」

「分かりました。ありがとうございます。デフテロ・セグドはどこにいますか?」

「街の中央広場の目の前にトプロステンの騎士隊本部がある。彼はそこにいる」

「分かりました。シロ、行きましょ」

「待て」

クロが通行許可証を受け取ろうとすると騎士はその手を引っ込めた。

「デフテロ・セグドのもとへはクロ一人で行ってもらう。シロは私と来い」

「どうして?」クロは訝しむ。

「それが彼の命令だ。条件を飲まないのならば許可証は渡さない。君はデフテロに会うことはできない」

「シロをどうするつもり?」

「先に宿に送り届ける。そこに行くには北側の門から入った方が近い」

「信用できない」

「クロ」

シロはクロにだけ聞こえる声量で呟いた。

「大丈夫ですよ」

「…分かった。許可証を」クロは手を差し出す。

「信用していただけるのかな?」

「勘違いしないで。私が信じるのはシロだけよ」

「結構」

騎士はクロに許可証を渡した。

「ではシロ、行きましょうか」

「はい」

騎士は道を逸れ、草の上を歩き出す。

「気をつけて」

クロが囁く。

「はい。クロも気をつけてください」

シロは騎士の後を追う。クロは舗装された道を行く。

騎士に追いついたシロは黙ったまま後に続く。

クロの姿は闇に消えすでに見えなくなってしまっていた。

すると騎士は突然口を開いた。

「シロ、君の仲間に〈瞬間移動(テレポーテーション)〉のスキルを使う子がいるな?」

――ミヅイゥのことだ。

シロはすぐに察した。

「知りません」

「そうか。残念だ」

騎士はそう言うとその場に立ち止まった。次の瞬間、騎士は目の前から消えていた。

「〈轟斬撃剣(エクセス)〉」

虹彩の縁が赤く染まる。

シロはポシェットから鉛筆を取り出しつつ振り返ると背後に迫った騎士の刃を剣で受けた。

「素晴らしい反応速度。流石だ」

それから騎士の怒涛の連撃が始まる。シロはそれを捌くことが精一杯であった。

「どうして、こんなことするんですか!」

シロと騎士は互いに剣を交えながら言葉を交わす。

「確認したいのですよ、あなたの実力を」

「わたしの、実力?あなたは、何なんですか」

「それは今、関係のないことだ」

「なら今、関係のあることとは?」

「私について来れているという事実。あなたは噂通りの人でした」

騎士はシロの剣を巻き込むと弾いた。そのままシロの首筋に刃を沿わせる。

「ここまでにしましょう」

「はぁ、はぁ、はぁ」

「手合わせのお礼に一つ教えておきましょう。シャンティーサ・フィコは生きています。用心なさい」

「…ッ!あなたは…?」

「そろそろ時間でしょう。それではまた、どこかで」

雲が流れ月明かりを隠した。騎士は闇の中に消えた。

「がアッ!?」

騎士に一撃を喰らったシロもまた、闇の中に倒れた。



――コンコンコン

城門を何事も無く突破したクロは騎士隊本部の建物の戸を叩いていた。

「誰だ」

扉が開き一人の騎士が応答する。

「私はクロ。デフテロ・セグドに呼ばれてやって来ました。彼に引き合わせてください」

「そこにいろ」

扉か閉まる。わずかに間を開けてから扉は再び開いた。そこに現れたのはデフテロ・セグド本人であった。

「よくやってくれた。入ってくれ」

デフテロは建物の中心の廊下を奥まで進む。

「シロはどうした?」

「全身を覆った騎士と先に宿に向かっているわ。あなたの命令でしょ?」

「……そうだな」

デフテロは廊下の奥の部屋の扉を開けた。

「中へ」

「どうも」

クロが先に入り、続けてデフテロも中に入る。

部屋に入って正面には机と椅子のセットがあり、その前にはソファが向かい合わせで配置されていた。

「適当に座ってくれ」

「ええ。でも立ったままでいいわよ」

「そう言わずに」

デフテロはソファに座る。向かいのソファを手で指し示した。

クロもソファに座る。

「どうやらクラードの街も大変だったようね。街から出てきた騎士に襲われたわよ」

「それに関してはこちらの落ち度だ。謝罪する。ガーゴイルをあれ以上内地に入れないための策だった。だがそのために、我々はまた一つ街を失った」

「ガーゴイルが人を襲った、と」

「そうだ」

――マズいわね。これで魔族の印象は最悪よ。

「それにしても…」

デフテロはついに切り出す。

「ガーゴイルを指揮していた存在、この事件の首謀者は見つかったのか?」

「ええ。もちろん」クロはデフテロの奥の壁を見つめながら答える。

「首謀者は魔王第六王子、アデル・サタナス」

「王子だと?」

「ええ」

「魔王は戦争でも起こすつもりか?」

「そんなことは知らないわ。私はただの一魔族なだけですから」

「それもそうだな。奴はどうした?」

「戦って、その後に事情聴取をしようとしたら自害した。もはや動機は推測する他ない」

「なるほど。よく分かった」

「それで、私たちの処遇はどうなるの?」

「ああ。セントプリオース、ベッヘルム、プロリダウシア、レニカの街、そしてクラードの街。今までの功績を鑑みて、これを切り捨てることはできないと結論付けた。君達には是非とも和平のために協力してもらいたいと思っている」

「それって…!」

デフテロは頷いた。

「王立騎士団はクロ及びシロの手配を破棄し、行動の自由を保障しよう」

「ありがとう。人魔の平和のためならいくらでも協力させてもらうわ」

「ああ」デフテロは改めてクロの目を見る。

「クロ、そしてもちろんシロ、君たちは英雄だ。魔族でありながら、何度も人族を救ってくれた。この恩を忘れることはないだろう」

「そんな、大袈裟よ」クロは笑う。

「人界騎士団副団長として面目が立たないことは承知で言う。君たちへの最後の頼みを聞いてはくれないだろうか」

「もちろん。最後なんて言わずにいつでも頼ってほしいわ」

「……ありがとう。先のレニカの街に続いて、クラードの街まで壊滅してしまった。我々は何よりも先にその原因を究明し、一般市民を安心させなければならない。いや、騎士の中にもこの事態の説明を求める者が多くいることだろう。しかしクロの言う通りならば、首謀者は死にその亡骸も欠損している。例えそのことを伝えたとして人々を納得させることはできるだろうか。彼らには一目瞭然たる断罪が必要なのだ。だから私は宣言する。今回の事件は魔界から侵入した魔女二名により引き起こされたものだと。そして我々騎士団はすでに魔女を捕らえていると」

「…え?」

「勇敢なる魔界の英雄達よ。弱き人界の人々のために死んでくれ」

デフテロ・セグドは俯きながら命じる。

「総員、魔女二名を捕らえよ」

窓が、扉が、クロの背後の壁が、同時に爆破する。


〈神判の日〉まで174日

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