かいづち村奇譚
ホラー要素、あまりないかもしれないけど。
どっちかと言うとローファンタジーかもしれんけど。
どっちかって言うと人間の狂気的な想いの方が怖いかもだけど。
だけど書いてみました。
俺の母方の祖父母が住む■▼市は、東海地方の……海沿いの田舎の地域だ。
主に第一産業で成り立ってるほど自然が豊かな地域で、海だけでなく山もあり、それらが目当ての観光客が毎年多い。
俺も含めて。
俺は祖父母が住むこの■▼市が好きで。
毎年長期休みに、必ず祖父母の家に遊びに行っていた。
そしてその都度、俺は海や山で、■▼で出来た友人と一緒に遊んだりしたもんだが……遊びに行こうとする度に、俺は祖父母に、必ずある警告をされた。
――かいづち村があった場所には近付くな。
■▼市の子供が、必ず大人に言われるお馴染みの警告だ。
かいづち村。
それは■▼市の伝承に登場する村。
かつて、■▼市の海に……大昔に起きた大地震で沈むまでは存在したという小島こと、碧之島にあった幻の村、らしい。
その村を遠くから確認した、■▼市の住民の先祖が残した言い伝えによれば……その村人は常に、たとえ真夏でも全身を隠すような格好をし。声を出さず。そして春分の新月の夜になると村人は、海で採れた魚を、彼らが崇拝する神に生贄として捧げ、不気味な歌を歌っていたという……考えるだけで不気味な村だったという。
そしてその村の住民は、滅多に本土にはやって来ず。
本土の人間の方も、そんなかいづち村の住民とは、あまり関わらないようにしていたらしい。
ちなみに、反対に本土の人間は、碧之島に上陸できない。
なぜならば、かいづち村の住民は……不公平な事に、縄張り意識が非常に強く、島に入ってきた余所者には制裁を与えるらしいからだ。
そして、それ故に。
大地震が起こった際も……彼らは島を離れず。
島が海の中に沈んで以降も、彼らの霊はその島の周囲に留まり……島に近付いたモノを、海の中に問答無用で引きずり込んでしまうという。
小さい頃は、それを聞いただけで怖いと思い。
友人と海で泳いで遊ぶ際も、その碧之島があったとされる海域の近くには、絶対に近付かないようにしていた。
だけど、今や俺は中学生。
親と一緒でなくとも■▼市まで電車で行ける歳だ。
確かにその伝承で語られるかいづち村の住民は気持ち悪いとは思うけど、だからと言っていつまでもその伝承を真に受ける歳ではない。
だから俺は、今年の夏も。
■▼市の友人達……もはや幼馴染と言ってもいいみんなと一緒に、かいづち村を探そうなどと。
アトランティスやムー大陸を探すようなノリで、電話で約束をして。
そして■▼市に、またやってきた……けど。
※
「ねぇ君ぃ、ちょっとしたバイトをやってみない?」
如何にも怪しい誘いを、■▼市の駅から出ようとした時に受けた。
振り返って、声のした方を見てみると……そこにいたのは俺よりほんの少し年上くらいの……大学生くらいの女性。
「え、いきなり何ですか?」
それも、ただの年上の女性じゃない。
化粧をほとんどしなくても、綺麗な部類に入る整った目鼻立ちに、たわわな胸、引き締まったくびれと……すれ違った男性のほとんどを振り向かせるんじゃないかと誰もが思うであろうトンデモない特徴を備えた、ボブカットの美女だった。
しかも、かすかに……甘い、良い匂いがする。
そしてそんな美女と対面して、ただの中学生である俺はただただ困惑した。
知り合いに、こっちでの友人も含めて何人か女の子はいるけど、誰ともカレカノとして付き合った事はない。そんな俺が、ナイスバディな美女に声をかけられて、動揺しないワケがない。
「私、隣の駅の近くの大学で水中考古学を専行してる、沢口というんですけどぉ」
女性――沢口さんが甘ったるい声で、俺に話しかけてくる。
その声に聞き惚れていた俺は。その声のせいなのか、香りのせいなのか、警戒心が薄れてしまっていた俺は、一瞬彼女が言った事を理解できなかったが……そんな事は気にせず、彼女は続ける。
「先日、同じゼミの仲間から、ここ■▼市近海に存在したという碧之島の事を聞きましてぇ。卒業論文のテーマをそれにしようと思って、先日から■▼市のいろんな方に伝承を聞いて回っているんですけど、みなさん碧之島の話題を出すと決まって口を噤んでしまいまして。それでちょっとやり方を変えましてぇ……■▼市に度々遊びに来ている君なら、いろいろとお話ししてくれるんじゃないかなぁ、と思って声をかけたんですよぉ」
「碧之島……かいづち村の?」
いったいいつから、俺の事を狙っていたのか。
ふと、そんな怖い疑問が浮かぶが……沢口さんの声を聴き、彼女の香りが鼻孔を刺激する度に頭がぼーっとして……そのまま俺は訊ねる。
「そうそう、それそれぇ!」
答えるなり、彼女は満面の笑みを作り、俺を指差した。
「ちょっとの時間でいいからぁ、その島と……村の事、話してくれないかなぁ? もちろんお礼は、は・ず・む・か・ら♪」
両手を合わせ、小首を傾げ、ウインクをしながら沢口さんは俺に言ってきた。
俺は思わず、そんな沢口さんに見入っていた。だって彼女のたわわな胸が両腕で挟まれてさらに強調されて…………ガン見しない、彼女なしな男子中学生などいるワケがない!
というか、お礼…………バイト、と最初言っていたけど……金銭かなぁと思っているけど…………同時に、エッチなお礼までも想像してしまう。
だってそれくらい全身凶器なトンデモ美女だから……そんな美女にお礼だなんて言われて、エッチな妄想をしない男子中学生などいるワケがない!!
※
それから俺は、沢口さんに近くの喫茶店に誘われて。
そこで俺は、俺が知っている限りのかいづち村の事を話した。
沢口さんはふんふんと、鼻息を荒くしながらメモを取った。
そしてメモを取るのを終えると、彼女は今思い付いたかのように「そうだ。もしそのぉ……君が友達と一緒に潜っている海域に案内してくれるなら、最初に言ったお礼よりもっと凄いお礼をしてあげるんだけどぉ、どうかなぁ?」と、上目遣いで訊いてきた。
その姿を見た俺の胸が、高鳴る。
トンデモない美女と向かい合って座っているだけでも、ほとんどの運を使い果たしたんじゃないかって感じなのに……さらに凄いお礼、だと!?
「ぜひ」
即答だった。
というかここで否と答えたんじゃそいつは男じゃない!!
それに、たとえエッチなお礼じゃなくて……金銭的なお礼だったとしても、構うもんか!!
トンデモない美女な沢口さんの論文の手伝いができるってだけでも。大昔に存在した村を調べるという仕事な時点でも魅力的な誘いなんだ。ついでに言えば俺は、年に二、三回、■▼市に電車で遊びに行く関係で、他の月の小遣いを節約しているんだ。ここで大金を手に入れといて損はないッ!!
「決まりだね!! じゃあ、大人達にとやかく言われないようにぃ――」
※
「蒼汰、なに鼻の下のばしてんの」
喫茶店から出て、沢口さんを見送った後の事だった。
突然背後から、聞き覚えのある声――■▼市で出来た女友達の一人である、阿川瑞葉の声が聞こえてきて、ビビった。
いつの間に背後に!?
いやそんな事よりも!!
「び、ビックリしたぁ。なんだよ瑞葉、いきなり声をかけんなよ」
俺を始めとする他の男女混成の幼馴染と一緒に、海に潜るのに邪魔なのか。
いつからか俺を始めとする男子と似たような髪型にしている瑞葉に、俺は言う。
「ふぅ~~ん……オタノシミのところ、悪ぅござんしたわね」
ジト目と共にそんな台詞を返された。
な、なんだよ。まるで俺が悪いかのような感じじゃないか。
「つうか鼻の下なんか伸びてねーし!! お前の錯覚だし!!」
「ふぅ~~ん……その割には、顔が赤いじゃない。まったく、男ってのは馬鹿ね。あんなハニトラに簡単に引っ掛かるなんて」
「んだと」
さすがに怒りを覚えた。
「誰が馬鹿だ! つうかハニトラって言うけど、沢口さんは俺にこの■▼市の事を訊いただけだ! 別に悪い事とかしてねぇし!」
嘘は言っていない!!
それなのに俺だけじゃなく沢口さんまで馬鹿にされて……許せねぇぜ!!
「でもさっきの人、かいづち村の事を嗅ぎ回っているそうじゃない。この■▼市に住むみんなが忌避してるかいづち村の事を。怪しくない?」
「論文書くのに必要なんだよ! 訊くのは当たり前だろ!?」
「…………蒼汰、まさか……話したの?」
「……ッ」
しまった。
怒りに任せて瑞葉に要らん事まで話しちまった。
■▼市についての部分から。
かいづち村に関するくだりまでを。
ま、まさか瑞葉による誘導尋問だったのか!?
「と、とにかく!! 俺はもう荷物を置きに一度じいちゃんちに行くからな!! 海で遊ぶ約束は明日なんだから、それまで休ませろ!! 半日近く電車で揺られて疲れてんだよ!!」
そして、幼馴染に振り回された俺は。
振り回された事実を頭から消し去りたくて……瑞葉が何か言おうとしたのを無視して、すぐに祖父母がいる家へと走っていった。
※
「蒼汰、今日は絶対に……かいづち村に近付いちゃいかんぞぉ」
夕食前の事だった。
祖父母の……少し前に建て替えられた、今時のバリアフリーな家の居間で休んでいた俺は、じいちゃんにそう声をかけられた。
「なんだい、じいちゃん」
疲れもあるため……というか休み始めてから、瑞葉の家が■▼市にいくつかある名家の分家だったのを思い出し……もしかして瑞葉にさっき失礼な事をしたせいで村八分な事になったりしないよなぁと心配になり、気落ちしていた俺は……気落ちしたままじいちゃんに訊ねた。
「海がのぉ……漁師の、勝次さんがのぉ……光ってるゆうんじゃぁ。ありゃぁかいづち村の、住民が戻ってきてるんじゃぁ」
「…………何言ってんの、じいちゃん」
海が光るだなんて、今じゃ解明されている海洋生物学的な現象でしょ。
ウミホタルにホタルイカ、夜光虫に……確かクラゲの中にも光るのいるでしょ。TVでも何度か紹介されたじゃん。まさかボケ始めてるのかなぁ。幽霊だなんて。
いや、でもなぁ……もうすぐ、かいづち村の住民が不気味な儀式をするっていう春分の日だしなぁ。
というか俺の通う中学の春休み――初日たる今日が、春分の日の前だから、必然的に春分の日にすぐなるんだよなぁ。
でも、去年の春休みにはそんなこと言ってなかったのに……まさか、最近の異常気象のせいで海の環境でも変わったのかなぁ。
だとしたら、明日の瑞葉達こっちの幼馴染と一緒に海に行く約束……どうなるか分かったモンじゃ……いや、それ以前にあんな別れ方をして、これからも幼馴染でいてくれるのかな、瑞葉……。
「…………ふぅん、そうなんだ」
だけど、今日の夜の約束もあるので……俺は、今はその事をあまり考えず、夕食をばあちゃんが持ってきてくれるまで仮眠をとる事にした。
※
「遅いよぉ、ソータくぅん」
夜。
俺はじいちゃんばあちゃんが眠ってからこっそりと家を抜け出し……沢口さんとその友達が待っている船着き場に行った。
そこには、沢口さんの友人である能都さんが所有しているという、フィッシングクルーザーがあり、沢口さんと能登さん、そして二人の友人である風間さんと佳山さんが既に乗っていた。
しかも、ダイビングスーツ姿で!!
沢口さんだけでなく、他の三人も……大学生だからなのか、それとも、類が友を呼ぶ的な繋がりなのか、とにかく沢口さん以外の三人も大人な女性の魅力が溢れる人達なせいで胸が高鳴るのに、沢口さんに負けず劣らずな感じでスタイルが良いのが、ダイビングスーツのおかげで丸わかりで、俺はもう目のやり場に困った!!
「んで、ボクちゃんか……案内役は」
天然パーマな能登さんが訊いてくる。
というかボクちゃんって呼び方やめてくれない恥ずかしいし!!
「やだ可愛い~♪ 恥ずかしがってるぅ♪」
腰まで届く長い黒髪が特徴の風間さんが、俺を見て言ってきた……余計に恥ずかしい!!
「ったく。これだからショタコンはッ」
腰まで届く長い金髪が特徴の佳山さんが、その金髪をガリガリかきながら言う。
というか風間さんってショタコンだったのか……もしかして、本格的にムフフな事が起こっちゃったり!?
「それじゃぁ、さっそくレッツラゴーだよぉ!」
そんな三人の言葉を無視して、沢口さんが発進の指示をする。
するとすぐに、四人が各々フィッシングクルーザー発進のために動いたので……俺はすぐに船に乗った。
※
俺の役目は、■▼市のみんなといつも潜っている海域――かいづち村があった、碧之島が沈んでいるとされる場所まで四人を案内する事だ。
最初に沢口さんと会った時に、口頭で場所を教えればよかったかもしれないけど『見ると聞くとは大違い』ということわざの通りに、口頭で言った事と現実との間に差異があるかもしれない。
だから俺が直に案内する事になったのだ。
「それじゃぁ先に入ってくるねぇ」
俺が案内した、目的の海域に何事もなく着くと。
沢口さんはそう言って、能登さんと一緒に、酸素ボンベとかを装備してからエントリーする。ついでに言えば……その両手に、何やら……俺が見た事もない、機器を持って。
アレかな。
金属探知機的な。
「…………ん?」
すると、その時だった。
俺はふと、違和感を覚えた。
…………何事も、なく……?
「プハァ!!」
すると、その時だった。
なんとも早い事に、能登さんが海面に上がってきた。
というか大丈夫かないきなり浮上して!?
水圧とかの関係で、ちょっとずつ体を慣らさないと大変な事になるよ!?
「いやぁ~、まさかの発見だよみんな」
しかし能登さんは、何事もないかのように俺達に話しかける。
「今、沢口がさらなる調査を進めてるけど、手が全然足りなくってねぇ。二人も手を貸してくれない?」
「ウソぉ!? いきなりビンゴ!?」
「なんか都合が良過ぎないか? そこの坊主が友人と潜っても見つからなかったんだろう?」
風間さんと佳山さんが意見を出す。
確かに、俺達が潜っても何も見つけられなかったハズだけど。
というか坊主って、佳山さん……。
「祭壇と思われる場所……洞窟がね、うまい具合に岩で塞がれてたんだよ。それも二つも。正面玄関的な巨大な洞窟を、大きい岩が。そして隠し通路的な狭い洞窟を小さい岩が……って感じで」
ッ!? か、隠し通路!?
そんなのがあったのか……全然気付かなかった!!
「あんなに巧妙に隠されてたら、私達のようなプロじゃなきゃ見つけらんないね。それで、小さい岩をなんとかどかしてね、どうにか道が出来たんだ。だから、二人にも調査を手伝ってほしいんだ」
「オッケー♪」
「よっしゃ、やったるわ」
そう言って、すぐに風間さんと佳山さんがエントリーする。
「というワケで、ボクちゃん。留守番よろしく♪」
さらにはそう言って。
能登さんも再び潜った。
というか、大学生なのにもうプロなのか。
俺達に見つけられなかった隠し通路を見つけちゃうだなんて。俺達でさえ見つけられなかったから、沢口さん達にも絶対見つけられないと思ったのに。見つからずとも、連れてくるだけで満足してくれると思ったから、ここまで連れてきたのに。
「…………ヤバい。どうしよ」
一緒に碧之島を見つけようと、こっちの幼馴染達と約束したのに。
まさか、沢口さん達に最初に発見されるだなんて……予想外の事態が起こって、冷や汗が出てきた。
沢口さん達が困っていたから。
沢口さん達の魅力にアテられたから。
そして……俺には金が必要だったから。
ただそれだけの事で……俺は、こっちの幼馴染達との約束を……いや、半分程度アソビの感覚だったかもしれないけど……それでも、半分以上は本気だった。
――自分達で、碧之島を見つけよう。
なのに、俺は……余所から来た沢口さん達に協力して。
彼女達を、誰も見つけられなかった碧之島の第一発見者にしてしまった。
友人達との約束と。
信頼とを、引き替えにして。
お、俺は……俺は……くだらない事のために。
掛け替えのない、大切なモノを犠牲に、して……。
「いやぁ、大量大量♪」
そして、俺が自己嫌悪に陥り。
明日からどんな顔をしてみんなに会えばいいのか……悩み始めた時だった。
沢口さん達が、戻ってきた。
とは言っても、いきなり船には上がらない。
初めに……何かがいっぱい詰まった網袋を船に上げて…………そして、その網袋の中には……緑色に光る、鉱石のような物が入っていた。
「…………ぇ……?」
「いやぁ、ソータ君が案内してくれたおかげで、宝物がたくさん見つかったよぉ」
沢口さんは笑顔で船に上がってきた。
そんな彼女に続く形で、他の三人も上がってくる。
「これたぶん、碧之島の住民が儀式の時に使ってた装飾品の類だよぉ。絶対売ったら当分遊んで暮らせるよぉ」
「…………沢口、さん……? な、何を言って」
「あ、そうそう。ソータ君」
沢口さんは、俺の質問に答えずに。
まったく笑顔を崩さないままに、ずい、と……いくつかある、装飾品が入った網袋の一つを俺に差し出した。
「約束通りぃ、ソータ君にもあげなきゃねぇ。お礼として、私達の獲物の一部を」
「…………沢口さん達って……いったい――」
「ゴチャゴチャ言ってねぇでさっさと受け取れよ」
俺の質問は。
未だに笑顔だけど……そのまま声を荒らげた沢口さんに遮られた。
その瞬間。
俺の中で初めて。
沢口さん達……相手の事が、何も分からないが故の恐怖が芽生えた。
「君はもうとっくに、私達の共犯者なんだよ」
能登さんが、俺を見下すように見ながら告げる。
「ほんっと、男ってバカだよねぇwww ちょっと可愛い感じで声かけたらすぐに私達のオネガイ聞いてくれるもんwww」
嗤い声を上げながら、風間さんが俺に向かって言う。
「おっと、受け取らないならそれはそれでお前さんの処遇は決まってるからな」
いつの間にか、俺の後ろに回っていた佳山さんが……俺の背に、冷たくて尖っている物を――ナイフと思われるモノを、当てた。
俺の背筋に、寒気が走り。
冷や汗が、全身からブワッと吹き出る。
命の、危機が。
すぐそばに迫っていた。
「受け取って、私達の事を誰にも言わなければそれでよし。君としても、良い話でしょぉ? 誰にも話さなければ、君は、それなりに金を得られるんだから。■▼市の友人達に知られずに、さぁ」
まるでゴミを見るような目で、沢口さんが俺を見る。
「ちなみに、かいづち村の祭壇にはもう何も残っていないから、これらがかいづち村の物であった証拠は存在しない。だから気兼ねなく君はそれを換金すればいい。ちなみに、宝物だけ受け取って私達の事をチクろうなんて思わない方がいいわよ? 私達にはまだ仲間が――」
「おい沢口!!」
そして、俺が沢口さん達への恐怖のあまり……何も言えないでいる時だった。
佳山さんが、突然沢口さんの台詞を遮ったかと思うと、青ざめた顔をしながら、続けてこう言った。
「気付かれたぞ!!」
誰に、という疑問が真っ先に湧く。
だけど、その疑問の事を長く考える事はできなかった。
ズブリ、と……背中に、冷たく、硬い何かが入り込む感覚がした。
かと思えば、体中から力が抜けて。
その一瞬の隙を突いて……沢口さん達は俺を網の中に入れて……。
※
私達は、ハッキリ言えば泥棒だ。
それも、とある国際窃盗団の……今まで何度も顔と名前を変えてきた構成員だ。
ちなみに、その窃盗団に名前はない。
ついでに言えば、派遣業のようなモノで、標的とする宝物の情報によって、それを奪取するのに適したメンバーを、上層部によって決められ派遣される……という仕組みの組織だ。
なので、上層部については何も知らない。
それから、今回組んだ三人の本名すら知らない。
そんな中で私達は、今回のかいづち村関連の宝物の奪取作戦を決行。
情報源としてこちらに協力させた、現地に親戚がいるという少年の案内により、かいづち村の場所を特定。
まんまとその財宝を奪取する事に成功した……のだが。
海が、ところどころ光っているのが見えた。
あれは、組織の上層部からあらかじめ伝えられていた現象。
かいづち村の住民が、春分の日の儀式のための準備をしていると、現地では思われている謎の現象。
その光を目撃した者は、二度と陸には上がれないとされている発光現象だ。
基本的に、心霊現象やオカルトチックな伝承については信じていない私達だが、そういう言い伝えの背景には、なんらかの事実が含まれているものだと知ってる。
だから私達は、組織へと戻るため。
現地の少年を、囮として利用する事にした。
少年を瀕死の重傷にした上で、網に入れ、海へと落とす。
これは、もしもの時の保険として考えていた策の一つだ。
もしも、あの謎の発光現象の正体が。見た者が陸へと戻れない現象の正体が……肉食性の微生物辺りだったとしたら、少年の捕食に気を取られてる間に陸に逃げてしまえば問題ない。
ちなみに、謎の発光現象が人間には無害なモノであったとしても問題ない。
どっちみち、ケガをした状態で海に投げ込まれれば、少年――私達という存在がいた証拠はいずれ死ぬだろう。
すると少年は沈み、後々、少年の体内にガスが発生するだろうが……それで少年の体が浮き上がる事は絶対にない。
なぜならば少年の膨らんだ体は、少年を入れた網に当たると、穴が空き、ガスが体外へと出てしまうからだ。海の中に遺体を投げ込み殺人の証拠を隠蔽する際に、主に使われる方法である。
ちなみに浮かび上がらない少年の遺体は、最後は網の中に入ってこれる小魚などに食い尽くされるだろうから、発見される頃には白骨遺体となっているだろう。
なので私達は、少年を海に捨てるなり、フィッシングクルーザーの速度をトップまで一気に――。
ガゴンッ
――上げようとした、直後だった。
真下から、何かが衝突し。
クルーザーを、大きく揺らした。
「な、なんだ!?」
「ま、まさかサメでもいるのか!?」
「いやそんな馬鹿な!」
「魚群探知機に何も映ってないよ!?」
だとすると、暗礁に乗り上げたか――。
ガゴンッ ガゴンッ ガゴンッ
ガゴンッ ガゴンッ ガゴンッ
ガゴンッ ガゴンッ ガゴンッ
だが、その可能性はあり得ない。
そもそも暗礁があるのならそれにソナーが反応しないワケがないし、それに動きこそ遅くなったけど……クルーザーはまだ動いている。
ここが暗礁なら、これはあり得ない。
じゃあいったい……クルーザーに何が――。
――フェグゴアミデェボリャオシェグミュデェイ
すると、その時だった。
私達の耳に……謎の歌が、聞こえてきた。
――フェゴミョフィミュフェグオフォゴアミムグミグム
それは、どこの国の言語にも思えない……未知の言語。
――ミュベリャムジャウムゴオグウイコエデェムフォゴ
それが、周囲から聞こえてくる。
ガゴン、ガゴン、と……未だにクルーザーが揺れる中で。
――アミダウイコメグオジャウミウイベリャフコムフェ
――ベチャリ
そして、そんな中で。
謎の揺れと、謎の歌。
そんなワケが分からない事態が起きているだけでも頭がおかしくなりそうだっていうのに。
――ベチャリ
――ベチャリ
――ベチャリ
何かが。
粘着質な、何かが……クルーザーの床の上に乗った……音がした。
――ゴミョシュイウイフェゴゴアエフォミュオダジオフェ
――ベチャリ
――ベチャリ
――ベチャリ
それは、いったい何なのか。
私達は、分からなかった……けれども。
――グビリェエアフミョゴウイデェウイフォゴアエファベム
――ベチャリ ――ベチャリ ――ベチャリ ――ベチャリ
――ベチャリ ――ベチャリ ――ベチャリ ――ベチャリ
――ベチャリ ――ベチャリ ――ベチャリ ――ベチャリ
本能的に、それが何なのか気になって。
――フォジェイフェコメシュイベリャムベムコアフェゴメエア
だから、ついつい、音のした方へと……ゆっくりと……それはもう、錆び付いたロボットのように、振り返って……。
……………………光る、人型の“何か”がいた。
※
暗いと思っていた海は、意外と明るかった。
ふわふわと、何か……淡いモノが海の中を舞っている。
――クラゲの類なのか。
ふと、そう思う。
けれど、それ以上……頭が働かない。
良い人だと思っていた人達に、傷付けられて。
刺されて。
血が出て。
網に入れられて。
海が、冷たくて。
それらを、思い出したくないのもあって。
だんだんと、意識が薄れてきて…………。
だけど、途中から。
俺は、温かい何かを…………感じた。
※
「…………ぁ……ぅぁ………うた……蒼汰!!」
「ッ!? ガハッッ!! ……ァ……ガ……ハッ……!! ガハッ!! ゲホッゲホゲホゴホッ!!」
名前を、呼ばれた。
反射的に、意識が浮上して……直後に吐いた。
胃、というよりは肺の中から全てを吐き出す。
外聞とか以前に、ただ生きるために……また呼吸をするためだけに、全てを吐き出す。
「うわっ」
誰かが驚く声がする。
聞き覚えのある声……最近も、聞いた事があるような……そんな……懐かしい、声のような……。
「蒼汰!!」
次の、瞬間。
俺は、聞き覚えがある声の主――瑞葉に、キツく抱き締められた。
それはもう、肺の中の、残りの水やら何やらも一気に吐き出してしまうほど……どれだけみんなを、心配させたか……その気持ちが、これでもかと伝わるくらい、強く…………俺は抱き締められた。
「心配したんだから!! もう!!」
涙声で、耳元で。
瑞葉が、叫んだ。
そして、その声を……改めて、耳にして……。
俺は、まだ……生きてるんだって……安心して……。
そこで、俺の意識は……また、途絶えた……。
※
謎の四人組。
■▼市やかいづち村の事を嗅ぎ回っていた四人組が、蒼汰に接触した後。私は親や本家と相談し、家族と一緒に蒼汰の後を付けるだけに留めた。
――人は失敗して成長する。
それが、私やその親族共通の教訓であるためだ。
一度痛い目に遭わせないと、人というモノは成長しないからこその教訓だ。
だけど、今回ばかりは真っ先に蒼汰を止めるべきだった。
まさか相手が、ウチが所有する漁船よりも速いクルーザーを持ってて。
さらには■▼市内の……全漁船のエンジンを壊しておいただなんて!!
おかげで、船での蒼汰の追跡は困難になった。
そして、なんとか蒼汰を追跡できる新しい船をレンタルできた時には……その、蒼汰が乗っていたクルーザーには、誰も乗っていなかった。
船の床に、粘着性のある……液体が広がっているだけで。
そして、蒼汰を誑かし、拐かしていたあの四人組は…………そのクルーザーの、すぐ近くで溺死し……浮かんでいた。
目を見開き。
青ざめていて。
粘液まみれな、状態で。
「…………いい気味だわ」
再び気絶した蒼汰を乗せた、レンタルした船の上から。
四人組の遺体を回収する警察用船舶を見ながら、私は呟く。
私達のご先祖様の、春分の日の儀式の準備を邪魔したからこうなったのよ。
そしてついでに言えば……その子孫を害したからこそ、罰が当たったのよ。
※
かいづち村。
それは、漢字にすると海津霊村と書く。
津は、の、という意味であり。
直訳すると、海の霊的な存在の村という意味だ。
そのルーツは、本家の歴史書によれば。
古代メソポタミアにおいてたった七日間で、人間に全ての文化を授けたとされる半魚神オアンネスにまで遡るという。
彼らは陸に上がった時、当時のメソポタミアの一部の民と交わった。
そして彼らとの間に生まれた種族は、他の人より生命力や回復力……いや、それだけでなく、潜水時間をも凌駕していた。
そんな彼らは、後の時代で〝海の民〟や〝海人族〟などと呼ばれるようになり、そしてその血筋はかいづち村……そして一部の■▼市民にまで続いている。
かいづち村の住民は、基本的に本土の人間と交流しなかった。
しかしそれは、ほとんどの場合であり……例外も、時折出てくる。
私、そして蒼汰の家系を始めとする家系のように。
ちなみにその事実は、私の家を始めとする、有力者の家系にしか伝えられない。
だって……半魚神の血を私達は引いているのだ。
純粋な人間じゃないって気付いて、傷付く人がいるから。私のように素直に受け入れられるような人間ばかりじゃないからだ。
だけど、蒼汰の場合はそうはいかなくなった。
今回の事件で死にかけて、蒼汰の中の、オアンネスの血が活性化して……感情が高ぶった時に、体表の一部がウロコ化するようになった。
目が覚めたら、その事実を明かして。
そして今の社会から、万が一にも疎外されないように……極力、濃い血を一つの家に集めて。後世において、あまり濃い血を持つ者が生まれないようにしなきゃ。
私の婿にして。
そしてこの社会の中で感情的になり、ウロコを出してしまわないようにするための方法を学んでもらわなきゃ…………私達はそれこそ、かつてのかいづち村の住民みたいな生活をしなければいけなくなる。
※
「……まぁ、蒼汰は傷付いちゃうかもしれないけど。そのオアンネスの血のおかげで助かって。そして私達が蒼汰を見つける事ができたんだから。起きたら、ご先祖様に寧ろ感謝しなさいよね」
四人組の遺体とは、反対の方向に目を向け、私は言う。
そこには、海の境界線の如き……光の道があった。子孫である私達が、再び地上へと帰れるようにと、ご先祖様達が、春分の日の儀式の準備を一時中断してまで、霊体である自分達の光っている体を使って作ってくださった、帰り道だ。
それは、船着場から沖まで続いてて。
その道を辿る事で、私達は海流により流されていた蒼汰を。
ご先祖様が助けてくれたのか、破れた網の中に入れられてた蒼汰を見つけ出す事ができた。
そしてその道は、蒼汰を見つけた後もまだ光っていて。
陸はこっちだよ、と。心配性なかいづち村出身のご先祖様が言っているようで。
「…………蒼汰を助けてくださり、ありがとうございました」
私は、家族にだけ聞こえるほどの声で……ご先祖様にお礼を言った。
これから、どうなるかは分からない。
もしかすると蒼汰が、私との結婚の道を選ばない可能性もある。
私としては、蒼汰の事は嫌いじゃないから。
幸せになってほしいから……私との結婚を選んでほしいけど。
でも、蒼汰の人生だ。
あっちで暮らす場合もあるよね。
でも、それはちょっと苦しい事だと思う。
そもそも蒼汰は、この■▼市が好きで毎年遊びに来ている。
それはおそらく……蒼汰の中のオアンネスの血が、この土地を魂の故郷だと認識しているため。
そして、その衝動に。
血が活性化した今の蒼汰が耐えられるとは思えない。
でも、安心して蒼汰。
仮に一度、あっちで暮らす選択をして。
それで、結局衝動に負けて……こっちで暮らしたいと言っても。
私はあなたを許すから。
そして、そんなあなたを愛する覚悟もできているから。
だからずぅ……っと…………待っているからね、蒼汰。
瑞葉ちゃんは、ウロコ出さんために感情をコントロールする術を両親や祖父母に教わりました。
そしてそのせいで、たとえ恋愛感情を持っていたとしても、それが恋であるとは自覚できないような精神状態になりました。
たとえ蒼汰と結婚する事になっても。
その事に“大きな”喜びは感じられないかもしれません。
そして蒼汰も、結婚するとそんな精神状態になるやもしれません。
ハタから見ると、そんな結婚生活も。
心理的にはホラーな在り様かもしれません。
かいづち村のあった場所に近付いちゃいけない。
本編じゃ語りませんでしたが、近付いた者の中に無害な存在がいると『こいつ、かいづち村の住民じゃね?』なんて思われて本土の人間に忌避される可能性がありますので、かいづち村に近付いて、先祖の霊に子孫認定される事を避けるために、そして誰がかいづち村の住民の子孫なのかを分からなくさせるために、こんな警告がされるようになったって設定です。
沢口さん達は、心理学的に男性を骨抜きにする香水や声色を使って蒼汰を操ってました。
彼女達は国際的な窃盗団ですからね。誰かを誑かしたりするのはお手の物だったのです。