8話
「う、うるせぇ! 俺はゾンビじゃなくて人間同士で戦ってたんだよ! あんな化け物と日常的に戦ってたまるかっ‼ うぉ熱っ熱い、ちょまて、ナイフを置け! お前そのナイフ絶対普通じゃないだろ!」
「フフフッお兄ちゃんへの愛だからねっ。ちゃんと受け取ってよね」
俺は何やら精神異常を起こしたツララの攻撃を受け流し続けていた。
ナイフの扱いは素人より少しあるくらいで、最初は簡単に手首から取り押さえられると思っていた。
しかし、理由はわからないが彼女のナイフが熱を帯びており、近づくだけで皮膚が火傷を負いそうだ。
その為先ほどから十分ほどお互い有効打がない状況である。
と、そこへ。
「アロウさーん、麻袋見つける間に思い出したんですけどー。ツララちゃんが今の状態になった理由は大体予想出来ましたわ」
両手に大きめの麻袋を持って走ってきながらフレイヤが俺に対して呼びかけてきた。
「早く言えって、こいつは一体なんでこんなんなってんだよ!」
「アロウさんも聞いたことぐらいはあるでしょう、ツララちゃんは、夜になると狂暴化する逸話で有名な、パッド入り狼少女だったのですわっ!」
フレイヤはおとぎ話のようなことをまさに名推理と言わんばかりのドヤ顔で叫んだ。
「ですが、狂暴化する時には普通、見た目も獣のようになるはずなのですが、ハーフかクオーターでしょうか?」
「ハーフとかどうでもいいから助けてくれ! どうすれば落ち着いてくれるんだよ。あと、ここまでのメンヘラ狼女が居てたまるか!」
「何を仰っているのですの? 人狼は古くから『大切な人との二人きりの時間に狼になって大切な人を殺してしまう』といったエピソードが多いじゃありませんの。それらはすべて、狼の姿の人狼が皆メンヘラだからですわ。因みに治す方法までは何故か覚えていませんわ、ワタクシは性格がアレなので」
「謝るからっ、性格がアレとか言ったの謝るからっ!!! お助けください女神さまっ!!!」
「……まぁ。契約相手に死んでもらわれるとワタクシも困るので、今回に関しては特別に許して差し上げますわ」
と言って、俺からツララ越しに見えるフレイヤは突如、あの鎌の姿に変わってこちらに回転しながら突っ込んできた。
「ちょっ危な……い?」
思わず目を閉じてしまい、何が起こったかわからなかったが、鎌のぶつかる音がしないことを不思議に思って目を開けると、フレイヤはツララの背後で人間の姿に戻っており、ツララから外れていた三日月の髪飾りをまるで別人のように優しい目をしながら着け直していた。
すると、ツララは急に電源が切れたように目を閉じ、全身から力を抜いてフレイヤにもたれかかった。
ツララを抱えるフレイヤは、さながら可哀想な娘を癒す本物の女神のようだ。
……とか言ったら本人には相当怒られるんだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。
勿論何も無かった様に寝た俺は早めに起きてフレイヤに説明を受けていた。
「……と、いう訳ですわ」
「ううむ、寝起きだからかな、全くわからん。あと、その眼鏡はどこから出してきた」
「伊達ですわ」
「いや聞いてねぇよ」
「はぁ? 本当に理解力がないですわね。いいですか?
この世界にはモンスターがいるのと同じように、人狼もれっきとした種族として存在いたしますわ。彼らは常に精神的に不安定で凶暴な性格な個体が多く、およそ200年前に人類と戦争に発展し、負けています。以降人狼の一族は人類から徹底的に排除されるようになりましたわ。そこで人狼は世代を重ねる中で、特殊な装身具で本来の好戦的な性格を抑えることに成功して現在も人間の世の中を生き延びていますの。……髪飾りで性格の抑制を行う人は初めてですけれど。因みに人狼がまだ生き延びていることはワタクシたち神族のみ知っていることですのでオフレコでお願いいたしますわ」
……と、いうことらしい。
既に理解しきることを放棄した俺は、ソファに寝ているツララを見ていた。
昨夜の騒動は深夜だったこともあり運良く誰にも見られることはなかった。
結局ツララによる狂気的な傷を付けられた盗賊は生き残れず。
夜のうちに麻袋に盗賊と石を一緒に入れて海に沈めた時からツララは意識がもうろうとしており、宿へ戻ってから今までこのソファに寝たきり状態だ。
「ふぁ〜っく。さて、ワタクシは能天気な誰かさんと違って眠れてないので少しだけ寝ますわ」
フレイヤは欠伸を噛み殺しながらツララの隣へと飛び込むようにして寝転ぶ。
すると。
「……あれ、あたし何でここに……」
寝ている隣に飛び込まれたらそりゃぁ起きるのが妥当だろう。
目を覚ましたツララは、寝始めたフレイヤがいつの間にか鎌の姿に変わっているのを見てビクッとして、未だ状況を掴みきれずにいる。
……コイツ、寝る時も鎌になるってことは遠くで寝てたら俺に向かって突っ込んでくるんじゃあ……。
「あぁ、おはようツララ。早速なんだが……覚えてないかも知んないけど、お前は昨日、盗賊とは言え二人殺してしまった。そのことは分かっているか?」
「えっ……殺し? すいません、ちょっと訳が」
「いや、聞いたんだ。フレイヤから。 お前は人狼でパッドだって。……人狼は今は排斥されてるってことも」
「あたしパッドなんて知りません」
「オイそっちかよ」
「あああ、あれ? フレイヤさんは?」
「お前さっき鎌の姿になったフレイヤ見て驚いてただろーが、誤魔化すってことは自分で理解しているんだな?」
まぁ発育についてはまだ期待してもいいと思うが。
パッと見て俺の一、二個下くらいだろう。
俺は寝起きの体を起こすためコーヒーを口に含み。
「ち、違いますよ。やだなぁ十二歳のあたしがパッドなんて着けるわけないじゃないですかぁ」
盛大に噴き出し、しばらくむせた。
「……は?! お前マジか、え? まだ鯖読む必要ないだろ!?」
「ほんとですって」
……マジで?
「はい。だって人狼は人間より寿命の短いオオカミとのハーフなんですから、そりゃあ実年齢より成長して見られるのは当たり前で……すよ…………あっ」
あ。認めた。
墓穴掘っちゃったよこの人。
「……捕まえないんですか? アロウさんは、あたしのこと」
そうそれ。
事実、ツララは二人を殺した殺人犯だ。
だがそれは彼女の髪飾りが外れなければ起こり得なかったことで、そもそも彼女の記憶が曖昧だということが本当ならば現代の地球の法律では精神鑑定で無罪になる場合も十分あり得る。
そして何より十二歳の子どもに罪はない。ハンターの労働ももうやめた方が良いか。
俺は一度ツララに助けられているし、どこかに突きだすのは気が引けるなあ。
と、俺がどうするべきか悩んでいる時。
「良いじゃあありませんの。このままで」
代わりにツララに返事をしたのは、いつの間にか目を開けてソファに寝っ転がったままのフレイヤだった。
「良いんですか? あたしたち人狼一族は過去に人に牙を剥いているからこうなってるんですよ? 今は大丈夫かもしれないですけど、いつまた自分の歯止めが利かなくなって、アロウさんやフレイヤさんに危険が及ぶかもしれないんですよ」
「じゃあ、ツララちゃんは今を生きていたいと思いませんの? この町に来て楽しくてワクワクしませんでしたの?」
「それは……確かにあたしは敵同士でも純粋に人生を楽しみたくてここへ来ました。昔から家族以外と話したりすることが苦手で、でも初めてほかの人と一緒に冒険できて、本当に、二人に会えて良かったです」
そう言ってツララは、泣きそうになりながらも頑張って口角を上げて笑顔を作っていた。
本当に、こいつは何を言ってるんだよ。
「なぁ……誰がお前を突き出すって言ったよ? 何をもう一緒にいられないみたいにお別れムード作ってんだ。俺たちと楽しみたいなら楽しめ」
「決まりですわね。はい、この話終わりですわ。パッと朝御飯作っちゃうので、何を作って欲しいですか?」
俺たちの緩い会話に対してツララは一拍ほどポカンとした様子で固まってから。
「……た、卵かけご飯がいいですっ」
こうして、俺はさっきまで何もなかったかのように、フレイヤの焼いたトーストをほおばりながら小声で。
「お前も気が利くところがあるんだな、てっきり、女神さまは『人に仇為す存在は極刑だ』とか考えてるのかと」
俺の質問にフレイヤは割とそっけない表情でこう答えた。
「そういう神様ももちろん少なからずいますわ。ワタクシは自分の身が一番可愛いので」
「うん? どゆこと」
「人狼って、現在は知ってる人自体がこの国の中枢にしかいないのですわ。国に人狼を突き出して『処刑して』なんて言ったものなら、ワタクシたちも口封じに一緒に極刑になりますわ」
……そういう事はやらないとしても聞きたくなかった。