26話
「……う、あぁ。ゴホッ!」
勇者の意識がなくなったのを確認して俺は一安心しようとしたが、勝手に漏れた嗚咽と共に掌にこびりついた生暖かい感触に目が行く。そこで初めて、俺は内臓からの出血に気付いた。
動悸が止まらない、全身の筋肉が血液の流れで揺さぶられているような感覚。きっと剣で貫かれた部分からの出血量が致命的になっているんだ……。そう考えた瞬間、全身の力が抜けた俺はその場に転がるように倒れ込むと、前世で同じような怪我をして去っていた戦友のことを……あのときのあいつらもこんな感覚だったのかな。
(ーー缶コーヒーよりはマシな死に方ができて、あいつらには笑われずにすむな)
「アロウさん!待って下さい、すぐに回復の魔法を……」
仰向けなうえまともな視界が保てない中、フレイヤの声と石畳を弾くまばらな足音が聞えてくる。
「やめろやめろ、もう……俺は間に合わない。早くツララのところに行ってや……痛ぁい!!何すんだてめぇ」
瀕死の俺にキツいビンタをかました女は俺のリアクションを無視して話し出した。
「元気ピンピンじゃありませんの。ワタクシとの契約の力を舐めてもらっちゃあ困りますわ。ケガ人の体力さえあれば魔法は容易に医学を超えるのですわ」
「いや、今がせっかくの混乱具合だからツララを助けに……」
「大丈夫です。ツララは先ほどギルガリアさんと合流しておりますわ。……過ごしててずっと思いますけど、アロウさんは自己犠牲が激しすぎます!アロウさんがどれだけ罪悪感を残してるのか、詳しくは知りません。ですけど今のアロウさんは明らかに、自分を悪人か何かだと思い込んでますわ」
段々と意識が戻ってきて、思考が回り始めてきた。軍人が皆、悪人だとは思っていないが、確かに俺自身殺人をしてきた償いが足りているとは思っていない。
「それに今のあなただからこそ、これだけ多くの仲間に恵まれているじゃありませんの」
フレイヤはそう言って微笑を浮かべて、目線を俺から仮面の男の方へ移した……。
「うん?あぁ、言いたいことは分かるけど、そいつは今日知り合ったばっかりで……」
「えっ?アロウさんが名付けたじゃありませんの。グレートオブ……なんでしたっけ」
……?……あっ。
彼女の口から飛び出した言葉と偶然にも繋がった記憶の一部を否定することもできた。だが、この世界の虫はデカかったり意思の疎通ができたりといろいろぶっ飛んでいて常識の通じない点を考えると、俺はその選択はどうしてもできなかった。
「お、お前、俺がリンゴあげて調査に行ってこいって言った、GOKIだろ!?えぇっマジでか!」
人型になるなんて思ってもなかったけど、元の世界にいたGと変わらない大きさだったのが、こんなに大きくなっちまって……。……正直ちゃんと帰ってくるか分からないまま送り出したけど、立派になって戻ってきてくれたんだな。
「いやぁ感動だよ。気付かなくてごめんな?まさか二足歩行になるなんて……そうだ、仮面の中も見せてくれよ」
「アロウさん!?それはやめた方が……イヤァア!気持ち悪い!!」
「ばっ!なんてこと言うんだお前、確かにちょっとグロテスクで形容しがたいけど愛着がわいたら違うぞ?ほらもっと見とけ」
「やめて!ほんとに嫌ですわ!!……そんなことよりも、この勇者はどうしますの?……死んでませんよね?」
勇者に息はある。ただ、このまま去れば絶対に指名手配犯されて速攻で捕まってアウト。
「どうにか追跡をかく乱できないかな。あ、口封じは絶対ダメな?分かってるとは思うけど」
「そうですわね……とりあえず偽名使ってみるとかどうでしょうか?顔が見られていてはどうしようもありませんけれど、これだけ派手にやってますしブラフの名乗りとして誤った情報だけ宣言するのもいいかと思いますわ」
偽名かぁ……。その手のひらめきは昔からすこぶる苦手だから何も出てこないな。あっ!
……フレイヤに考えてもらおうと思ったが、この名前なら自分でも覚えられるし、壊された衣紗菜の形見の銃――狂鯨――の為にもなるだろう。
「よし!それじゃフレイヤ、今から言うことを書いてくれ――」
◇ ◇ ◇ ◇
誰がこの騒ぎを起こしたのかはどうでもいい。この混乱に乗じてツララちゃんを見つけなくては。
「牢の入り口は確かこの棟の突き当りの……ここか」
どうにか付き添っていた教会の幹部から離れ、時折崩れたままの瓦礫をかき分けつつ歩みを進める。なんとか場を修めることができれば少しは話し合いの立場がよくなるかもしれないとは思った。まあ現実味は一切ないのであるが。
過去に一度城内の地図は頭に叩き込んだことがあるから、その時の記憶を頼ればうまくいくはずだ。あれは確か……いや、そんなことは今はどうでもいい。
そんなことを考えていると、案外早く牢屋の手前までついた。
……がしかし、牢屋の鉄格子辺りが騒がしい。ツララちゃんだったら……。近くまで寄ると、良いのか悪いのかその予想は的中した。
「なにしてる、やめろ!」
「ねぇ、ちょっとなにすんのおじさん!こいつあたしの髪型ボロボロにしたんだからぶっ殺すところなんだけど」
手に持っている赤い短剣は見ただけでそれの持つ異常な熱量を伝えてくる。……兄弟の魔鎌もそうだが、この短剣ももしかしたら……。
横に倒れ込んだ騎士は牢屋の見張りをしていたのだろうか、ケガをしているものの止血できたのを確認してから俺はツララちゃんの方を見た。ツララちゃんの付けている髪飾りについては、既に兄弟から聞いていたのだが、これがその状態か。ぼさぼさの髪といい口調といいいつもと違った姿の新鮮さをもう少しだけ堪能したいものだが、今はいったん置いておこう。
「殺すのはダメだ。これ以上、君は自分の手を汚す必要はない。一緒に戻ろう」
「お兄ちゃんのところ?おじさんだけじゃヤだよ」
このときのツララちゃんの言うお兄ちゃんというのは兄弟のことだったか。
「大丈夫だよ……今ごろベッドでスヤスヤ寝てるはずなんだがなぁ」




