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船上パーティ

「いいかい!? ここは王家の方々が乗る船なんだからね! テキパキと働くんだよ!」


 船に乗り、自己紹介をするなり、清々しいまでの命令が飛んできた。


「そこ、おしゃべりしない! 一列になって、乗船しなさい!」


 私だけでなく、他の下働きの調理人手伝い達も今日が初めて顔合わせをする日で、船の前に集合すると、調理人手伝いを束ねるリンダという女性が大きな声を出す。

 恰幅がよく、声が湖畔に響き渡る。

 一泊分の簡素な荷物を肩に掛け、私を含めて十人の女性たちが、リンダの後について船に乗り込んでいく。

 船の中に入ると、足元が大きくグラグラと揺れている。

 船の内部は絵画が飾られ、壁紙や床材も豪華だった。だが船の中は貴族の屋敷と同じく、下々の働く者達と彼らの主人である王侯貴族の使うエリアごとに、くっきりと装飾が異なっていた。


 上階が貴人のためのエリアとなっているようで、船の下の方に下働きの者達の部屋があった。

 私たちが使う部屋は、単純に男女に分かれたふた部屋からなっていて、大きな飾り気のない室内に、妙に狭くて短いベッドが並べられていた。

 私たちはとりあえずそこに荷物を置くと、厨房に向かった。

 船の中にある調理場は狭く、臨時で今回雇われた私たちが全員入ると、かなり狭い。

 厨房は王宮から派遣された調理人達が仕切っていた。

 調理長が副調理長に矢継ぎ早に指示を出し、副調理長がさらにそれを伝える。

 今夜のパーティの支度で厨房はかなり暑く、混雑していた。


「私たちは、今夜王太后陛下が主催されるパーティの料理を作るんだよ。とても光栄なことだ」


 リンダの訴えは、ダミ声の副料理長にかき消された。


「そこの見習い達。いつまで初心者ぶって、台所見学をしてるんだ。さっさと腕を捲って、そこのレタスを洗ってくれ!」


 私たちは、慌てて十人で一斉に樽の中のレタスに走った。


 そこからは、ほとんど休みなく働いた。

 野菜を洗っては切るの繰り返し。リンダの矢継ぎ早の指示に従い、テキパキと動くが、それは不思議な感覚だった。

 最近はファナとして丁重に扱われていたから、コキ使われるのが懐かしい。

 船の一角には招待客達が集まり始めたのか、奥から賑やかな声が聞こえてくる。

 クラッカーの上にハーブを散らす作業をしていた私は、思わず聞き耳を立ててしまった。

 すると調理場を一時的に離れていた料理長が、血相を変えて話してくる。


「王太后様が到着されたぞ。皆心して料理に励んでくれ!」


 私はリンダの指示のもと、必死に切ったクリームチーズを皆に配らないと行けない。厨房から出られないので、上階のパーティの様子は分からないが、管弦楽器の奏でる音楽が切れ切れにこちらまで聞こえる。

 招待された王侯貴族たちが全員乗船したため、船は岸を離れ、遊覧を始めていた。

 料理は調理場から運び出されては、パーティ会場にて凄まじい勢いで消費され、私達は何十個も果物を切り、パンを焼いた。リンダが肉に味付けをするときなどは、ボールいっぱいに入れた肉とナッツの上から、ソースの入った瓶を傾けて、信じられないほど大量にドバドバとかけているほどだった。


 私は密かに、船上で知り合いの貴族達と遭遇して正体がバレてしまわないかが不安だったが、そんな心配はご無用だった。

 下働きの私達と、パーティ参加者達は動線が明確に分けられていて、すれ違うことすらなかったからだ。


(滞在する階すら違うんだから。いらない心配だったわ)


 私の後ろで皿を洗っている同じ臨時雇いの茶髪の若い女性が、隣で皿を拭く女性に話しかける。


「ねえあなた、見た? さっきのお肉、凄く美味しそうだったわね。今頃パーティでは皆様ダンスをされてるのかしら。甲板でワインかしら? 優雅よねぇ……」

「え、ええ。そう、ね」


 困ったように相槌を打っているのがふと気になり、振り返ると皿を拭く女性はチラリとだけ手元から目を上げ、小さく頷くとまた顔を下げた。

 黒髪をお団子にして束ねているが、前髪が長くて視線の邪魔そうだ。

 話しかけた茶髪の女性は、せっかく話しかけたのに曖昧な返事が物足りなかったのか、さらに続ける。


「私、普段は隣町の食堂で働いてるの。今回実は王太子様を見られるかもしれないと思って、この仕事に飛びついたのよ」

「そ、そうなの……?」

「薔薇王子様のご尊顔を拝見したかったんだけど、来ないと知ってがっかりよ。代わりに第二王子様を見られるかと思いきや、やっぱり私たちのような下々のものには、会える機会なんて同じ船の上でもないのねぇ」

「え、ええ」

「切ないわぁ。やっぱり、別世界の方々ね」

「そ、そうね……」


 盛り上がらない会話に嫌気が差したのか、皿を洗う茶髪の女性はため息をついてから、今度は私に話しかけてきた。


「あなた、人参を切るのが物凄く速いわね。びっくりしちゃった」

「ありがとう。私、前に八百屋で働いていたの。扱いには手慣れてるのよ」

「なるほど! この季節は食材を扱い慣れてる人の求人が増えるから、いいわよねぇ」

「ほんと、助かっちゃう!」


 私と皿洗いの女性がワハハと笑う中、黒髪の女性は俯いたまま、目だけを上げて前髪の隙間から私たちの様子を窺っていた。




 夜も深まると、私たちの仕事はほとんどが皿洗いになった。

 やがて船が再び岸に戻って招待客たちを下船させると、リンダは手が回らなくなった船内のパーティ会場の掃除に私を駆り出した。

 私が命じられたのは、床掃除だった。

 床に落ちたゴミを拾い、袋に詰めていく。紙屑や食べかすを箒ではいていると、ふと箒が重たい物を捉えた。

 なんだろうと箒の下からつまみ上げると、それは片方のイヤリングだった。サファイアのような青い石が載っており、かなりの大粒だ。


「こんな高そうな宝石を落とすなんて、信じられないわ」


 軽く振って、からまった埃を落とす。

 パーティの参加者の落とし物だろうから、後でリンダに報告しなければ。

 掃除が終わると、私はイヤリングを持って廊下へと出た。すると丁度廊下の向こうから、二人の人物が歩いてくるところだった。

 高齢の女性は杖をついていて、彼女に腕を貸す形で歩いている若い男性は、私がよく知っている人だった。豪奢な衣装と青いマントが、薄暗い船内でもよく目立つ。


(嘘でしょ。今あなたとバッタリ会ってしまうなんて)


 歩いてくるのは、ノアだった。腕を貸しているのは、間違いなく王太后だ。ノアも下船せず、王太后に付き合って船で一夜を過ごすのだろう。これは史実にはなかったはずの出来事だ。

 モンラン湖の悲劇が、あり得ない人物を道連れに進行しつつある。

 私は壁際に寄り、深く頭を下げて二人が通り過ぎるのを待った。

 王太后は歩きながら、ノアに話しかけていた。


「あれは十五歳の誕生日に母から貰った大事なものなの」

「本当にこの辺りで落とされたのですか? 寝室に戻られてからではなく?」


 私がはっと顔を上げると、王太后は片手で耳に触れているところだった。手の中のイヤリングを思わず握りしめる。

 まさか、王太后の探しものは、このイヤリングだろうか?

 差し出したいが、今ノアの前で話すと顔をよく見られてしまう。変装しているとはいえ、流石にバレてしまうかもしれない。

 私は王太后が通り過ぎると、イヤリングをポケットにしまい、素早く調理場にいるリンダの元に戻った。

 調理場に戻ると、皆が椅子を持ち込んで何やら皿を片手に食事を取っていた。

 リンダは私が戻ったことに気づくと、「お疲れ様!」と大きな声で労い、食事が盛られた大きな皿を寄越した。

 受け取って礼を言うと、リンダがウィンクをする。


「一日、疲れたでしょう? まかないだよ。ごった載せ状態だけど、お貴族様たちのあまりものだから、絶品だよ!」


 空いている椅子に腰掛けると、ようやく体から力が抜ける。気づけば立ちっぱなしで働いていて、船に乗ってから初めて座るかもしれない。

 周りを見れば、調理場で一緒に働いた女性達は皆、仕事が終わった安堵の表情で満足げに食事を口に運んでいる。

 一番忙しい時間が過ぎたため、私たちの半数はここで勤務時間が終わりだ。間もなく下船し、残る人数で明日の王太后たちの食事の準備をするのだ。もちろん、わたしは居残り組だ。降りてしまっては、意味がない。

 リンダはワインボトルを手に持つと、上に掲げた。


「料理長が私らみんなでこれを開けていいってさ」


 それを受けて、ワッと皆が盛り上がる。続けてリンダはクラッカーや果物を次々に調理台の上に載せた。


「全部、今夜使う予定だった食材だから、食べてしまっていいからね」

「リンダさん、最高です!」


 好物のハーブ入りのクラッカーが目に入り、私も早速手を伸ばして齧る。

 ワイングラスを皆に回し、食べ物に次々に手を伸ばしながら、私たちは笑った。


「この時間からは、私たちのパーティですね!」

「ケーキも余ってるから、最後に食べましょう」

「ケーキなんて、久しぶりです!」


 こんなふうに狭い空間で飲み食いをするのは、私も久しぶりだった。

 ファナになってからは、一度もない。

 不思議な解放感を抱きながら辺りを見渡すと、違和感を覚える。

 椅子の上に食べかけの皿が置きっぱなしになっていて、一緒に乗船した臨時雇いの若い女性が、一人見当たらない。まかないを食べずに、もう下船したのだろうか。

 だが、首を伸ばしてよくよく見れば、奥の調理スペースで何やら屈んで作業をしていた。黒いお団子頭の、前髪の長い女性だ。

 皿を調理台に置き、椅子から下りると私は彼女に近づいた。


「何をしているの? まだ片付けが残ってるなら、私も手伝うわ」


 女性は私に声をかけられると、ガバッと上体を上げ、食材をしまうキャビネを閉めた。


「あ、ありがとう。でも大丈夫よ。み、みんなに紅茶を淹れていただけなの。みんなは明日も仕事が残っているから」


 私が急に話しかけたことでよほど驚いたのか、焦ったように両手を伸ばして、手鍋を持つ。

 手鍋にはわざわざ牛乳で煮出した濃いミルクティーが入っており、凄く美味しそうだ。


「あら、美味しそう。みんな喜ぶわ!」


 にっこり笑ってそう言ってみるが、黒髪女性は俯いたまま、私からサッと距離をとって皆のもとに戻っていく。

 なぜか分からないが、避けられている気がする。


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