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ノア、現る

 あれこれ妄想に(ふけ)りながらポスターを眺めていると、ジュストが立ち上がった。


「もう少し踊りましょうか。せっかく練習に来たのですから」

「そうね」


 目の前に恭しく差し出された手を取るのは、なんだかこそばゆい。

 こうして繰り返し人で溢れた会場で踊るたび、私も少しずつ、周りを見るゆとりが出てきた。

 あの人のドレス素敵だな、とか派手な仮面をしている人がいるな、などとよそ見をできたりする。

 よく見れば王宮夜会と同じように、豪華なつまみも用意されているようだ。


「慣れてきましたね。そろそろ帰りましょうか?」

「ええ、そうね。外出がバレたら、お母様に大目玉だもの」

「最後に、誰か他の人と踊ってから出ますか? 練習で積み上げたものが頭から抜け落ちていかないうちに、知らない人と踊ってみれば、相手に合わせる感覚が分かりますよ」


 ジュストの提案で、私は思いきって相手を変えてみることにした。

 ジュストから離れて、いかにも手持ち無沙汰な雰囲気を出しつつホールをぶらぶらすると、すぐに男性が声をかけてきてくれた。

 白髪まじりの紳士で、経験豊富そうだ。下手な私を、うまくリードしてくれるかもしれない。

 手を取ると、ジュストほどではないが私の拙いダンスをカバーしてくれて、踊りやすかった。

 正直何回か足を蹴ったが、そのたび大丈夫だと笑ってくれる。年配の安定感とでも言うべきか。

 一曲踊り終えると、すぐに横から私へと手が伸ばされた。

 私はこの短時間で誘ってみたくなるほど腕を上げたのか、と嬉しくなる。

 次の曲に誘ってくれたのは、金色の巻き毛の若い男性だ。髪の質感が、王太子に似ている。


(あら、この人なら王太子様だと妄想して踊るのに、ぴったり!)


 嬉しくなってにっこりと笑顔で手を握る。踊り始めると、男性は話しかけてきた。


「仮面舞踏会は、初めて?」

「ええ、そうなんです。分かりますか?」

「もの珍しそうに、ホールの中をキョロキョロと見回していたから」

「そ、そうでしたか? 恥ずかしい……」

「でも、王宮夜会の時に比べれば遥かにいきいきと踊っているよ。イテっ!」


 驚いて足を踏んでしまった。

 だって、まるで王宮夜会での私の踊りを見ていたような、言い方で。


「だから君さ、そのヒールは凶器なんだって。頼むから踏むなら爪先で踏んでくれ」


 聞き覚えのあるセリフだ。

 まさか、まさか。

 動揺で激しく瞬きしつつ、仮面から覗く目を凝視する。少し暗い青い目には、見覚えがある。


「まさか、……ノア殿下ですか?」


 男性は軽やかに笑った。


「さてね。仮面舞踏会では、誰何するのは無粋だと思うよ」


 間違いなく、第二王子の声だ。まさか王子がこんな街中に出没するとは。


「殿下は、よくこちらにいらっしゃるのですか?」

「……俺の言ったこと、聞いてないな。殿下だなんて呼び方は、」

「夜会は苦手だと仰っていたのに。街中の舞踏会にはお出ましになるんですね」


 すると第二王子は苦笑した。 


「いや、実は今日が初めてだよ。派手なことが嫌いなもので、普段なら絶対に来ないよ」

「それならどうして――」


 そこまで私が言いかけると、ノアはさっと目を逸らした。まるで後ろめたいことでもあるように。


「まさか……、もしかして殿下は、王宮夜会の噴水で私とジュストの話を、あの後立ち止まって聞いてらしたんですか?」

「ご明察。君は兄上の大事な妃候補だからね。近衛騎士団長と二人にして、何かあったらいけない」


 なんてこと。

 王子様は盗み聞きをしていたらしい。


「いくら妹のパトリシアのライバルだからって、流石にジュストも私に危害を加えたりはしませんよ」

「危害、ね。――案外もっとタチが悪い結果にならなければいいけどね」


 意味深にノアが首を傾け、私の仮面越しに覗き込む。


「殿下の方こそ王子様なのですから、王宮を抜け出してこんなところに来たら、危ないですよ」


 ノアは反論しようとして口を開きかけたが、言葉にする隙がなかった。その前に、ジュストが私たちの前に現れたからだ。

 ジュストは仮面をしててもわかるほど、不機嫌そうに眉根を寄せ、ノアの肩を掴んだ。

 ノアがぎろりとジュストを睨みあげる。


「なんだ。ダンスの途中で割り込むなんて、マナー違反じゃないか?」

「このような不特定多数のいる人混みで、お供もつけずに何をなさっているのです、殿下。困ります」

「なんだ、もう俺だとバレたか。人混みとは随分な言いようじゃないか。紳士淑女の集まりだよ」

「殿下の方こそ、私がすぐにわかったのですね。――まさか、殿下ともあろうかたが、このようなお戯れをなさるとは」

「お前の説教は受けないよ。人のことを言えるか? 兄上の妃の最有力候補に手を出そうとしているお前が」

「それは誤解です。足を怪我させたお詫びに、ダンスの練習台になっているだけです」


 キッパリと言い切るジュストに対し、ノアは「どうかな〜」と首を傾げる。


「ジュスト、さっき白髪頭の老紳士とファナが踊っていた時、自分がどんな顔をしていたか、気づかなかったか?」

「どういう意味です?」

「ファナが他の男と踊るのが気に食わない、っていう殺意じみたオーラを俺は感じたけどね」

「失礼ながら、殿下の勘違いでしょう。ファナ様のダンスが上達されて、ほっとしていただけですので」


 するとノアはふんと鼻を鳴らした。


「どうかな。鉄面皮が珍しく動揺していたように見えたが。とりあえず、俺もファナの練習台になるから、お前は壁際にでも行っててくれ」


 ノアはそういうと、シッシと追い払うようにジュストに手を振った。

 ノアの命令には簡単には背けないのか、渋々ジュストが後ろに引き下がる。彼が離れたのを確認してから、ノアは私に言った。


「ところで、ピムカ銀行を調べてみたよ。君の言う通り、軍事関連会社との取引が多いんだね。よく知っていたね」


 例の未来の話を覚えていたとは。

 冗談として聞き流していたかと思ったのに。驚いてしまって、一瞬反応に困ってしまう。


「え、ええ。占い――というか、先を読んだと言いますか」

「君の読みでは、スヴェン王国は我が国に対して、どう出てくる?」


 飛び出した質問にぎくりとして、ノアにぶつかってしまう。


「そんなことを、私に聞いてどうなさるのです?」

「知ってることを、話して。友達だろ? 俺は君の話なら、なんでも信じるから」

「でも、よりによってなぜスヴェン王国のことを?」

「俺は、あの国がいつか何かやらかしてくると思っている。今のところ小競り合いで済んできたが、そのうち必ず大軍を動かすと読んでいる」


 なんと答えるべきなのか、悩ましい。

 王子にこの先の歴史的な事実を教えてしまうのは、憚られる。

 歴史を大きく変えてしまえば、消えてしまうものもある。


「殿下。私から言えるのは、これだけです。隣国を信用なさってはいけません」


 ノアは「そうか」とだけ呟くと、それきり急に静かになった。何か考え込み始めてしまったようだ。

 沈黙は罪とばかりによく話してくれる王太子とは、こういうところに違いを感じる。

 ノアとのダンスが終わると、すぐそばでジュストが待っていた。

 律儀にも、彼は誰とも踊らなかったらしい。

 ジュストは私の背に手を当てると、ノアに言った。


「馬車までファナ様をお見送りします。殿下もいい加減、お帰りください」

「わかってるよ。二人のお陰で今日は珍しいところに来られて、よかったよ」


「お気をつけてお帰りください」と私が声をかけると、ノアは目をパチパチと瞬いてから、フッと声を漏らして笑い、意味ありげに「君の方こそ」と言った。


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― 新着の感想 ―
[一言] ファナの素直なところに癒やされてます。 これからもっと、周りの登場人物たちに翻弄?されるのだろうなと心配しています。 ですが、作者さまのこと、 ワクワクドキドキしながら応援してます。 …
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