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オペラの終わりに

 オペラが終わると、再び総支配人が挨拶に現れ、王太子を出口まで誘う。

 誰も王太子より先に帰ることはできない。皆王太子が帰るまで、劇場にとどまる。きた時のやり方を全て反対にしたように、膝を折って王太子を見送るのだ。

 王太子を乗せた豪奢な馬車が遠ざかっていくと、その他の来場者達を迎えにきた馬車が次々と歌劇場前に並んでいく。

 私も自分の家の馬車を探すべく、歌劇場を出ようとしていると、一階奥にある控室の並ぶ廊下から、誰かが私目がけてまっすぐに歩いてくることに気がついた。第二王子のノアだ。

 足を止めて、軽く膝を折る。

 いつも赤や白など、目立つ色の服を着る王太子とは違って、第二王子は灰色のシンプルなデザインのジャケットに身を包んでいる。

 服にもこの兄弟の個性がよく表れている気がした。


「ノア殿下、いらしていたんですね。殿下も今晩のオペラを?」

「鑑賞もしたけれど、それ以上に今日はお祝いに来たんだ。知り合いが、歌手としてここで歌っていてね。今しがた花束を渡してきたところだよ」

「お知り合いがさっきの舞台に? それは凄いですね! どの役をされてたんですか?」


 オペラ歌手は貴族階級の者がなることはないが、売れっ子は王侯貴族と親しくなるし、或いはまだ売れないうちに目をかけ、援助をする特権階級の者達が多い。


「あまり後半は出番がなかったけれど、冒頭のアリアを歌った歌手だよ。実は私の乳母の甥っ子でね。最近売れてきて嬉しいよ」

「覚えています! すごく澄んだ歌声で、一瞬で舞台に引き込まれました!」


 すぐに令嬢たちのお喋りに邪魔されたけれど。

 私が誉めると、ノアも誇らしげに笑う。


「貴賓席のみんなは、お話に夢中みたいだったけれど、君はちゃんと歌を聞いてくれていたんだね」

「……。やっぱり見えていましたか? 他のご令嬢達は、ちっとも舞台を観ていなくて。私、実は腹が立ってしまいました。……正直言うと、王太子殿下にもです」


 するとノアは大口を開けて笑った。こうして眦を下げて笑うと、王太子によく似ている。


「いいね! 本音が出たかな。兄上のことを悪く言うものたちはほとんどいないから、いっそのこと清々しいよ」

「ご、ご本人には言わないでくださいね!」

「勿論。君のそう言う正直なところ、俺はいいと思うけどね。兄上は非難されるのを好まれないだろうが。だからこそ、表面上は完璧な王太子に勤しんでおられる」


 やはり、王太子へのノアの物言いにはトゲを感じる。外で待っているであろう馬車を気にしつつも、尋ねてみる。


「ノア殿下は、王太子殿下がお好きではないのですか?」

「そういうことをサラッと聞いちゃうところも、いいねぇ。ファナ、君みたいな令嬢はなかなかいないよ」

「そ、そうでしょうか。失礼なことを聞いてしまって、すみません…」

「いやいや、謝ることなんてないよ。個性的でいいじゃないか」


 個性的。たしかに私のように未来から来た女など、他にはいないだろう。

 思わずおかしくなってクスリと笑ってしまう。


「ご指摘の通り、私、ちょっと人と違うところがありまして」


 ノアは愉快そうに首を傾げて腕組みをすると、口を開いた。


「へぇ。自覚してるのは例えば、どんなところ?」  


 正直に話すわけにはいかないので、少しはぐらかして答える。


「私、実は占いが得意でして。この先に何が起きるかを、結構な確率で当てられるんです。あ、ちなみに占いによりますと、私はちゃんと王太子殿下の婚約者になりますから」


 くすくすと笑うノアの金の巻き毛が、柔らかく揺れる。


「へえ。では占い師殿にお尋ねしよう。他には、何が起きる?」

「そうですねぇ。たとえばファッションで言えば、この後、社交界ではマーメイドスカートが流行るみたいですね」


 ノアは不敵に笑った。「あやしいなぁ。何そのスカート」と小馬鹿にした口調が悔しい。

 私は見本を見せてやろうと、屈んでスカートの裾の少し上をつまみ、豊かなドレープをなんとか手でまとめ、絞ってみせた。


「マーメイドスカートというのは、こういう形のスカートでして」


 私の真面目な説明をよそに、ノアは腰を折って噴き出した。


「そんなスカートが流行るとは、思えないな。第一、歩きにくそうだ」


(むぅ…。やっぱり、信じてくれないわよね。そりゃあ)


「でも、流行るんですよ。ただ、おっしゃる通り歩きにくくて、転倒して怪我をする貴婦人が続出した、と本で読ん…、じゃなくて、占いでは見えました」

「あんまり役に立たない情報だなぁ。君の占い、もっと世界情勢とか経済政治、金融がらみのことは見れないの?」


 うっ、と返事につまる。 

 滅多なことは言えないけれど、馬鹿にされてる感じなのが微妙に悔しい。

 私はもっともらしく小さく咳払いをすると、澄まし顔を作った。


「そのうちピムカ銀行が、倒産します」

「それこそあり得ない! この国で最大手の銀行だよ」


 そう。

 ピムカ銀行は一番大きな銀行だったが、この後のスヴェン王国との戦争で負債が膨らみ、倒産する。ちなみに軍事関係の顧客を多く抱えていたバンカ銀行は、その隙間を埋めるように成長し、アリーラの時代では大陸中に支店を持つ大銀行になる。

 バンカ銀行の頭取一族を狙うのも、手かもしれない……。

 ちっとも真に受けた様子のないノアをムッとして見上げていると、彼は笑いをおさめた。


「ごめんごめん。笑いすぎたね。友達としては、信じなくてはね」

「ともだち?」

「俺はすっかりそのつもりだったけど。だめだった? 俺、楽しく話せる人が少ないんだよね。そもそも友達ってやつが少なくて。君が嫌じゃなければ、友達になってくれるかな?」

「私なんかで宜しいのでしたら。大変光栄です」


「うん、じゃ、俺たち友達だ」とノアは少し照れた様子で言うと、右手を差し出してきた。

 ノアが微笑を浮かべてくるので、私も微笑み返してその手を握り、握手を交わす。

 笑顔で手を取り合うのは予想以上に心地よく、爽やかな気持ちになった。王太子とそのライバル達と過ごした貴賓室での居心地の悪さが、一瞬で吹き飛ぶ。


(友達か。そうか、私がこの時代に戻ってから、初めて自力で作った友達っていうことよね)


 そう思うと感慨深いし、なんだか嬉しい。

 互いの手が離れると、ノアは劇場の出口を指差した。


「帰るところを引き止めたりして、悪かったね。また会おう」

「はい。お先に失礼いたします」


 頭を下げると、ノアはヒラヒラと片手を振った。

 変わっているのは、私ではなくてノアのほうだという気がした。


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