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9. 対面その一

 地下鉄を降りて地上に出る。夕暮れ。沈みかかった西日が雲をオレンジと紫の混じった不思議な色に染めている。一番星が輝いている。あれはきっと金星だろう。見上げた空を見て、そんな考えに耽りながら帰路に着く。

「神崎さんですね」

低い声に呼び止められる。振り向くとフードを被り、サングラスを掛けた男が立っている。

「何か御用でしょうか?」

返事をした私を男はしばらく眺めていたが、やがておもむろにサングラスを外した。そこにいたのは私だった。驚いて声が出ない。目の前に自分そっくりな男がいたとしたらどうすれば良いか? 常日頃からそんなことを考えて歩いている訳ではない。

「あなたは自分のことを神崎守だと思っているのですね? 確かにあなたは神崎守です。でも驚かないでください。私も神崎守なのです」

目の前の男は何やら訳のわからないことを言っている。私は現実の世界に留まっているのだろうか? あるいはオレンジに紫の混じったおかしな色の雲を見ているうちに異世界に紛れ込んでしまったのだろうか?。

「大切な話があります。しばらく時間をください」

恐ろしくてその場を立ち去りたかったが、それで何か問題が解決する訳でもなかった。

「あなたは私なのですか?」

ついおかしな質問をしてしまった。私はいったい何を聞いているのだろう?

「私はあなたのオリジナルです。私は海外に赴任する前に体細胞と記憶のバックアップを取っていました。私にもしもの時があった場合に備えてのことです。あなたはその時の私の記憶を引き継いでいますから、知っていると思います」

確かにそうだった。私は海外への赴任を言い渡され、その後、体細胞と記憶のバックアップを取った。そのことは覚えている。だが実際には私は海外には赴任していない。あれから私の命が危うくなったこともない。だからバックアップは手を付けずに保管されているはずだった。

「バックアップを取ったことは覚えています。でもそれだけです」

私はそう言った。

「私は赴任先で行方不明になり、ずっと戻って来られませんでした。そしてもう死んでしまったものとみなされ、計画通りバックアップのあなたが作成されました」

目の前の男は話を続けていた。私が彼のコピーだと主張して譲らないつもりのようだった。

「私には物心ついてから今に至るまで、綻びのない一貫した記憶があります。私はあなたのコピーなんかじゃありません」

私には思い当たることがなかった。いったいいつ私がコピーされたのか聞きたいものだと思った。胸に穴が開きそうな哀しい結末に終わってしまった初恋や学生の頃にやらかした数々の武勇伝、社会人になってからの多忙な毎日、初めて親になった時の喜び、そうした大切な記憶がしっかり私の中にしまい込まれている。私がコピーなら、このリアルな記憶までコピーされたということになる。そんなことは信じられない。それでは私の思い出がすべて嘘になってしまう。

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