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8. 帰宅その二

 地下鉄の改札を抜け、エレベーターで地上に出る。目の前にバスのロータリーがある。近くのスーパーの入口に子供を連れた女性が立っている。以前と変わらない駅前の風景。私は帰って来た。ATMの前を通り過ぎると、うどん屋とお好み焼き屋がある。その隣に耳鼻咽喉科がある。郵便局を過ぎるとハクモクレンの並木道に出る。あれから二年が経っているが街の風景はあまり変わっていなかった。おもしろおかしくふざけ合っている下校中の中学生とすれ違う。なんだかとても楽しそうだった。その向こうから家族連れがやって来る。幸せそうな家族。お父さんとお母さんとに手をつないでもらってうれしそうな子供。ふと、母親と子供の姿に目を止めた。それは紛れもなく私の妻と子供だった。そしてその隣には私がいた。私は恐ろしくなって顔を背け、急いでその場から立ち去った。近くの公園まで走って、東屋で一息ついた。砂場で小さな子供が遊んでいた。スコップを持って、盛んに穴を掘っていた。その隣にはやさしい眼差しを子供に向けている母親がいた。

<これはいったいどうしたことなのだろう?>

私は自問した。そして思い出した。出国する前に私は自分の体細胞と記憶のバックアップを取っていた。もし自分が死んでしまっても家族が困らないようにと思ってそうしていたのだ。そして私は赴任先の国で内乱に巻き込まれて長い間、行方不明になっていた。事務所のあったビルが倒壊して同僚が何人も死んだ。私もその時、死んだと思われていたようだった。そして私が死んでしまったことで契約通りに私のバックアップからもう一人の私が作られたに違いなかった。さっきの男は私の遺伝子と記憶を引き継いでいるのだろう。性質も性格もすっかり私と同じだろう。それは私が死んでしまった時のために私が思い描いたストーリーだった。あの男は私の抜けた穴をしっかりと埋めてくれて、妻と子供の生活を経済的にも精神的にも支えてくれているのだ。そこに私が割って入ることができるだろうか? きっと邪魔なのはここにいる私に違いない。私さえいなくなってしまえばすべては丸く収まる。だが、このまま身を引くなんてことができるだろうか? 赴任先で災難に遭って、なんとか命をつないで、ようやく戻って来たのだ。妻や子供たちと一緒に暮らしたいという切実な思いが死にかかっていた私をなんとか支えていたのだ。死んだと思われていたオリジナルが生きていたのだから、この場合に引き下がるのはコピーではないだろうか? 一度、彼と話をしてみよう。彼と言っても私に違いないのだから、私の言うこともわかってくれるかもしれない。

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