5. 帰宅その一
地下鉄の改札を抜ける。エレベーターで地上に出ると目の前にバスのロータリーがある。家族を駅まで迎えに来ていると思しき乗用車がバス停付近に止まっている。信号待ちしていたバスがロータリーに入って来て重量感のあるクラクションで邪魔な乗用車を威嚇する。乗用車は慌ててバス停を離れる。ロータリーのすぐ近くにあるスーパーが夕食の買い物にやって来た人たちで賑わっている。その横を通り、銀行のATMの前を過ぎ、休日には行列のできるうどん屋の前を通り、お好み焼き屋、かわいい目をした鹿のイラストが目印の耳鼻咽喉科、郵便局の前を通り過ぎる。そこから緩やかな坂道になっている。春先にきれいな白い花を咲かせるハクモクレンの並木道が続いている。そこを登りきると我が家はすぐそこだった。
「ただいま」
ドアを開けて中に入る。子供が驚いた表情でこちらを見ている。
「お父さん! お父さんが帰って来た!」
何をそんなに驚いているのだろう? 帰って来るに決まっている。ここは私の家なのだから。
「お父さん、今まで何処に行っていたの? ずっと待ってたんだよ」
朝、行ってきますと言ったのに、なんだかずっと会っていないみたいだった。
「おかえりなさい」
妻は夕食の支度をしていた。朝会った時に比べるとやつれているような気がする。髪も少し短くなったような気がする。
「今日、髪切ったの?」
そう聞いた時に、妻が少し驚いたような素振りをしたように見えた。
「そうなの、ちょっと短くし過ぎたかしら?」
妻が答える。
「そんなことないよ。とても似合っている」
私がそう言うと彼女は笑っていた。