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王城にて

淡い藤色よりの銀髪を靡かせながら王城を歩くのは公爵家令嬢、アイリスだった。


テイリア王国第一王子、パリス・テイリアの婚約者。


今日はパリスから国中の貴族が通う学園の入学前のお茶という事で呼ばれていた。

アイリスは伏せ目がちにパリスの執務室を目指す。




パリスとアイリスは政略的婚約だった。

パリス13歳、アイリス11歳。アイリスの公爵家がパリス支持貴族筆頭であったための決められた婚約。

13歳から3年間通う学園で貴族は婚約者を決める。普通であれば。

パリスは王族という事でアイリスをあてがわられた。


決して不仲ではなかった。周りから見ても釣り合いの取れる、同世代から見たら理想的な2人だった。周りから見たら、の、話だが。






「失礼します。アイリスでございます」


「入れ」


声が聞こえて、ドアが開けられる。


執務室に入ると、パリスと彼の乳兄弟が1人いた。



武術を嗜んでいるだけあって骨格が良く、少年と青年の間の時期であるがパリスは青年寄りの色気を醸し出していた。

アイスグレーの瞳でアイリスを一瞥し、ソファに座る様に促す。

アイリスは自家製の紅茶を側近に渡し、持ってきていたバスケットの中のこれまた手作りのフルーツパウンドケーキを切り分けていく。


「今日の紅茶はカモミールと季節の変わり目ですので薬草を少々を加えております。味に少しクセがあるので、キツイと感じたら蜂蜜を加えていただければ本来のカモミールティーに近い味になります」


皿を貰いケーキをよそいながら説明を行う。

落ち着いた透き通る声、眠気を誘う様な甘い花の香り。年より早熟した身体つきに落ち着いたドレス。派手なドレスも清楚なドレスも似合うが、場所に合わせてきちんと合わせてくれる。

淑女、とはまさしくアイリスのことを言うのだろう。


紅茶を渡しながら側近は思う。

きちんとお礼を述べアイリスは「美味しいです」と呟く。



紅茶が置かれたと同時にパリスも向かい側のソファに座る。



「入学式の祝辞を述べるそうだな」

「はい。入学前の試験でどうやら一位だったみたいでして」

「それは、お前の努力の賜物だ。おめでとう」

「ありがとうございます。パリス様は学園には通わなかったのですよね。私、沢山のことを知り、勉強してきますわ」


王族は特別に家庭教師が居るので通学は免除され、パリスもそうだった。



「いや、俺も通いたいと思う」


こいつもな、と側近を指差してパリスは王族らしからぬ笑顔ではにかんだ。

コッチが素顔なのだろう。初めて見た。






もしかして、自分が通うから?

婚約者を心配して?





アイリスはパリスを見、パリスもアイリスを見た。

美男美女の見つめ合いに見えるだろうが、実際は腹の探り合いである。



「アイリス、これから俺はお前を傷つける」


そう言うと、パリスは一息置いて彼女を見た。













「市井に降りた時に恋に落ちた、ですか…」

「あぁ…平民の…」


パン屋の娘。


正体を隠し街へ出た時に暴漢に襲われそうになった所を助けたそうだ。どうやら友達が暴漢に当たり庇ったのを怒らせてしまったらしい。友達は助けを呼びに居らず1人で言い合っていた際に暴力を振るわれそうになり、通りかかったパリスがおさめた。それ以降、お忍びの際彼女に会い愛を育んだ…と。


「お前にはすまないと思っている。だが、彼女以外を愛せるとは思えないんだ。…すまない」


「それはお飾りの妻になれと言うことですか?」

声を荒げずゆっくり聞く。


「正妃、にしたいと願っている」


事実上の婚約破棄である。


側近は初めて知らされたのかパリスに踵を返し、ため息をつく。


「彼女は学園の…平民の特待生なのだ」


一部の平民で学力または武術が優れていれば入学できる制度、特待生。

優れてはいるのだろう。


彼女に会いたいために学園へ通う。


そう言うことなのだ。





「だが、平民を正妃にしたとなれば他の派閥貴族から揚げ足を取られるだろう」

「そうでしょうね…パリス様は皇后様の唯一の王子。側室のマイナ王子に双子のロイ王子、ルイ王子。マイナ王子は隣国の姫を娶る予定でしたよね?ロイ王子は宰相補佐様のご令嬢でしたよね」


それでも国唯一の公爵家は後ろ盾としては心強い。

領土が国の4割を占める公爵家の当主はアイリスの祖父である。祖父は騎士団長と言う名の通り、領土の男性ほぼ騎士である。反乱を起こしたらひとたまりもなく、隣国と戦争を行ったとしても公爵領だけで勝利をもぎ取れる。

それほど、アイリスの背景には強力な味方が付いているのだ。

その当代の目に入れても痛くないほどに可愛がられるアイリスは[宝石姫]と言われ求婚の際は王家からの打診であった。




そのことを踏まえて、るからこその事前の相談なのだろう。




「このままいけば俺は王太子に任命される。しかし、彼女を取りたい。我儘ではあるが、王として彼女を正妃にしたい」

「それは彼女様の望みでしょうか?」

「俺の気持ちだ」


真っ直ぐに。

パリスはアイリスに向き合おうとしている。






「では、わたしはどうすればいいのですか?」


行き場を失うであろう私に貴方はどう答えるの?



「彼女を支えてもらいたい。学園では俺は表立って行動できない。後継人となる爵を探す間に淑女教育を施してほしい。お前を婚約者から外すと次の打診が来るので彼女の爵が取れるまで婚約者でいてほしい」


残酷な答えだった。




「わかりました」

感情もなく義務的にアイリスは答える。










わかっていても辛いものはある。


目の前の消えてしまいそうなほど儚げな少女を見据え、息を呑む。自分が今傷つけた少女をーーー。



視線が合い、思わず背いてしまう。どんな表情をしているか見たくなかったから。少女が悪いわけではない、自分が愚かだから傷付けたのに。今、少女を見ることができなかった。


気遣いもできる、政治にも詳しく、探究心もある。貴族令嬢には珍しく料理を行い最近では茶葉を組み合わせ自分の具合に合った飲み物を持ってきてくれる。

見た目も中身も完璧で窮屈、ではなかった。自分自身も彼女と同じ出来る側の人間だから。


その少女が、とうとう両手で顔を覆いテーブルに塞ぎ込んだ。




「ひどいことをしているとわかっている。…すまない」


声が震える。罪悪感から逃れてはいけない。心のどこかで目の前の少女じゃない平民の少女が映る。

肩が震えている。



「これは、両家を巻き込んだ婚約です。パリス様はそのことをわかって私に犠牲になれ、と言っているのですね。ひどいわ!



普通の令嬢は思うのでしょうね」



顔を上げた少女は少し悪い顔をしていた。




「パリス様はとても誠実ですこと」

「馬鹿にしているのか?」

「いいえ、褒めているのです。最悪の事態になる前に事前に相談を行い、相手の彼女を想い自分の意見を伝え民の上に立つ人物になると」

とても素晴らしい心です。


拍手までしてきた。壊れたのだろうか?



「誠実だからこそ見ていて楽しいですわね」

「何が言いたい?」

「殿下は私の出生をご存知でしょうか?」


出生?


「公爵家令嬢だろう?」


いきなり少女が、得体の知れないものになった気がした。


少女は首を振り


「生まれは平民ですわ」と告げた。







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