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2.人倫から鳴る軋音 その①:未来へ続く岐路

 2.人倫から鳴る軋音


「そう言えば聞いたっすか? この店、来週で畳むってこと」

「え?」


 アヒメレクさんの言葉は寝耳に水であった。確かに、最近の経営状況が芳しくないのは知っていた。私のバイトのシフトも、数年前では考えられないほどスカスカになっている。なぜなら、多くの人手を必要とするほどの客が来なくなったからだ。(もちろん、私の懐事情が改善したこともあるが……)。


 しかし、だからといって畳むとは夢にも思っていなかった。しかも、来週なんて……唐突すぎる。


 店長のこの店に対する思い入れのほどを知る私には、まだ続けられる余裕のあるうちに店を畳むだなんて全く予想できないことだった。一体、いかな心変わりがあったのだろうか。


「て、店長! 今のアヒメレクさんの話、本当ですか?」

「ええ、本当よ。今日、リンちゃんにも言おうと思ってたの」


 キッチンの店長はあっさりと肯定した。


「……理由を聞いても、良いですか?」

「う~ん、『これ!』っていう大きな決め手はないんだけどね」


 店長は、かちゃかちゃと洗った食器を整理しながら、ぽつぽつと語ってゆく。


「小さいことの積み重ねっていうのかしら。アヒメレク君も高等文官試験に受かってバイト止めてお役所に就職するし、リンちゃんも高等部の……『特進クラスプロヴェクタ・クラシス』だっけ? にも進学できそうで、最近は金銭的にも余裕あるんでしょう?」

「あっ、店長それは……」


 私は魔女見習いであることをバイト先の皆には隠している。それは、国からの支援金だけでやっていけない=落ちこぼれであるということを悟られるのが気恥ずかしかったからだ。


 今でこそ、成績向上に伴い支援金の額も増えたし、過去王党派から貰った仕事の報酬金などもまだ残っているし、バイトを止めても大丈夫なぐらい生活に余裕はできている。だから、落ちこぼれである気恥ずかしさとか後ろめたさは以前ほど感じていないが、それにしてもカミングアウトが唐突すぎる。


 おっかなびっくりアヒメレクさんの反応を伺うが、意外にも彼は特に驚いたような顔はしていなかった。


「もう皆知ってるっすよ。リンちゃんが魔女見習いだってことは。新聞とかにも普通に写真も名前も載ってるし」

「あ、あはは……そうなんですか?」


 それはそれで面映ゆい。何となく落ち着かなくて、私は何度も椅子に座り直した。すると、遅れて自分の失言に気付いた店長が焦ったように弁解する。


「あ……ごめんなさい。実は皆、知ってたみたいで……リンちゃんは隠したがってたことは伝えてあったけど、裏では新聞の記事とかで普通に話してたから……つい、うっかりその調子で話しちゃってたわ。……気を悪くしないでね?」

「大丈夫ですよ。皆さんにバレてたのは本当みたいですし、気にしないでください。私の方も、何となく言い出すタイミングがなくて黙っていただけなので」


 店長の話しぶりに演技の気配はない。別に(からか)っていた訳でも、私を貶めようという訳でもない。ならば、店長が許しを請う必要も、私が許しを与える必要もなかった。


「――それより、店を畳むというお話の方を詳しく聞かせてください!」

「えっと……じゃあ、少し繰り返しになっちゃうけど……」


 店長はまず、アヒメレクさんが高等文官試験を次席で通過し植民地省に就職してバイトを止めること、私が成績を上げて金銭的に余裕を持ち始めたこと、そして他の従業員の様々な個人的な都合……といったものを理由に挙げつつ、最後にはやはり経営状況の悪化を口にした。


「このお店は……リンちゃんも知ってると思うけど、私の夫がもともとやってたお店なのよね」


 店長の旦那さんは、結婚して間もなく病気で亡くなった。その時に店を畳む決断をしても良かったが、これは彼の忘れ形見だと奮起し、それ以来ずっと一人でこの店を切り盛りしてきた。


「だから、ずっと守ってゆくものだと思ってたけど……現実はそうも行かなくなっちゃって……ここらで手仕舞いかなって」

「それは……寂しいですけど、しょうがないですね。これからのことは、考えているんですか?」

「実は――」


 その時、アヒメレクさんがニヤニヤしながら被せて言う。


()い人ができたんすよね?」

「え! 店長、それホントですか!?」


 聞くと、店長は困ったように照れながらはにかむ。


「こんな私でも愛してくれる人なの。……その人と、一緒に暮らそうと思ってる」


 店長は、そう言いながら慈しむように()()を撫でた。


 ――なんて素晴らしいのだろう!


 こんな先の見えない世の中で久しぶりに聞く明るい話題に、私は舞い上がった。これは本当に素晴らしいことだ。実に素晴らしい。


 来週末、この店でパーティーをしようという話になった。私が酒を呑める十五歳の成人になったお祝いと、従業員皆の新たな門出を祝って、最後に大いに呑み食いして騒ごうという訳だ。


 必ず私も参加すると約束し、私は店の前で二人と別れた。


 人の疎らな暗い夜道をスキップして学院へ向かっていると、マネが服の下から触手を伸ばしてきた。


「どうして、喜んでるんだ? さっきの話にそう嬉しいことがあったっけか」

「あのね、さっき店長はお腹を撫でてたでしょ? まだ膨らんできてはいないけど、きっとその人の子供をもう妊娠してるのよ!」

「あン? 繁殖したから喜んでいるのか? この国にはそういう文化があんのか?」


 察しの悪いマネに店長の行動の意味を教えてやったが、マネはどうにもズレた言葉を返してくる。


「……違うわよ。まったく、変なところでズレてるんだから」

「あのよォ、オレ様は人間じゃねぇ。だから、感覚的なところは経験に基づき毎回推測してんだよ」


 直したきゃ教えな、とぶっきら棒に開き直るマネ。そんなことで拗ねるなよと思いつつも、私は自分が喜んだ理由を教えてやる。


「子供はね――『未来』なのよ。この閉塞極まった世界。明日にちゃんと陽が差してくれるかも分からない暗澹たる時代だろうと、人間の営みは無限に続いてゆく。細く痩せ衰えようと、それは決して絶えることがない。その『未来』の片鱗を見つることができたから、私はこんなにも嬉しいのよ」

「ほーん……分かるようで分からない話だぜ」


 そう言いながら、マネは触手を引っ込めた。理解はしていないが、納得はした様子だった。


「とにかく、皆頑張ってるんだし、私も頑張らないとね……『未来』を生きる子供のたちのためにも」


 それが、大人の責務であるのだから。


 後日、パーティーは盛大に行われ、私たちはこのような時勢でも円満に別の道へ歩み出せることを感謝し、そして店の前で解散した。


 店長――いや、これからは本名の「イーナースさん」と呼ぶべきだろう――は、私たちが見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。落ち着いたら挙式をするという優しそうな夫の隣で、いつまでもいつまでも。


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