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4.愛国者 中編 その②:石像獣

 トンネルを抜けると、視界いっぱいに内海が広がる。私が連れてきた露払いの先遣隊の活躍もあって前方からの敵襲はない。加えて、この先の線路(レール)は『畝』の上を通る。つまり、周囲にあるものは内海だけだ。もう、敵襲はない。


 あったとしても――そこはベネディクトのホームグラウンドだ。


 今後の目処が立ったところで、私は客車の外壁をマネに掴ませて滑るように後方へ向かう。それと同時、客車の中の様子を窓から覗き見た。


(……恐慌状態?)


 足の踏み場もないほどの混雑だった。三両目の客も二両目に避難してきているのか、来賓の皆々様方は甚く怯えきった様子で押し合いへし合いを繰り広げていた。


 そこにベネディクトの姿はない。


 この蒸気機関車に乗り合わせた護衛は四人、いずれも魔法使い(ウィザード)だ。三両目に私とベネディクトが、二両目には軍属の若者が二人乗っていた。数だけを見ると頼りなく思えるかもしれないが、魔法使い(ウィザード)が四人も居れば大抵の問題はなんとかなる。


 そもそも、蒸気機関車まで攻め込まれること自体、完全なる予想外。私ですら、警備網を強引に抜かれるだなんて、万が一の場合としてしか予想していなかった。いわば、私たち四人は保険として設けられた最終防衛ラインなのだ。


(軍属の二人は知らないけど……ベネディクトは水辺ならかなり()()


 きっと、食い止めていてくれる筈だと楽観的に予想した。その根拠として、フェイナーン伯の一件で見た傀儡師ジャミルや人狼(ライカンスロープ)といった月を蝕むもの(リクィヤレハ)の記憶があった。


 彼らには、借り受けた魔力の持ち主に由来する『一芸』こと有れど、その他の部分には手落ちが見られた。例えば、傀儡師ジャミルは身体への変異はなく耐久度に難があったし、逆に人狼(ライカンスロープ)は全身の変異によって身体能力こそ強化されていたものの結局、魔法的な攻撃は一度もしてこなかった。


 そんな手落ちだらけの相手に、大袈裟な言い方をすれば『万能』とも称される魔法使い(ウィザード)が正面から競り負けるとは思えなかったのだ。


()()()()()なら、ベネディクトが遅れをとることはない。ましてや、学院を卒業している軍属の二人だっている。まだトンネル入口が突破されて十数秒しか経っていない。そんな短時間で三人が倒されるなんてことは――)


 ありえない――その筈だった。


 だが、二両目の外壁を通過し終え、三両目に差し掛かった辺りで視界に飛び込んできた光景は、私の楽観的な予想を消し飛ばすには十分なものだった。


 肉塊が二つ、荒れた車内に転がっていた。それがあの軍属の若者二人のものであることは、特徴的な軍服のおかげで辛うじて判別できる。


(ベネディクトは――!?)


 視線を巡らせ、狭い車内で動き回る人影を二つ捉える。一方はベネディクト。


 なら、もう一方は――敵だ!


 考えるより早く私は動き出していた。一度、車体から手を離し宙に身を躍らせ、客車との間に距離を作る。これは()()()()だ。客車の破損はもうこの際は仕方ない。


 解放(バースト)――私は窓を突き破って三両目の客車へ突入した。


 ――斬れる。

 

 飛び散るガラスを振り払い、私は敵へ側面から斬りかかった。


 だが、私の確信は外れる。振るった魔力刃に伝わってきたのは、キンッという硬質な手応えだった。


(弾かれた――ッ!?)


 再びの予想外である。つくづく、上を行かれてフラストレーションが天井なしに募ってゆく。


 魔力刃を弾いたのは、敵の纏う鎧のような分厚い()()()()だった。ささくれだった岩石のような質感の外皮からは、他の有象無象の月を蝕むもの(リクィヤレハ)とは別次元の――ややもすれば、あのグィネヴィアにすら匹敵しかねないほどの――高密度の魔力が秘められていた。


(石の外皮とは……石像獣(ガーゴイル)の力でも借り受けたか? これは正攻法では無理!)


 これでは魔力刃など通らない。しかし、それだけだ。これぐらいの防御性能は()()()()! 解放(バースト)の勢いのままに、敵の後方へ抜けた私はマネに新たな指示を出す。


(悪いけど()()()()()――でないと、こっちが死ぬ)


 躊躇はしない。私の背後で母衣(ほろ)のように広がって追随していたマネの体組織が、石像獣(ガーゴイル)を引っ掛けた感触が伝わってきた。


 戦術・其ノ三――水牢。最初期に考案したシンプルな技。それはマネにアメ玉を与え、膨張した体組織で敵を包み込み、窒息ないしは溶かしてしまおうという()()()である。


 既にアメ玉は与えてあり、後は膨張させて敵を包み込むだけだった。


「――それじゃ駄目だ!」


 ベネディクトの鋭い警告が私の耳を刺す。何事かと振り返ってみて、その意味を察した。


 石像獣(ガーゴイル)の顔をすっぱり覆っていたマネの体組織が、みるみるうちに()()()へ吸い取られてゆくのだ。しかも、分厚い石の外皮はマネの『酸の性質』でもすぐには溶かしつくせず、表面の見た目をわずかに崩すのみ。奴は痛がる素振りすら見せない。


「こんな戦場だ。水属性魔法の使い手が来るだろうと思い編み出した『技』だったが……存外、よく働いてくれる」


 そんな籠もった低声が石の外皮の中から響いたかと思うと、石像獣(ガーゴイル)の放った無造作な後ろ蹴りが私の腹部へ突き刺さる。蹴りが直撃する寸前で、魔力刃を横にして差し込んでおり、ガードがぎりぎりで間に合う。だが、私の体はその衝撃で吹っ飛ばされ、客車後部の壁を突き破って車外へ叩き出されてしまった。


「グッ……マネ!」

「大丈夫だ、掴めている!」


 辛うじてマネの消化が間に合い、膨張した体組織の一部を客車に食い付かせることに成功した。危うく猛スピードで線路(レール)上に落下し、擦り下ろされるところだった。


「リン君!」


 私の敵討ちとばかりにベネディクトが魔力を練り上げ杖を構える。だが、私の意識はそれに対する感謝ではなく、もっと別のところにあった。


「子供は殺したくなかったんだが……」


 石像獣(ガーゴイル)の呟きを拾い、私の考えが正しかったことを知る。やはりそうか。


「――待って、ベネディクト! 待って! 攻撃しないで! 一時休戦よ! そっちも!」


 マネに私の体を思い切り引っ張らせて、私は再び客車に舞い戻る。


「無用な死人は出したくない。それは()()()()()()よ」

「……気付いていたのか」

「ええ、トンネルや線路(レール)ではなく蒸気機関車を狙ってくるところ。そして、護衛を除く乗客に一人も死人が出ていないこと。この二つは明らかに不自然なことだから」


 そうする理由を考えてみたら、自然とそこに行き着いた。敵は無用な犠牲を出してしまうことを嫌っている。目的はともかくその意気やよし。敵対関係に変わりはないが、気持ちよく戦える。


 しかし、ここは矛を収めてもらう。


「投降をオススメするわ」

「ほう?」

「前方車両との連結はとっくの昔に外してある」


 戦闘のゴタゴタの衝撃に合わせて、マネに連結を外させておいた。既に、機関車は豆粒ほどの小ささになって遥か先を走っている。


「これから追い付こうったって無理よ」

「ふっ……試してみるか?」

「それはこっちのセリフ! ――ベネディクトッ!」

「ああ!」


 ベネディクトが杖を振ると、内海に潜航させていた奥の手――彼の使い魔(メイト)塩水馬(エッヘ・ウーシュカ)がその存在を誇示するかの如く(いなな)きをあげる。そして、大量の内海の塩水が客車を襲った。客車は停止するが、水は客車内部には入ってこず外をすっぽりと覆うに留まる。


「アンタのいう『技』のタネは分からないけど、無限に吸い取れる訳でもないと見た。どうする? まだやるってんなら、私たちと一緒に客車ごと内海に沈んでもらうわ」

「玉砕覚悟か……その歳で大したものだ。護衛として乗り合わせるだけはある」


 感心したような口振りで、他人事のように私を称える石像獣(ガーゴイル)。そして、両手を軽く上げて「参った」と降参のポーズをとった。その余裕は崩れる気配がない。


「今日のところはひとまず退散するとしよう……()()()()()()()()()()()()()()は確認できたしな。目的は達した」

「は? 何ですって?」


 目的は達した? それは開通式の妨害ではないのか? 機関車は客車を一両失っただけで、このまま行けば無事にエンゲデ駅まで辿り着くだろう。


「さらばだ」


 しかし、石像獣(ガーゴイル)は私の問いには答えず、客車の壁と水を勢いよく突き破って陸地の方へ去っていった。


 彼の姿が丘の向こうへ消えると、エンゲデ駅の方から歓声が聞こえてくる。敵が無用な犠牲を嫌っているというのなら、これ以上の襲撃はないとみていいだろう。


 開通式は成功した。


 なおも警戒を維持しつつ、私はベネディクトに問う。


「ベネディクト、烙印(マーキング)は?」

「さっきの強いのにはできなかったけど、他の雑魚には何人か」

「よし……」


 これで奴らを追跡できる。あわよくば、その根城も特定できるかもしれない。


「……っふぅ……」


 今できることをやり終えた私は、ため息をつきながら緊張の糸を緩め、座席に腰を落ち着けた。座席は、出発前の上品な革張りが見る影もない。さながら、私の心を映したかのようにボロボロだ。


「……堪えるわね」

「何がだい? 僕らの勝ちじゃないか。機関車も来賓も守りきったし、烙印(マーキング)から奴らの足取りだって追える。開通式は大成功だ」

「もし、向こうが本当に()る気だったら違った結果になっていた筈よ」


 私たちは見逃された。手心をかけられた。


(悔しい……)


 私たちは有効打を欠いていた。仮に内海の底へ引き摺り込もうにも、その前に二人とも挽き肉にされていたことだろう。


 それでも、やりようはあった。戦術・其ノ三――水牢だけでなく、敵の硬い防御を突破する手段はいくつか考えていた。しかし、そのどれもこれもが『道具』を要し、来賓も居る都合上、危険物等の持ち込みが制限されている中では、それらを満足に発揮することができなかった。


 負けは負けだ。私の手札が限定されていたとはいえ、戦闘とは必ずしも常に互いが万全の状態で始まるものではないのだから、装備がなかったので負けましたなんて何の言い訳にはならない。


(悔しい……!)


 何が戦闘の天才だ。これぐらいの敵も打ち倒せないようでは……クラウディア教官に面目が立たない。


 不意に、どこからかブツっという音がした。見ると、握り拳の中で私の爪が皮膚を突き破り肉に食い込んだ音だった。


 すかさず、マネの触手が血の滲む手を包み込んで止血した。


「リン、誰がなんと言おうと、これはオレ様たちの勝利だ」

「……ありがとう」


 この悔しさは忘れない。だが、今は、今だけは忘れよう。まだやらなければならないことが山ほど残っているのだから。


「急ぎましょう。この客車もさっさと移動させないと……見物客の目に映らないようにね。それにアーシムさんたちの方も心配だわ。まだ戦ってるかも」

「よし、それじゃあツォアル駅まで塩水馬(エッヘ・ウーシュカ)()かせよう」

「お願いね」


 ベネディクトが杖を振ると、塩水馬(エッヘ・ウーシュカ)と内海の塩水が客車を動かし始める。


 戦闘音が聞こえなくなったので、もうアーシムさんたちの方も戦闘を終えている頃だろう。なので、私は意識を半分ほど周囲の警戒に割きつつも、もう半分はベネディクトを信頼して休めていた。短い間だったが、行ったり来たり駆けずり回って頭も回して心身ともに疲弊している。


 座席に体重を預け、私はぼうっと考える。


『目的は達した』


 去り際に石像獣(ガーゴイル)の残した言葉がずっと引っかかっていた。


 当初、彼ら『怒れる民(アルガーディブ)』の目的は開通式の妨害が目的だと予想した。だから、私は線路(レール)や蒸気機関車への破壊工作を一番に警戒していた。


 しかし、『怒れる民(アルガーディブ)』がそういった手段を講じることはなかった。


(一体、何が目的だったと言うの……?)


 彼らが月を蝕むもの(リクィヤレハ)だったこと、乗客等への無用な被害を避けていたこと、この辺りがヒントになるだろうか。


 何か掴めそうではあったが、程なくして合流したアーシムさんたちと今後の対応を話し合う中で、喫緊の問題ではない石像獣(ガーゴイル)の言葉は徐々に思考の端の方へ追いやられていった。


 だがしかし、それもツォアル駅の方から文字通り飛んできた伝令役の魔法使い(ウィザード)の知らせを聞くまでの話だ。


『ツォアル候暗殺さる』


 私は、計り知れない喪失感の中、場違いな納得感を覚えた。


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