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(3)甘くて、心が浮き立つ様で、ちょっぴりビター

 このお話の主人公は、美味しい縛りで行こうかなと思ってます。

 美味しいが原動力で、それ以外には積極的では無い感じですね。

 どんな行動も、その裏には美味しいへの追求が有る――そんな感じ?

 次の日、ニーナルアが朝目を覚ました時には、既にリンラシアはベッドの中には居なかった。


「リンラシア様はお部屋にお戻りになりましたよ?」


 イリナは、オスタミク領から学園に通う間のニーナルアに付けられた、専属メイドである。兄のハルカラドにもボーイが一人付けられていて、主人が講義を受けている間は従者も従者教育を受けられる様になっている。つまり、将来のメイド長や執事長候補だ。

 それ故に狭き門であり、下手をすると主人以上に優秀な場合が多い。イリナにそんなつもりは無いのだろうけれど、そんな優秀な従者に常に見定められていると思うと、どうしても背筋が伸びる。

 ニーナルアが学園の中で、田舎子爵家と言われながらもそれなりの成績を保てているのは、イリナの存在が大きく働いているに違い無い。


 ベッドの中でリンラシアにお早うを言えなかった事を少し寂しく思いながら、ニーナルアはそんなイリナに問い掛けてみる。


「イリナはリーンとは初めてでしたよね? 私の妹はどうでした?」

「……噂通りに破天荒なお方に見受けられますし、言葉遣いも……。ですが、所作は完璧でした」

「ふふふ、リーンは完璧な言葉遣いも出来るわよ? 何でもその場に合った立ち振る舞いというのが有るのですって。昨日のリーンは妹としてのリーン。今日はどんなリーンを見せてくれるのかしらね?

 さぁ、そうと決まればリーンを迎えに行きましょう。寮の皆にも紹介しないといけないわ」


 そんなニーナルアの言葉を聞いて、イリナは少し首を傾げた。


「リンラシア様も食堂でお食事を摂られるのでしょうか? 『餐神』と聞き及んでいますが」


 過去に自身も考えた疑問の言葉を聞いて、ニーナルアは破顔した。


「リーン曰く『餐神』は美味しく食べる技術らしいわよ? だからこそ王宮も警戒しているのでしょうけれど。同じ食事でも三倍美味しく感じられるなら、それは全部が御馳走ですよねって」

「はぁ。聞いている限りでは普通ですね」

「ふふふ、その方法も、規律正しい生活をして、清潔で動き易い身嗜みを心懸けて、良く運動して、お腹を減らしてから良く味わって食べて、食べ過ぎないのが秘訣なのですって」

「……とても、普通ですね?」

「その普通を神の領域まで高めたのが私の妹よ? それはとても普通とは言えないわ。

 それより直ぐに行きましょう。リーンはふらっと居なくなるのも天才なのよ」


 そんな事を言いながらも身支度をしたニーナルアは、無事リンラシアに宛がわれた部屋で妹と再会する。

 妹のリンラシアは部屋の入り口で仁王立ちになって、部屋の中を睥睨していた。

 昨日のリンラシアは守衛に連れて来られる格好だったが、今日の妹はさらさらとしたワンピースだ。可愛い。


「お早う、リーン。どうしたの?」

「ニーナお姉ちゃん、お早うございます。お部屋の掃除はしたんだけど、どこまで弄っていいのかな?」


 見ると、部屋の中はすっかり綺麗で、寧ろ長年の汚れまでが漂白されたかの様に、新品の美しさを示していた。その中を、蜘蛛を三匹背中に乗せた猫が点検するかの様に歩いている。

 後ろに着いてきていたイリナが、はっと息を呑んでいた。

 そう言えば、昨日は遅くにやって来たから、寮管とも挨拶程度しか出来ていない。


「そうね。何をするにも初めに寮管と話をしないといけませんわ。

 でもまずは、食堂でお食事をしてからに致しましょう。

 寮の皆さんに紹介したいと思いますが、ご挨拶は出来ますね?」

「はい! ――でも、どんな感じで行くのがいいかな?」

「……そうね。リーンには悪いけれど、オスタミク領は田舎子爵と侮られている所が有るから、隙を見せない感じでお願いするわ」

「ん~~……完璧にするのも駄目そうなのよ? なら、子爵程度に繕った感じで、悪意を向けて来る人には『覇気』を当てて牽制かな?」

「そんなにさらっと言う事では無いと思うわよ?」


 そんな会話をしながら食堂へと向かう。

 入学準備と卒業者の追い出しを兼ねたこの時期は長期の休みで、しかもまだ朝早い時間だ。食堂には疎らにしか人の姿が見えない。

 それは多くの学園生がこの休みを利用して帰省しているからでも有るが、それ以上にやっぱり時間が早いからだろう。


 食堂には幾つもの丸机や長机が設けられていて、いつもならそのままその机へと向かうのだが、今日はリンラシアの紹介も兼ねて食堂の窓口へと向かう。


「そう言えば、リーンはメイドを連れて来なかったの?」

「リッテの妹のロッテが来てくれるけれど、今はお遣いを頼んでいるのよ? 私と違うルートで、その途中の珍しい食べ物の情報や調味料を調べてきて貰ってるの」

「――相変わらずね。

 でも、安心したわ。ハルカ兄がリーンの乗ってくる馬車を当てにしていたのに……って、ロッテは馬車で来るのよね?」

「……乗合馬車かな? でも、オスタミク領なら私が送れるのよ?」

「送る?」

「それは勿論妖精魔法で」

「…………」

「準備にはちょっと時間が掛かるけど、行き来するのは一瞬なのよ?」


 ニーナルアは、周りに人が居なくて良かったと安堵した。

 こんな話はとてもでは無いが誰にも聞かせられない。リンラシアの話を色々と聞いている筈のイリナですら顔を引き攣らせているのだから。

 きっと、神の名を冠しているだなんていっても『餐神』なんて戦う力も無さそうだと、侮ってくれた方が平和なのだろう。

 リンラシアが何でも無いかの様に語る妖精魔法の力は、どう考えても世界を震撼させるに違い無い。そしてそれが『餐神』に拘わらずリンラシアの持つどの『ユニーク』にも引っ掛からない事を思えば、他にどんな事が出来るのか知れたものでは無い。

 牽制に『覇気』を当てれば良いと、将軍か何かが言いそうな事を簡単に言うリンラシアだ。きっと『餐神』に戦う力が無いとしても、リンラシア自身には戦う力が備わっている。

 しかし、それに思い至らない愚か者だからこそ、目の前に見えた宝物だけに目を奪われて、馬鹿な画策を巡らすのだ。

 それなら、初めからそんな宝物を見せない方が良いと、ニーナルアは考えたのである。


「あはは……そんな事をリーンが出来ると知られたなら、リーンは攫われて荷物運びだけさせられる様になってしまうわ。……ですから、駄目よ。リーンの能力は誰にも知られてはいけないわ」

「ん~~、でも私には国王陛下も命令出来ないのよね? それなら大丈夫ね。何処に囚われても妖精魔法で戻って来れますし、私が魔法を使うのを封じられても、心配して見に来た妖精に頼めば戒めは解けるのよ?

 私が“美味しい”を探究するのに貴族の習わしは妨げでしか無いから、それなりに見せて手控えて貰わないと。狩猟ギルドの一員として依頼が有れば受けるけど、雇用には応じません。御墨付きが有るなら尚更ね。

 特A級の狩人は、安売りなんてしないのよ」


 リンラシアの言葉を聞いて、ニーナルアは乾いた笑いを漏らす。

 口を開けば吃驚する何かが飛び出してくるのは、これからも暫く続くのだろうか。

 そんな事を思っている内に、食堂の窓口に着いた。


「ん? 今日はどうしたのかね?」


 食堂で働くのは料理に関する『能力(アビリティ)』持ちで、男女の区別は其処には無い。今の料理長はそれこそ『料理長』の『ユニーク』持ちで、それは即ち五年もの間、料理長としての生き方を貫いてきた根っからの料理人だった。

 それが今は偶々男性だっただけで、特に職人の世界では性別を理由とした差別は見られない。

 其処に有るのは、神の一文字を冠する『ユニーク』持ちと敵対したが為に『ユニーク』も『能力(アビリティ)』も失われた逸話で有り、神から授かったそれらを蔑ろにする事への畏れだった。


 それは兎も角として、この料理長は気軽に学園生との会話に興じる気安い性格の料理長として知られていた。

 尤も、それは学園の食堂だからと言って画一的な料理を供するのを良しとせず、常に向上を目指す料理を愛するが為の行動だった。

 学園生の話題を聴き、顔色を見て、調子が悪そうならあっさり目に、暑い日や運動の後なら塩気を増してと、時間が許す限り最後の仕上げに手を入れる。その結果として掛けられる学園生からの「美味しかった」という声が、何よりもの誉れ。

 それが、この料理長ローザンという男である。


 ローザン自身致し方の無い事と理解していたが、学園の食堂で料理長をしていての唯一の不満は、折角様々な客が訪れる職場だというのにローザンと接するのはメイド達ばかりで、本来の学園生達と会話する機会が少ない事だった。

 それ故に、珍しく窓口へと足を運ぶ学園生の姿を、ローザンは驚きと共に歓喜を持って迎えたのである。


「料理長様、いつも美味しい食事をありがとうございます。本日は私の妹が入学の為に来ておりますから、ご挨拶させて頂きたく立ち寄り致しました」

「これから通わせて頂きます、オスタミク子爵領のリンラシアです。私も“美味しい”に関する『ユニーク』持ちですから、これからは時間の有る時にお話でも伺えればと思っています。色々な料理談義も出来ればこれ程嬉しい事も有りません。今後とも宜しくお願い致します」


 ローザンにとってこの時の会話はそれこそ挨拶だけで物足りなかったが、その言葉には大いに喜び、その機会を待つ事になるのだった。


 さて、普段ならばイリナだけで運んでいた料理を、ニーナルアとリンラシアも手伝って運んだが、当のイリナは不満顔である。


「主人に運ばせたとなれば、お嬢様方が安く見られてしまいます」


 イリナが溢した言葉を拾って、どうやら要らない気を遣わせてしまったと理解したリンラシア。


「猫を連れてくれば良かったかなぁ」


 と、再び砕けた言葉で溢すのを聞き付けて、ニーナルアが首を傾げた。


「猫って、眷属の?」

「お部屋を歩いていた猫でしょうか? 食堂に動物を連れてくるのは嫌がられます」

「メイドの格好をさせれば、お皿くらいは運んでくれたのにって」


 同じく眉を顰めたイリナも含めて、リンラシアの言葉を理解出来ない。

 その様子にちょっと考える様子を見せたリンラシアは、少し気分を変える様に話題を変えた。


「それより、学園のお話が聞きたいのよ?」


 或る意味好き勝手に生きて来たリンラシアにとって、自分には分かっているけれど他の皆には分からない事柄は、説明にも悩む難題だった。

 何と言っても前提となる知識が違う。経験が違う。レベルも違えば持っている『能力(アビリティ)』も違う。

 そうなると、何をどうやって伝えれば良いのか分からなくて、結局説明する事を諦めてしまうのが常だった。

 それは家族に普通の子供だと思わせてきた元凶であり、今のリンラシアを作り上げた悪癖である。


 それを知るのはリッテの他には狩猟ギルドのマスターくらいだろう。

 リンラシア自身もそれを悪癖として認識していないが為に、今もまた真実は隠されてしまう事となった。


「そうね。何処から話しましょうか――」


 そうして話すニーナルアは、食事をしながらもとても楽しくリンラシアとの会話を重ねていく。

 リンラシアは素晴らしい聞き手で、要所でそれとなく話題を仕向けるのに応えるだけで、笑いが絶え間なく溢れるのだった。


 しかし、ふとニーナルアは気が付いてしまう。


「リーン、笑顔で楽しく食事をするのも、美味しく食べる秘訣なのかしら?」

「そうよ? 顰めっ面は美味しい物も美味しく無くなるのよ」


 朝食を食べた後も、リンラシアはそつ無く子爵令嬢として(・・・・・・・)の挨拶を熟す。

 その様子に、ニーナルアは思う。

 リンラシアは可愛い。でも、リンラシアの本当が分からないのはちょっと怖い。

 けれどそれはもう決めた事だ。

 リンラシアがどうであろうと、オスタミクの仲間はリンラシアの味方なのだと。

 因みに、リンラシアは自分が美味しく食べることにしか今はまだ目が向いてないですね。でも、家族を相手にやらかしてしまってからちょっと反省していて、それ故に相手に合わせた料理を振る舞う料理長へは敬意を払う感じかも。

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