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汚泥の幼虫

 音から察するに、外では雨が降っているらしかった。無機質なコンクリートで囲まれた先の見えない通路では、ノイズ交じりのラジオがずっと流れている。この先は250メートルに渡って善良だと、穏やかな男の声がそう告げていた。


 底冷えするほど冷たい空間だったが、不思議と懐かしい匂いがした。私が歩くたびに、地面から染み出した雨水が湿った音をたてる。

 薄暗い通路をきっちり250メートル進むと、目の前に重厚な鉄の扉が現れた。錆に覆われて文字通りの錆色になってはいたが、押してみると思いの外すんなりと開いた。


 扉の先には短い階段があり、底には汚泥が溜まっていた。眼を凝らしてみると、表面で何かが無数に蠢いている。躊躇いなく、私は汚泥の中へと歩みを進めた。


 くるぶしまで汚泥に浸かり、しゃがんで何かの正体を確かめる。

 それは幼虫だった。凡そ6センチほどの体長で黄色く、全身を波打たせて不浄の海を泳いでいる。私はその姿に、どうしようもないほど共感と親愛の情を覚えた。


 私は汚泥になりたかった。火葬で灰にされるのも、土葬で冷たい地下に閉じ込められるのもまっぴら御免だ。私が死んだ時、その死体は道端にただ放置して欲しかった。やがて腐り、生き物の餌となり、溶けた汚泥として地に還る。法が許さないとしても、私はそうして欲しい。それが弔いになる。


 幼虫と汚泥を眺めていると、心の中の影が少しづつ解れていくのがはっきりと分かった。信じられないほど穏やかな気分になり、目覚めの瞬間が恐ろしくなった。ずっとここにいたい。私が生きるべき世界は現実などではなく、まさにこの場所ではないか。


 スマートフォンのアラームが私を叩き起こした。脳が沸騰するほどの怒りに満ちた目覚めだった。私はすぐにコーヒーでロラゼパムを0.5mg服用し、手巻き煙草に火を付けた。

 

 あれ以来、この夢は見ていない。私はその意味が明かされることを、あの場所に再び招かれることを願っているが、今のところその気配はない。

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