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3 望月の詭弁


 なぜかおじさんは、得意げに人差し指をくるくると月を差したまま回すと、そのまま、その指を僕に向けてきた。


「そう。そして、君は今、月よりも遠い太陽からの光を、月を使って、その全力の光を見て、その体に受けて立っている。

 それは、すごいことなんだよ。

 だって今、君は太陽と月と地球の関わりの中にいる。

 三つの星を知ることが出来るすごい存在なんだ」


 おじさんは、僕を指差していた右の人差し指を今度は真っ直ぐ下に向けると、言葉を続けた。


「しかも、ここはどこだと思う?

 地球で、太陽にも月にもない、植物がたくさんある神社の庭だ。そして、晴れた空で、雲ひとつない満月が見えている。

 特別な場所に、特別な時間。そこに君はいるんだ。

 それだけで、もう君はすごいんだよ。

 ここに、居るだけで、もうすごい存在なんだ」


 おじさんは、そう言って、口元で大きな弧を描いた満面の笑みで、僕を見つめた。


 その目は、月の明かりに照らされた眼鏡の奥で、たしかに僕を見つめていた。


 でも。


「僕は、すごい存在じゃない」


 僕は心細さと、怒って家を出てくるまでの事を思い出して、胸が締め付けられそうに、苦しくなった。


 だって。


「僕は、全然すごい存在じゃない。

 弟を叩いちゃったし、お父さんにもばかって言っちゃったし。

 全然、おうちの手伝いも出来てないし、弟の面倒も見てない」


 全然、何も出来ていない。


 それなのに、ここにいるだけで、すごいって言われても、そんなの嘘だ。


 僕は、全然すごくない。


 涙が出そうになって、顔を下に向けると、おじさんの大きな声が飛んできた。


「それは、違うよ!」


 僕は、びっくりして顔を上げると、おじさんを見つめた。

 おじさんは両手を広げて、少し大きな声で言った。


「君はすごい存在だよ。

 それは間違いない。

 月と太陽と地球がそれを証明している。

 それに、君が言った理由は、おかしなことばかりだ。

 だって、家の手伝いも、弟の面倒も、それは君じゃない人から、君への願い事じゃないか。

 神様だって、お願いされただけで、全ての願い事を叶えるわけでもないのに。どうして、君は人の願い事を全て叶えられないからって、落ち込むんだい?神様もしていないことを君がする必要はないじゃないか」


 僕はびっくりした。


 おじさんに言われて気がついた。


 そうだ、僕はいつも、お父さんから、お母さんから、周りの大人の人から言われたことをやろうとしていただけだった。

 褒めて欲しいから、大人の言う願い事を叶えようとしていただけだった。


 それは、僕の願い事では、無い。


 僕は、胸が詰まったように感じた。

 喉の奥が、震えてしまう。


 僕じゃない人からの願い事を叶えられないからって、僕はずっと自分を責めていた。


 だって、人の願い事を叶えないと、褒めてもらえないから。褒めて貰えないと、僕がいいものなのか、分からないから。褒めて貰えれば、僕はちゃんとここにいるんだって、思えるから。


 だから、僕は。


「僕は…」


 僕は、本当は何を願いたいんだろう?



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