2 満月の理由
それでも何だか面白くない。
僕は顔を顰めておじさんを見返した。
おじさんは、僕の顔を見てもやっぱり少し笑ったままで、眼鏡の奥の目をさらに細くすると、言った。
「そんなに怒らないでくれよ。
そうだな。それじゃあ、ちょっといい事を教えてあげよう」
「…いいこと?」
「そう、君は今、あの月が見えるだろう?」
おじさんは、木を背にして、少し高くなった位置にある東の月を見上げて言った。
「あのまぁるい月はね、なんで光ってると思う?」
僕はおじさんにつられて、月を見た。
光ってる。
さっきよりも小さくなった丸い月が煌々と輝いて、黒く塗られた空の真ん中に迷う事なく浮かんでいた。
その月が輝く理由。
僕は図書館から借りた本に書いてあったことを思い出しながら、答えた。
「…太陽の光が、月に当たって光ってる…?」
たぶん、そんな感じだったと思う。
おじさんは、ちょっと僕に視線を寄越すと、ちょっと考えてから言った。
「じゃあ、太陽はどこにあるの?」
「え?」
「今、わたしたちは月が見えている。そして、それは太陽の光が月に当たっているから。じゃあ、太陽はどこ?」
僕は黙ってしまった。答えられない。
どこだろう?
朝になれば、太陽は出てくるし、夕方には沈んでいく。
じゃあ、夜の間はどこに?
僕は今までの知っていた僕の空が、急に分からないものになってしまい、不安な気持ちになった。
お腹も空いているし、ちょっと悲しくなってきた。
「…太陽は無くなっちゃうの?」
僕は心細くなり、服をぎゅっと握りしめながら、おじさんに聞いた。
そんなことないよ、と言って欲しくて。
おじさんは、すっ、と右手の人差し指で月を示すと、
「あの月は今、真っ直ぐわたしたちの前にある」
にっこりと僕を見て笑った。
「その月をまっすぐ照らしているのは、わたしたちの後ろにあって見えない太陽だ」
「後ろにあるの?」
僕はそっと後ろを振り返ると、そこには絵馬が鈴なりにぶら下がっているのが見えた。
ないじゃないか。
僕はおじさんをもう一度見ると、おじさんはまた少し笑みを深くして僕を見ていた。
吹き出したら怒るからね。
むっとしていると、おじさんは笑みを浮かべたまま、話の続きをしてくれた。
「そんなすぐ後ろにはないよ。
わたしたちのいる地球の後ろで、月よりももっともっと遠いところにあるよ。
わたしたちは今、地球という大きなものの陰にいる。
それは太陽が反対側を照らしているから、わたしたちのいる方が影になっている。
影踏みとか、遊ぶかな?
光があるから、わたしたちに、影が出来る。そこまでは、いいかな?」
僕は、首を縦に振っておじさんに答える。
おじさんは続ける。
「光は一方向にしか向いていない。太陽はまっすぐにしか、照らせないんだ。だから、丸い地球を照らすと、半分は光って、半分は暗い。
それと同じで、今、わたしたちが見ている月は、太陽からの光がまっすぐ当たって光って見える。
そして、わたしたちから見えない月の裏側は、太陽の光が当たらないから、真っ暗だ。
さて、問題だよ。
真っ暗だと何が見える?」
おじさんは、ニヤッとして、もう一度、右手の人差し指で月を指差した。
「…月?」
僕はおじさんが指差すものをそのまま口にした。
おじさんは、ふふふと声に出して笑った後、続けた。
「そう。真っ暗だと月や星が見える。
太陽がある時は、青い空で月も星も見えない。
日中、星が消えるわけじゃない。見えなくなるだけで、ちゃんとあるんだ。
それじゃあ、話を戻すけど、今、君は月が見えている。丸い月がね。
丸く見えるのは、月が丸くて、可能な限り月の光が当たるところに光が当たっているから。
つまり、今見えている月は、太陽の光を全力で受けて、君に見せているんだ」
「全力?」
「本気で力いっぱい」