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7 約束の一つ

あの膨大な荷物(女の人にとっては)を和樹の家に運びこんだ。


本当にかの家が商店街に比較的近い位置にあってよかった。


これなら少し急げば、シチューに間に合うかもしれない。


正直カレーの方が好きなので敢えて遅らせようかと邪心が湧くが、


絶対に怒られはするので安全策を取ろうと思う。


そう決断し、玄関先に荷物を置き、すぐさま帰ろうとしたところ、


妹は俺に窺うように聞いてきた。


「すいませんが、少し時間いいですか?」


時間がいいかと言われれば、よくはない。


今の俺にとって答えはこれだろう。


けれども彼女のどこか真剣な表情が気にかかったのか、俺は了承の返事をしていた。



そうするや否やリビングに案内される。


俺はそこに入ったときその光景に目を見開く。


見慣れたはずのそこは大きく様変わりしていた。


ソファーとテレビに、ゲーム機くらいのものだったそこには、


しっかりとカーペットが敷かれ、


ソファーにはしっかりとクッションがいくつか置かれている。


それだけでなく、


ところどころには和樹やカレンがそれぞれの友人と撮ったような写真が飾られている。


・・・いや、それどころか、観葉植物さえところどころに置かれている・・・だと・・・。


本当に何もなかったというのに・・・。


ゲーム機なんかが見当たらないが、おそらく和樹の部屋にでもあるのだろう。


なんというか・・・随分な変貌だ。



そこにあったのは、人間が生活しているという様子が見るだけでわかる部屋だった。


ここまで部屋の様相を変えるとなると、


妹がほとんど料理もできなかったというのも納得だ。


いやはや、ここまでよくここ数日でできたものだ。



俺が彼女のことを内心で称賛していると、


「あっ、


そちらでテレビでも見ていてください。」


俺をソファーに導き、どこかへ行ってしまった。


てっきり和樹について何か聞かれるのかと思ったのだが・・・。


「・・・どこに行ったんだ?」


仕方がないと手慣れた手つきでテレビをつけ、ソファーに深く腰掛ける。



それから待つこと十数分、


勝手にテレビを見ていた俺の視界が何かによって塞がれる。


そして聞こえてくる声。


「だ~れだっ!!」


聞こえてきたのは、俺は知ってはいる人物の楽しそうな期待に満ちた声。


「・・・・・・。」


それに対して俺がした反応は無だった。


当然だ。


彼女と俺はそれほどの仲ではない。


まあ、そもそもそんな仲でも俺は乗らないが。


けれども彼女はめげずにそれを続ける。


「だ、だ~れ・・・だ・・・?」


そこには若干の恥じらいがあったように思う。


けれども俺にそんなものは関係ない。


「・・・・・・はあ・・・。」


沈黙の後、溜め息を吐く。


すると彼女は俺がそれに乗る気がないことを悟ったのだろう。


ゆっくりと手を離す。


「・・・少しくらい乗ってくれてもいいじゃないですか・・・。」


背からそんな恨み言が聞こえる。


・・・いや、乗らないだろう・・・まったく俺に何を求めているんだか・・・。


そう呆れた俺は用件を聞かんと、ソファーの背もたれに手をつき、振り向く。


「・・・で、要件は・・・っ!?」


その瞬間、俺は固まった。



視界に入ったのは、ブラウンを基調に赤や青で装飾された見覚えのある服だった。


いや日常的に目にする服。


俺も男のバージョンだが持っている。


「・・・それは?」


俺は目を見開いたまま、聞く。


すると彼女はどこか恥ずかしそうにしながら答えてくれる。


「今日届いたんです。


先日も言いましたけど、高校に受かりましたので・・・。」


・・・そういえば、あの時、制服姿を見せに来い・・・なんて言った覚えが・・・あるような・・・


・・・ないような・・・。


そんな可哀想な脳みそを持った俺に、


先ほどの後遺症のせいか、目を潤ませ頬を染めた彼女は窺うように聞いてくる。


「だから先輩に最初に見せたくて・・・どう・・・ですか?」


「・・・・・・。」


そんな彼女の様子に見惚れ・・・いや、絶句する俺。


いや、どうって・・・。


そんなのは決まっている。


彼女が着ているのは、巷で可愛いと言われる制服だ。


これが理由でここに入りたいなどと憧れを口にするほどのそれ。


それに加え、元々もともいいのだから・・・。


『・・・そんなのあいつに・・・。』


俺が適当に答えようと視線をそちらに向けると、


彼女はどこか祈るようにこちらを見つめていた。


「・・・・・・。」


・・・ちゃんとじゃないと・・・ダメだよな・・・。


けれど、俺にはそれをそのまま口にするような勇気はなかった。


・・・さてどうしたものか。


迷った末、俺は時間稼ぎをすることにした。


ふと思った疑問を口にする。


「・・・今、最初って言わなかったか?


ということは、和樹には見せていないのか?」


彼女は俺から目線を外して言う。


「・・・はい。」


すると彼女はこちらをまっすぐ見て、動揺しているのか口調を崩しながらこう言う。


「やっぱり最初は・・・だ、だって先輩が励ましてくれたから私はここにいれるから・・・。


・・・だからその・・・やっぱり最初に見せたかったといいますか・・・なんといいますか・・・。」


最期の方は俯き加減だったので、


聞き取り辛かったが、彼女の本心はなんとなく感じ取れた。



正直、そんな大したことをしたつもりは毛頭なかったのだが、


どうやら彼女にとってはそれが余程のことだったのだろう。


その約束は彼女の中で譲れないことの一つだったのだろう。


普通に考えて、そんな知らない奴とした約束なんて破ってしまえばいいものだと思う。


碌なつながりのない俺か十年ぶりに再会を果たした兄である和樹か。


こんなのわかりきっている。


こんなの選択肢にもなるまい。


それでも俺を選ぶとはなんというか実直・・・なんというか仕方のないやつだ。


今思えば、恐らくだが,さっきの目隠しなんかも照れ隠しだったのだろう。


彼女は慣れない変化球を投げたのだ。


それに俺が乗らなかったから、


直球で言わざるおえなくなった。


といった感じだろうか?


恥ずかしさからか、彼女は今も視線を合わせずに俯いている。



「・・・・・・。」


・・・これは俺もしっかり答えざるおえない・・・だろうな・・・はあ・・・。



俺は意を決して口を開く。



「・・・帰ってきたら、兄貴に見せてやるといい。


あいつなら俺の気持ちをそのまま伝えてくれるだろうから。」



・・・全然しっかりではなかった。


どこか投げやりの答え、最初に思いついたそれとあまり変わらなかったが、


それが俺の精いっぱいだった。


・・・顔が熱い。



彼女は俺のそんな情けない答えに頷くと、


花が咲くような笑みを浮かべるのだった。



その日の夜、


やたらとたくさんの写真が送られてきた。


その数は・・・100からは数えるのはやめた。


今現在、携帯が自動カウント中。


ふむ・・・400オーバー・・・この様子だと今日中に1000行くかもな・・・。


和樹の大暴走も大暴走。


俺は少し早まったかもしれんと思いつつ、


一枚目の彼女の嬉しそうな写真を見て、口元に小さく笑みが浮かべるのだった。



因みに最後に送られたメッセージはこれだ。


『カレンに怒られた・・・助けて・・・。』


それを無視したのは言うまでもない。


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