6 商店街案内
商店街は休みの日ということもあり、人が溢れていた。
要するに俺みたいなやつが休みの日に来る場所ではない。
・・・よし帰ろう・・・。
俺が条件反射で身を翻さんとしたところ。
「ここが商店街ですか・・・人がいっぱいですね・・・。
私1人だったら、困ってしまっていたと思います。
氷見先輩がいてくれて頼もしいです。」
白峰カレンは驚きの感情の後こちらを見て、安心したように笑みを浮かべる。
逃げ場が塞がれた。
・・・帰るに帰れない・・・。
俺は内心溜め息を吐く。
そして自分に問いかける。
あの期待の眼差しに逆らえるのかと、裏切れるのかと。
当然、答えなんてすぐに出る。
・・・仕方がない・・・。
そもそも一度案内すると決めてしまったのだから、
ここまで来て帰るのも、それはそれで何か違うだろう。
俺は覚悟を決め、人ごみに身を任せることにする。
・・・一応目を離さないようにしておこう。
「ここの肉屋は・・・。」
「この魚屋のおっさんは美人に甘い。」
「ここは火曜日に安くて・・・。」
といった風に、
妹からの受け売りの商店街お得情報なんかを披露する。
何度か逸れそうになったが、
その度に俺が彼女のもとへと戻り事なきを得た。
そして、大体の案内と買い物を終え、
ふと疑問に思った。
「さっきから感心しっぱなしだが、
和樹に案内されたんじゃなかったのか?」
今ひけらかした受け売りの知識は、
俺のお使いに付き合っていたあいつも知っていたのではないかと思う。
というか、あいつは記憶力がいいから、
途中からは分担して買い物をした覚えもある。
彼女は俺の質問に言葉を濁しつつ答える。
「えっと・・・実は今日その予定だったんですけど・・・。」
濁された内容を簡単に言い換えると、
和樹のやつがその予定をすっぽかしたらしい。
なんでも今日急な仕事の予定が入ったらしい。
まったく何をやっているんだという感じだ。
呆れて物も言えないという感じだが、
おそらくあいつ自身が最もそれを楽しみにしていた可能性が限りなく高いので、
口には出さない。
楽しみにしていたので残念だったが、
兄が出かけて家にいないので、これを好機と、あることを思いついたらしい。
兄に自分が頑張って作った料理を出して、びっくりさせようと。
どうやらここ数日は荷ほどきや、掃除なんかをしていたせいか、
料理という料理が作れず心苦しかったのだとか。
「兄さんが好きな料理って、グラタンや、シチューでよかったんですよね?」
「ああ、基本的になんでも食べるよ、あいつは。
他に好きなのって言ったら・・・。」
と聞かれた内容を答える。
すると彼女は可愛らしいメモ帳を取り出し、書き込み始めた。
どうやら情報収集を開始したようだ。
その様子を見た俺は折角だからと、
思いつく限りのあいつの好物を挙げていく。
彼女はそれを聞いて、
時折笑みを浮かべたり、難しい顔をしたりしながら、一品一品メモを取っていく。
作れそう、厳しいかも。
そんな言葉が時折口から洩れていることから、どうやらシミュレーションしているようだ。
本当によくできた娘だ。
そうして大体の好物を伝えた後、補足して嫌いなものを一応伝えておくことにした。
「あいつデミグラスソースがダメなんだ。
なんでもあの苦みがダメなんだとか・・・。」
それから何品か間違って出してしまわないように注意を呼びかける。
こんなことで小さないざこざが起きても困るしな。
さて、こんなものだろうか?
「ありがとうございます。間違って出さないように気を付けます。」
彼女はそうお礼を言って、手提げの中にメモ帳をしまう。
・・・本当になんていい娘なんだろうか?
こんな感想が再び今度はあまりにも感情がこもり思わず口から洩れてしまう。
「い、いえ・・・そんなことは・・・。」
彼女は俺から顔を反らし、そう謙遜する。
このクソ寒い中、牛乳を買って来いという妹とは大違いだ。
今日は日が沈む前には起きたというのにまったく・・・。
と内心瑞希をボロクソに言った俺は一瞬寒気を感じたので、
フォローを入れることにする。
まあ、瑞希は今日掃除なんかをしていて大変なので仕方のないことなのだろうが・・・。
それでも不安に思ったのか、
俺は何か買っていくかと機嫌が取れそうなものを探す。
・・・あれだな・・・。
俺は再び肉屋に戻り、
揚げ物をいくつか購入する。
妹への普段の感謝の気持ち(捧げもの)だ。
先ほど揚げたてだと言っていたせいか、
まだ暖かい。
シチューにすると言っていたが、
確かカレールーもキッチンに出してあったことから、迷っていたのだと思う。
よって、俺の帰りが遅くなると判断するや否や、
カレーへとスイッチすることだろう。
これでメンチカツカレーやコロッケカレーに進化するので、
念のため牛乳も買って行けば、嫌味を言われるくらいで済むだろう。
これでお土産ができた。
少しくらい帰りが遅れても怒られまい。
なにせこの後、俺にはまだやることがあるのだから。
俺の視線の先には、肉や野菜、魚。
それに日常品の数々。
さらには米(今、俺が持っている。)というかなり女の子には重たいものまであったのだった。
この量はどうやら俺を荷物持ちとしてカウントしているようだ。
少し驚いたが、この妹にもちゃっかりしているところはあったらしい。