3 和樹のやりそうなこと2
「ん?」
俺が声を掛けられた方に視線を向けると、
ふわふわした甘栗色の髪を長く伸ばした女の子が立っていた。
彼女からは育ちがいいのか、
世間離れしたようなどこかのんびりとした印象を受ける。
もちろん俺の知り合いにこんな人物はいない。
女の知り合いは破天荒なあいつとやけに母性を感じる男装、それに妹くらいのものだ。
どれも何かしらケチが付きそうな存在だ。
こんな普通な良さそうな娘はいない。
間違いなく。
その娘が可愛らしく上目遣いでこんなことを言ってきた。
「あの~?
お兄さん、私のこと覚えていませんか?」
「・・・うん?」
俺は思わず言葉を失い、聞き返す
俺みたいな男にナンパ?
それもこんな娘が?
・・・ないないない。
この毒気のなさから考えて、
悪徳商法的な線は低そうだ。
ということは・・・。
「悪いけど、人違いだろ?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」
不意に手を掴まれ、
再び話しかけられる。
すると今度はポケットの中から何かを取り出した。
「これ、これ見覚えありませんか?」
見せられたのは
「カイロ?」
・・・小さなカイロ。
それも張るようではなく、小さな手持ち用のそれだ。
見覚えがあるか?
そう聞かれば、あると言わざるおえない。
メーカーも冬に俺が愛用しているそれだ。
今も時折持ち歩いている。
・・・今日は暖かいので持ってはいないが。
「それが?」
「えっと、これ・・・お兄さんにもらったんですが・・・。」
その言葉を聞いて、
俺は思い出す。
彼女はそれをあげたのは俺だという。
カイロをあげる機会。
そんなものは限られている。
だが、思い出せない。
俺は彼女にヒントを要求する。
すると彼女は戸惑いながらも答えてくれた。
「え、えっと・・・入試会場に案内してもらって。」
入試会場・・・って・・・ああ・・・なるほど・・・。
「・・・あのときの娘か・・・。」
入試当日、道に迷っていた娘だ。
「思い出してくれましたかっ!?」
すると彼女は身を乗り出してきた。
って、近い近い。
俺は距離を取りつつ答える。
「えっ、ああ、まあな。」
俺がそう答えると、
彼女は花が咲くような笑みを浮かべた。
そのことに若干圧されつつ、
俺は平静を装い聞く。
「で?
俺に何か用か?」
「ですから、これお返ししますね。」
「ああ、どうも・・・。」
俺は彼女の手からカイロを受け取らんと手を差し出す。
「・・・・・・。」
すると彼女は何か考え込むようにし、一度頷くと、
おずおずとこちらに話しかけてきた。
「で、できれば・・・できればでいいんですけど・・・。」
「ん?」
「このカイロ頂けませんか?」
「なんで?」
「なんで・・・ですか・・・言わないとダメですか?」
彼女はなにやら言いづらそうにしていた。
頬もどこか先ほどより赤らんでいるように見えるし、
視線も完全にこちらから反らしていた。
どんな反応なのかイマイチわからないが、
彼女にとって必要なものなのだろう。
となれば、俺の答えは決まっていた。
「まあいいけど。大事にしてくれ。」
俺がそう答えると、ありがとうございますと嬉しそうにポケットの中にそれを仕舞った。
さて、これで終わったなと俺がこの場から去ろうとすると、
彼女は俺に通せんぼしてきた。
「・・・まだ何かあるのか?」
俺は呆れたように聞く。
よく見ると、彼女は子供っぽい笑みを浮かべていた。
「お兄さん、逃がしませんよ。もう一つ約束覚えていますよね?」
「約束?」
彼女は俺の疑問に若干眉をしかめながら答える。
そこには若干の呆れもあったように感じた。
「・・・お名前です。お名前を教えてください。」
・・・名前・・・そう言えばそんなことを・・・帰り際・・・。
すると、ふと面白い悪戯を思いついた。
所謂気まぐれというやつだ。
俺は基本悪戯をしないタイプだが、
時折こうやって衝動的にしたくなる時があるのだ。
・・・まあ、標的は基本あのイケメンなのだが、今日は彼女だ。
「おれの名前は白峰和樹だ。」
すると、彼女は一瞬驚いたような顔をした後、
頬を膨らませる。
「・・・なんで嘘つくんですか?」
どうやらバレてしまったようだ。
きっと悪戯をし慣れていないせいか、
顔にでも出たのだろう。
あのイケメンは気付かないのに、たった2度目で見抜くとは中々やる。
とはいえ、たった2度しか会っていない人間に悪戯をしかけたのは流石にやりすぎた。
そう思ったのか、自然と謝罪の言葉が出る。
「悪い・・・本当の名前は黒井氷見だ。」
「黒井さん・・・黒井先輩・・・はてどこかで・・・。」
「そういうあんたは?」
「はい?私ですか?」
「ああ、そう言えばあんたの名前を知らない。」
「私・・・ですか・・・ふむ・・・内緒で。」
「おい。」
「だって、お兄さんこの前このように教えてくれなかったではないですか。
だから私もです。」
「・・・こいつ・・・。」
俺の咄嗟の憎々し気な声に満足したのか、
小さく舌を出す。
「なんてのは冗談です。
私の名前は・・・。」
彼女が口を開き、
俺がその答えを聞かんとしたその時、
どこからともなくカランコロンと、
まるで缶コーヒーを落としてしまったときのような音が聞こえてきた。
それとともにこんな声も。
「・・・か、カレン・・・。」
その声に俺と彼女は視線をそちらに向ける。
すると彼女の口からもこんな言葉が漏れた。
「・・・お、お兄様・・・。」
この後、俺が頭を抱えたのは言うまでもない。