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石勒〜奴隷から始まる英雄伝説〜  作者: 称好軒梅庵
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第六話 壁

 八人組の野盗が盗品を抱えて馬を走らせる。

その後ろをやや遅れて数騎の影が追う。


「追手がしつこいな。若頭、どうする?」


支雄(しゆう)、お前は弓で打ち払え。夔安(きあん)王陽(おうよう)は剣でいけ」


支雄はその月氏(げっし)の出自を示すかのように馬上で身を(ひるがえ)すと背を馬首に合わせ、弓を引き絞った。

放たれた矢は正確に追手の兵の胸を居抜く。

夔安と王陽はそれぞれ別の追手に肉迫し、それぞれの得物を抜く。

夔安の五叉の剣に打たれた追手は血しぶきを上げて倒れ、王陽の二刀の斬撃が十字の傷を刻む。

その他の追手は恐怖を感じたのか馬の手綱を返し、その場で逡巡し始めた。

ベイは逃げ切ったことを確認すると、汲桑(きゅうそう)の牧場へと戻った。


「おらよ!今日のあがりだぜ」


ベイが絹や財貨を並べると、汲桑はそれを細かく吟味していった。


「しかし、犯さず殺さず貧しき者からは盗らず、それでいて、これ程の稼ぎを生み出すとはな」


「心外だぜ。蓄えの大きそうな家を狙って、余計な事をせずにずらかってるだけだ。それに追手は殺してるぜ……追手が来ること自体少ないが」


ベイは汲桑をわずかに(にら)んだ。


「ベイ、なんだおめぇ。追手が少ないなら結構な事じゃねぇか」


「夔安や支雄がちょくちょく消えるな。俺に内緒で何をやらせている。追手が少ないことと関係があるんじゃないのか」


汲桑は鼻を鳴らして、黙っている。

ベイが睨んでいると、ため息をついてようやく語り始めた。


「俺は帳下督(ちょうかとく)公師藩(こうしはん)の紐付きだ。そいつが頼んでくる汚れ仕事を請け負うことで、盗みの監視や捜査が緩められている」


「こうしはん?誰だよ、それ」


「お貴族(きぞく)様さ。貴族ってのは、この国を牛耳っている連中だ。公師藩は、貴族の頂点である皇族(こうぞく)の、皇太弟(こうたいてい)成都王(せいとおう)司馬穎(しばえい)様の右腕でもある。皇族ったら、もう雲の上のお人さ」


ベイは汲桑が何か言葉をはばかっているような様子を見て、腹を抱えて笑いだした。


「らしくねぇな。らしくねぇよ、お頭!何が雲の上だ。そいつらは(かすみ)食って生きてるわけじゃあるめぇ。クソだってするんだろう。俺らとそいつらに、大した差なんてねぇよ」


「ある。俺ら下々の者と貴族や皇族との間には越えられねぇ“(かべ)”があるのさ。やつらが何をしても咎めるものはねぇんだ。下々の連中を生かすも殺すもやつらの自由だ。お前を奴隷にしたのも、皇族の一人、司馬騰(しばとう)だ」


ベイは白い歯を見せると、ゆっくり言った。


「へぇ、司馬騰って言うのかぁ。司馬騰、司馬騰、覚えたぜ」


不穏な笑みを見せるベイを見て、汲桑は慌てる。


「おい。馬鹿なこと考えてるんじゃねぇぞ、ベイ」


「今、どうこうというつもりはねぇさ。ただな、俺はその壁とやらを超えられる。やり方しだいさ。俺も、お頭も、その気になれば壁の先にいけるんだ」


ベイがそう言ったとき、扉を叩く者がいた。王陽だ。


「お頭、若頭も。表に官軍の者が来ています。ただ、捕り方ではありません。公師藩の使いだとか」


 「汲桑、よく来てくれた。折り入って、お前に頼みたいことがある。と言っても、いつものような仕事ではない。日向(ひなた)を歩くような、まっとうな勤めだ」


公師藩は黒い髭を捻りながら言う。

汲桑とベイは公師藩の呼び出しに応じ、その居館に来ているのだった。


「へぇ、俺のような者にありがてぇ話ですが、どういった御用向きですか」


公師藩はわざとらしく咳払いすると、説明を始めた。

皇太弟となり専権を振るっていた司馬穎だったが、やがて東海王(とうかいおう)司馬越(しばえつ)と対立するようになった。

司馬越は弟である并州(へいしゅう)刺史(しし)の司馬騰と都督(ととく)幽州(ゆうしゅう)諸軍事(しょぐんじ)王浚(おうしゅん)を使って司馬穎を攻撃し、ついに司馬頴が勢力を張っていた大都市の(ぎょう)を陥して排除する事に成功したのである。


「そんな馬鹿な! 劉淵(りゅうえん)様がついていて、そんな事になるわけがない!」


汲桑がそう言うと、公師藩は首を振った。

劉淵と言う名はベイも聞いたことがある。

胡人の中でも最強最大の種族である匈奴(きょうど)の出身で、名将と名高い男である。

匈奴は前漢を建国した高祖(こうそ)劉邦(りゅうほう)を破って以来、幾度となく中華の地を脅かしてきたが、近年は晋朝の支配を緩やかに受け入れて、中華王朝でいうところの皇帝に当たる単于(ぜんう)の子を人質として贈っていた。

劉淵は人質となった単于の子の一人であり、人質の身でありながら将軍として頭角をあらわし、晋の重鎮となった人物である。


「劉淵は故郷から援軍を呼ぶと言って、匈奴の地に行方をくらました。やっと出てきたと思ったら、匈奴を引き連れて(かん)の王を自称して暴れ始めた。やつはもう敵だ。司馬越にとっても敵だろうがな」


「……それでは司馬穎様はかなり危ない状況にあるということですね」


「残念ながら、その通りだ。丸腰で長安に落ち延びた司馬穎様を、なんとしてもお助けせねばならん。私は、将軍として義兵を起こし、河北の地から憎き司馬越派を一掃する。そして、鄴に司馬穎様を再び迎え入れるのだ。だが、いかんせん兵が足りない。そこでお前には、お前と同じような牧人(ぼくじん)の類いを掻き集め、即席の騎兵を編成してもらいたいのだ。」


汲桑は拝命すると、ベイを連れて出て行った。

帰り道、馬上でベイは汲桑に事もなげに言った。


「お頭、壁の方から勝手に近づいて来やがったぞ」


汲桑は苦虫を噛み潰したような顔をして、黙っていた。

一方、公師藩の居館では、会見を終えた公師藩が爪を研いでいた。

配下の李豊(りほう)が尋ねる。


「よろしかったのですか。あの様な、毛並みの悪い連中を引き入れて」


「背に腹はかえられぬ。……それに、用済みになれば処分するだけだ」


公師藩は静かにやすりを下ろすのだった。

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